第9話

 病院の前にやってきた。昨夜と同じ門を通り抜けるが、気に留める警備員はいなかった。手には林檎が5つ入った袋を提げ、病院のほうに歩いていく。車椅子の人がいて看護師がなだめるが、車椅子に座っている高齢の女性はパニック状態だった。

 俺は足早に病院内に入り、受付で名前を伝えた。


「藤川浩太と申しますが、こちらに長谷部淳子さんが入院されているとお聞きしました。家が向かい同士で、母が知り合いでこれを」


 俺はそう言って林檎の入った袋を持ち上げる。


「面会の用紙に記入をお願いします」


 受付員は用紙とペンを差し出した。俺は一通り書き終えると、後ろからまた悲鳴が聞こえてきた。


「お、お化け」


 振り向くとさきほどの高齢の車椅子の女性がいた。彼女は俺のことを凝視していた。


「申し訳ございません」


 看護師が近寄ってきて耳打ちをする。


「幻覚があるんです」

「あ、そうなのですか」


 俺は会釈をして立ち去ろうとしたが、まだ受付に用があった。


「長谷部淳子さんですね。ご親族ではない方の面会は現在していないようでして」

「そうですか」


 俺は袋に入った林檎を見下ろす。これはどうしようか。


「失礼ですが、長谷部淳子さんのお知り合いなのですか?」


 さきほどの看護師はそう言う。


「家同士で付き合いがありまして、ちょうど向かいの家なんです」

「少々お待ちいただけますか?」


 看護師はそう言って車椅子の方に駆け出す。そして車椅子を押して何処かへ消えてしまった。しばらくソファに座って待っていると、さきほどの看護師がやってきたのだ。


「私、長谷部さんの担当看護師でして、主任に許可を取りました。ご案内致します」

「ありがとうございます」


 俺は礼を述べてエレベーターの方へとついていく。3階で降りると、個室部屋の扉を開ける。


「個室なんですか?」

「まだ様態が良くなくて」


 看護師が扉を開けると、嫌な空気が室内から流れてきたのだ。俺は入るか迷った。匂いがするわけではない。独特な空気感で、原因は全然分からなかった。ただお化けが出るとしたら、こういうところだなと思う。


 室内に入ると、目を閉じて眠っている高齢女性がベッドにいた。長谷部淳子さんだった。面影はあるが酷く痩せて見える。

 何か幽霊が憑いていそうな気がした。


 俺は椅子に腰掛けると、担当看護師は電話を取り出した。


「すみません」


 そう言って看護師は部屋から出ていく。俺は試しにスキルの索敵を使用してみた。


 気配は3つ。長谷部淳子さんと廊下にいる看護師。そして長谷部淳子さんの傍らに視えない何かが座っているのだ。俺は驚いて、椅子から立ち上がって扉の方に退いた。


『霊感が1上がりました』


 全身に鳥肌が立つのがわかった。廊下に出ると、看護師がいた。


「あの、幽霊ってよく居るのですか?」

「ちょっとお待ちください」


 看護師は電話を切ると、神妙な面持ちで話し始めた。


「私は個人的に居ると思っております。非科学的ですけど、神秘的なことって余命が短くなると視えると聞きました」

「変な話、この部屋から感じませんか?」

「この部屋の前の廊下を通りたがらない患者さんはけっこういますね」


 看護師はあははとから笑いをする。俺はゴクリと息を飲んだ。


『霊感が1あがりました』


 上がらなくていい!!!!

 


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