21 後宮の堀からあがった人骨
宮廷から後宮に渡る橋はひとつだけで、朝から晩まで
そんな後宮の堀では五年に一度の大掃除がおこなわれていた。
「後宮丞、こちらが堀からあがったものです」
伝達にきた
「人骨、ですか」
頭蓋骨から肋骨、
「あなた、骨まで怖いのですか」
「だ、だって、未練を残した
「声帯もないのに、どうやって喋るんですか。まったく」
靑靑はすっかりと臆病風に吹かれている。純朴すぎるというのも考えものだ。
ほかの宦官が「また骨があがったぞ」と声をあげる。伝達係の宦官は絳に頭をさげてから、堀にむかった。
その場には絳と靑靑が残される。
「ご存命だったときは女官だったのでしょうか。それとも宦官とか。妃妾ということはさすがにないですかね。あ、でも、骨になってしまったら調べようがないですよね」
怖がりつつ、
あらためて絳は骨の状態を確認する。骨になっている段階で死後一年から二年は経っていると推定される。水のなかにある
「服も残っていませんし、骨から個人を識別することは不可能でしょうね。この五年間に後宮で失踪し発見されなかったものがいないか、調べさせているところです」
「そんなことまで記録に残っているんですか」
「ここは後宮ですよ。妃妾も女官も宦官も紐をつけられ、管理されています。後宮から失踪したものがいれば、すぐに捜索されます。連れもどされたり、すでに死んでいたり、結果はまちまちですが」
そこまで言いかけて、
朝から慌ただしくしていたため、気づかなかったが、昨晩泣いていたことはあきらかだ。思いあたるところがあり、
「……ご親族が逝去されたとか。葬礼にも参列させてやれませんでしたね。便宜をはかれれば、よかったのですが」
後宮とは踏みこめば抜けだせない華の篭だが、妃妾には皇帝の御渡りや
だが、宮廷においては、男ではない宦官こそがもとめられる。加えて、宦官にはある特権があった。
「とんでもないです。宦官として宮廷にあがるときにわかっていたことですから」
「ですが、あなたは罪をおかして
昔は
前提として、宮廷で官職につくには
だが、試験は受けるだけでも、莫大な受験費がかかる。
宮廷に勤めるだけあって宦官には有能なものもいたが、いかに能力があっても個人の財をもたない宦官の身では試験を受けることはできない。この格差を問題視した先帝は、宦官にかぎり無償で受験ができるよう、制度を改正した。
しかしながら事態は、先帝の意とは異なるほうに進んでいった。
靑靑もまた親から宦官になることを強いられた身だ。新たな制度の犠牲者ともいえる。
「宦官は家畜です。家畜が葬列にならぶでしょうか。だからぼくはだいじょうぶです」
「誰に言われましたか」
靑靑はうつむいて、黙する。
はじめに靑靑とあったとき、彼は傷だらけだった。宦官になったばかりの男児を虐げる悪辣な宦官がいたせいだ。
絳が拾っていなければ、今頃どうなっていたことか。
(陛下)
絳は胸のうちで、今は亡き先帝に語りかける。
(あなたはたいそう慈悲ぶかく、絶えず弱き者の側で物事を考え続けてきた。ですが、弱者のなかには更なる弱者を喰い物にする
「
「左様ですか、御苦労」
思惑がはずれた。
「後宮で失踪したものがいない、となれば、人骨の身元を捜すのはさらに難しくなりましたね」
「なら、後宮に渡ってきた高官が落ちたとか」
「後宮に渡れるのはよほどに身分の高い官吏だけです。そんな官吏が後宮で失踪すれば、それこそ大規模な捜索がおこなわれるでしょう。監視を掻い潜り、後宮に侵入していたものがいたか、あるいは」
侵入者だとすれば、刺客という線が強くなる。皇帝の死ともなにか、つながりがあるのではないか。
「憶測では語れませんね」
「でも、こんな骨から身元を割りだすなんて、無理ですよ」
「彼女ならば、できるかもしれません」
今頃は親友だと語っていた
「
「
「
「なんだって」
がらにでもなく、絳はさっと青ざめた。
綏紫蓮が屍を損壊するはずがない。損壊させたと誤解されるようなことがあったとすれば、重大な事情があるに違いなかった。検視の結果、導きだされた真実を訴えたかったのではないか。
だが、彼女が語る真実に耳を傾けるものが、この後宮にいるだろうか。絳は眉根を寄せ、黙って踵をかえす。
「こ、絳様」
濡れた風が吹きつけてきた。まもなく、嵐になる。
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