25 奇人官吏、動く
宮廷のみならず都から地方までの犯罪を総括する部署ということもあって、
「女官たちの直訴によれば、
袖を掲げ頭を低くさげながら、
「死化粧妃は宮廷でも唯一、解剖を許されたものです。
「ふうむ、じゃがのう」
だが
「
「左様ですが」
「証言も女官だけ」
「仰せのとおりです」
「ならば、いまさら、蒸しかえさずともよいじゃろう」
「
事を穏便に済ませるといえば聴こえはよいが、実際のところは宮廷の都合がいいように真実を隠ぺいするということだ。
「ですが、すでに民は疑いをもっています」
絳は努めて冷静に、食いさがる。
「
先帝の異様な死については、
「これは皇帝陛下の権威をも害する罪であると、私は考えております」
意外だったのか、
「どういうことじゃ」
絳は続きを促されたことに安堵する。
ほかの官吏であれば、絳の意見など頭ごなしに拒絶するだろう。
想いかえせば、菟仙はかねてから先帝派だった。
「胡 琉璃は皇帝陛下から下賜された身です。そんな胡を殺害した牟勇明の所業は、皇帝陛下にたいする侮辱と見做すべきです」
女は物だ。という考えを、絳は好まない。
皇帝の物。夫の物。
所有物で、貢物であるという意識は強く根を張っている。それを覆すことはできない。だから、いまだけは、それを
「皇帝陛下は幼少の身であり、後宮は特例としてひらかれている。いわば、
菟仙はふむと感心して、呻る。
「理にかなっておるな。……先帝陛下が可愛がっていただけある」
一瞬だけ、絳は唇の端を強張らせた。自嘲ともつかない乾いた
「
✦
「
「構わん、もっとだ」
豪邸の一室で
散々だった葬礼から約一日が経ったが、妻の死に顔が頭から離れない。昨晩は一睡もできず、仕事も欠勤した。
「ほんとうにだいじょうぶ、ですよね」
酌をしていた妾が
「なにがだ」
「噂になっていて。奥様は旦那様を怨んでいたのではないか。だから、死後、呪いをかけたのではないかと……きゃあっ」
激怒した
「なんだ、その
「なにが、旦那様を怨んでいた、だ。俺はでき損ないの妻を
牟は妾の頬を殴りつけた。
その場に倒れこんだ妾はごめんなさいと繰りかえして、泣き喚いたが、牟は勢いづいて背や腹を蹴りつけた。妾は腫れあがった頬をおさえ、
「女は三日殴らんと狐になるというからな! 感謝こそされても、怨まれるような筋あいはないぞ」
酔いがまわっているのもあって、牟は誰にともなく大声を張りあげる。
妻は器量だけはいいが、愚鈍な女で、病弱で子も産めぬときた。殴ろうが、怒鳴りつけようが、微笑んで頭をさげるばかりでよけいに癇に
「離縁せずにいてやっただけでも俺は寛大な亭主だというのに――っおい、酒だ、酒を持ってこい!」
牟が怒鳴ったが、妾はおろか、女官もやってはこなかった。想いかえせば、朝から女官の姿を見掛けていない。
「つかえんようなら、まとめて解雇してやるからな!」
苛だって喚いていたとき、背後にある
「なんだ、遅いではないか……!」
女官だろうと振りかえれば、見知らぬ男がたたずんでいた。
官服に身をつつんだ若い
「すみません、御声はかけたのですが」
官吏は物腰穏やかに微笑んでから、すっと真剣な眼差しになった。
「
「な……」
思いだした。赤紫の官服は刑部省の制服だ。腰には剣と身分を証明する
「後宮から
「なんだそれは! 言いがかりだ、俺が愛する妻を殺すはずがないだろう!」
「ですが、いまも妾に暴力を振るっておられましたね」
「っ……あれは
「わかりました。それがあなたのお考えなのですね。詳しい話は、刑部庁舎についてから伺いましょう」
官吏が牟に縄をかけようとする。牟は弾かれたように腕を振りまわし、抵抗した。
「お、俺を誰だとおもっている! 中都督だぞ、こんな不敬が許されるとおもっているのか!」
窮した牟はあろうことか、剣を抜いた。酩酊しているのもあって、自制がきかなくなっている。官吏はため息をつきながら、でたらめな剣撃を避け、
「ぐあっ……な、なにをす、る」
細い脚の割にその打撃は重かった。
腹を押さえて蹲る牟を睥睨して、官吏はにっこりと微笑んだ。
「躾ですよ」
さらにわき腹にもう一撃。牟は悶絶して倒れる。
「痛みますか? ですが胡琉璃が経験した痛みはこんな程度ではなかったはずです。もっとも、これから軽ければ杖刑にて百敲、重ければ鼻を落とすか、膝蓋骨を取るか――重刑に処されるでしょうね。あなたがいう躾がどのようなものか、その身をもって味わうといい」
最後だけ、官吏は微笑を落として、酷薄な眼をする。
酔いのさめた
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