27 奇人と妖妃の御茶会
椀のなかで、ふるふると揺れていたのは透きとおる
「ふふっ、喜んでいただけたようで、なによりです」
「ほんとうにいただいてもいいのかな」
「もちろんです、あなたのためにもってきた見舞いの
ほんとうならば、眼には眼を。死には死を、と言い渡したかったところだが、欲は言えない。
諸々の後処理が終わったので、絳は見舞いの
絳は食べたことがなく、妃妾たちの噂を聴いて都から取り寄せたのであった。
紫蓮はさっそく箸をつかって、
「ん……」
日頃から凛とした態度を崩さない紫蓮が甘い物を頬張って、へちゃりと微笑む。
「
「ほんとうに可愛い
「へ」
紫蓮がぽかんとなる。
「いえ、あなたは実に可愛らしいなとおもいまして」
「可愛い、ねえ。きみはやっぱり、変わっているね。
やれやれとため息をつきながら紫蓮が眉の端をついとあげる。
「さあ、どうでしょう。あなたこそ、どなたからか、愛らしいといわれたことはないのですか」
「ないね。
「そうですか。あなたの愛らしさが理解できないなんて、残念な男ばかりだったのですね。ああ、でも、私にとっては喜ばしいことですが」
絳は心の底から想ったことをいったつもりだが、紫蓮はやれやれとあきれたようにため息をついた。
「それより、きみは食べないのかな」
「私ですか? 私は」
「
紫蓮はいそいそと椅子を離れ、甜茶を淹れてきてくれた。
離宮には女官がいないのだとあらためて思いだす。とくに不便はなさそうだが、孤独ではないのだろうか。動物や蝶の死骸を愛でながら、静まりかえった舎のなかで暮らすことは。
「すみません、お気遣いをいただいてしまって」
渡された
甜茶は砂糖をいれたようなあまみがあるお茶だ。微かな苦味もあるが、これを好むということは紫蓮は甘い物に眼がないに違いなかった。
「きみはお客さんだからね。静かなお客さんはそれなりにもてなすつもりではいるよ。たいていのお客さんは残念ながら、茶が飲めないのだけれどね」
「それはまあ、……死んでいますからね」
「でも、茶を
「死んでるのに、ですか」
「なにか、変かな」
倚子に
ともすれば異様な風景だが、彼女ならば絵になるのだろうとおもった。彼女には屍にたいする愛があるからだ。
死者を死者と侮らず、人として扱うからこその。
「できたよ、どうぞ」
「いただきます」
「きみ、変わった箸の持ちかただね」
絳は箸を握っていた指を、
「ごまかして、いた、つもりだったのですが」
「人差し指をつかっていないよね。持ちにくくはないのかな」
「育ちが、あまりよくないもので。人と食事をするときは箸をつかうものは避けるようにしていたのですが……あなたは、綺麗に箸をつかいますね」
なんとか、いつもどおりに微笑することができた。
「このあたりは土葬だけど、火葬をする地域では箸で燃え残った骨をつまむんだよ。だから、そういうときにこまらないよう、母様から教わったのさ」
「あなたにとっては、万事が死につながっているということですか。ふふ、あなたらしいですね」
ここで、この話を終わらせることもできた。だが、
「みっともないでしょう? めったにばれないのですが、ときどき指摘されては親の
そして残念ながら、それは事実だ。
五歳の時には祖父のもとに預けられ、日がな毒茸や毒蛇ばかりを喰っている寡黙な変人とふたりで暮らしていた。
祖父から教わったことは
「なおせないのです、どうしても」
身なり、振る舞いで軽侮されることがないように努力を重ねたが、箸の扱いだけは矯正できなかった。
産まれは変えられないのだと後ろ指をさされているかのように。
「いいんじゃないかな」
「私は……それなりになやんでいたのですが」
「重く捉えすぎだよ。たかが箸じゃないか。僕は変わっているなとおもったけれど、そう他人ではわからないような間違えかただし、食卓を散らかしたり、他人をいやなきもちにさせたりするわけでもない。こうあるべき、なんていう規則はそうではないひとを責めるためにつくられたもの、だったりするからねえ」
「たかが、箸、ですか」
紫蓮は絳の劣等感をいともたやすく振り払い、
「は……」
肺に詰めすぎた息をはきだすように
「ほんとうにあなたという
絳が彼女の言葉をかみ締めているうちに紫蓮は
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