第三部 骨は語るか
29 奇人官吏、風葬地にいそぐ
「今、言ったとおりだ。堀からあがった骨は今朝処分した」
「ですが、まだ身元もあきらかになっていなかったはずです」
「骨になっていては、身元はわからんだろう。捜査はうちやめだ。宮廷の外にある
「そんな」
日の角度を確かめる。まだ
焦燥にかられた
「しょせん、他人の骨だろう。なにを必死になることがある」
その通りだ。絳もまた、昨日まではそう考えていた。手掛かりになる、かもしれないというだけでは、ここまで焦慮することはなかったはずだ。だが、
縁もゆかりもない、誰かもわからない骨にたいして「可哀想だ」と悼みを投げかけたその眼を想えば、胸を掻きむられた。紫蓮に検視を依頼したかぎりは、彼もまた、誠実さを徹してしかるべきだ。
残念だった、で諦めるわけにはいかない。
「
側にいた靑靑に声をかける。
…………
荒野に吹きつける風は鼻を刺す死臭を帯びていた。
剥きだしの荒れ地には
砂埃をあげて、馬が停まる。
「私は
「え、ああ、それでしたら、あっちに」
指さされたほうに視線をむければ、今まさに粗末な袋が、崖から投げ捨てられるところだった。例の骨だ。絳は咄嗟に走りだす。
「っ」
声をかける余裕もなかった。絳は奴婢を押しのけて崖から身を乗りだし、宙を舞う袋をつかんだ。
崖が崩れる。
しまった、とおもったのがさきか、絳は落ちていく。呆気に取られた奴婢たちが視界の端に映り、遠ざかる。
崖は深かった。
死、という言葉が頭をよぎる。縁もない骨を取りもどすために落ちて死んだ、なんてお笑いぐさだ。ぞっとする。
(でも、そうか。
屍に命を賭ける。
言葉にすればかんたんだが、現実にはこんなにも愚かで、おそろしく、常軌を逸したことなのか――
衝撃は重かった。だが、死ぬほどではない。
意外だ。
絳がとじていた眼をあければ、腐乱した屍の海が視界に拡がる。やわらかく熟れた肉の塊が衝撃をやわらげてくれたのだ。
起きあがろうと腕をつけば、指がぐちょりとめりこむ。みれば、夥しい蛆と
死んだものたちに助けられたのだ。
(せめても、その骨だけでも葬ってやってはくれないかと、彼らから頼まれたように感じるのはさすがに妄想が過ぎるだろうか)
奴婢たちが慌てている。
「縄梯子を」
崖の底から絳が声をかける。投げかけられた縄梯子をあがりながら、絳は棄てられた屍たちに黙祷を捧げた。
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