第2話

 俺はトラックによる事故の影響で意識不明の重体だった。心肺停止したのは、俺が意識を取り戻す一時間前のこと。ご臨終になり、顔に白い布が掛けられた。しかしながら意識を取り戻したことにより、医者は奇跡だと騒いだのだ。騒いだと言っても院内で大声を上げたくらいだ。


 母さんは俺が生き返ったことを心底喜んでくれたけど、父さんは半信半疑って感じだった。その日は入院することになったが、検査の結果によれば強く頭を打った以外は健康そのものだと言う。

 帰りの車での話だ。


「本当に浩太か?」


 父さんは車を運転し、赤信号で停止したときに呟いた。


「お父さん、浩太ですよ。浩太に違いないって言ってるじゃない」


 後部座席にいる母さんが言うが、父さんは首を傾げる。


「死んだとばかり思ってたし、お医者さんがはっきりと言ったんだけどな」


 そう言って父さんは後ろを向いた。俺と目が合うと、ふっと笑って見せた。


「まあ、医学じゃ説明できないこともあるか」

「そうよ、先生だって奇跡だって言ったわよ」


 俺は後部座席に座りながら、二人の話を聞いていた。一日経って落ち着き、頭の中で疑問に思っていたのは『スキル』のことだった。あれは夢ではない、とはっきりと言える。誰かに教えるつもりはこれっぽちもないが、意識を失い、心肺停止して少なくても30分は経過していたはずだ。脳に血液が送られなかったり酸素が供給されていないのに、脳に異常がないのは絶対にありえないと素人の俺でもわかる。つまり、俺は本当に生き返らされたわけになる。

 だからこそ『スキル』のことが気になるのだ。


 状況を飲み込み、落ち着いてしまった今、俺には特殊能力があってもおかしくないと感じていた。俺の考えでは、それがスキルなのだ。スキルさえあれば、30歳になった俺にもチャンスが巡ってくるに違いない。そうなれば、コンビニバイトなどしなくても、十分に遊べるはずだ。


「どうしたの? ぼおっとして」


 母さんが俺の顔を心配そうに覗き込む。


「浩太は心臓が止まっていたんだ。ぼおっとして当たり前だ」

「そうかしらね。死んでる間に何かあったのかしら?」

「死んでる間って」


 俺はそう言って鼻で笑う。


「あの世の景色でも見えたのか?」


 父さんが言う。


「どうだか、夢ってすぐに忘れるし、覚えてなんかないよ」

「現実的な答えだな。心臓が止まっていた割には」

「もう、生き返ったんだから、いいじゃない」

「まあ、そうだな」


 父さんはそれ以上突っ込んでは来なかった。家に着くと寿司を食べることになった。父さんが出前を頼んでくれたのだ。寿司を食べ、俺は二階にある自室へと向かった。


 一人になる。そして試しに腕を伸ばしてみた。何も起きなかった。では、腕をぐるりと回転させてみた。スキルらしきものは発動しない。


「ステータスオープン」


 独り言を呟くが、何も起きなかった。


「ああ、スキルオープンか」


 部屋の中に静寂が流れた。俺は頭をかいて、窓の外を眺めた。近くに公園がある。夜の公園に向かい、スキルのことを調べてもいいかもしれない。


 俺は一階へと降りていく。玄関の扉を開けようとしたところで、後ろから声を掛けられた。


「今日は安静にしてなさい」


 険しい顔をした父さんが廊下に立っていたが、にこりと笑みを浮かべる。


「部屋の中で何を喋っていたんだ?」

「え」


 スキルオープンか? ステータスオープンかもしれない。


「別に何も」

「父さんにだけ教えなさい。本当は何か憑いているんだろ?」

「憑いてなんかないよ」

「つまらんな。一時間も停止していたのに、何もないのか?」

「何もない」

「じゃあ、どうして公園に行くんだ?」

「夜風に当たりに行くんだよ」


 俺はそう言って扉を開ける。振り返らずに、そのまま夜の道を進んでいった。公園に辿り着くと、さっそく腕を素早く伸ばしてみた。拳を固めてパンチをする。キックをしてみる。手のひらを広げてみる。


「いでよ」


 とか。


「ファイア」


 とか一通りの魔法ぽい言葉を連呼してみたが、何も反応がなかった。周りの様子をうかがうと、バイクのヘッドライトがピカッと光った。俺は眩しくて目を閉じる。


 バイクに跨った特攻服姿の若者が10人ほど集まっていた。この時代に暴走族か、と思っていたら向こうのほうから近づいてきたのだ。


「おいおい、がん飛ばしてるよな?」


 特攻服を着た金髪の男が先頭に立って、俺の目の前にやってくるのだ。

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