18 奇人官吏との再会は新たな死を連れてくる
「
響きのよい静かな声だ。
振りかえれば、さわやかでありながら、どこか陰のある
「げ」
紫蓮があからさまに後ろにさがる。
「ひどいな、そんなにいやがらなくてもいいじゃありませんか」
「反省がない、というのはどうかとおもうよ。きみは僕に警戒されるだけのことをしたんだからね」
最後に逢ったとき、
「そうですか? あなたに指さきひとつ、触れていません。約束を破ったりもしていませんよ。そこまで露骨にいやがられると。まあ、それはそれで……嬉しいですが」
「嬉しいんだ……」
「嬉しいですよ。私はあなたのことが好きなので――って、どうしたんですか、またずぶ濡れではありませんか」
絳がかけ寄ってきた。
触れようと腕を伸ばしかけ、彼はいったんやめる。
「綺麗な
絳は律儀だ。紫蓮がいやだといった境界線はなにがあろうと破らない。警戒するのが馬鹿らしくなってきて、紫蓮はため息をつき、緊張を解いた。
「ありがとう。ちょっといろいろとあってね」
「どなたかに突き落とされたわけではないのですね?」
「ああ、それはだいじょうぶだよ」
「安心しました。ほら、取れましたよ」
たいせつなものを扱うように髪を梳いて、絳は名残惜しそうに指を離す。
「時に、先程の女官はお知りあいなのですか? 親しげに喋っておられましたが」
「意外だったかな」
「まあ、そうですね。あなたは友人はおろか、知人もおられないものだとおもっていたので」
つまりは、ぼっちではないか。
「けっこう辛辣なことをいうよね、きみ」
「ですが、あなたは傷つかないでしょう」
「これっぽっちもね。それにおおかた、あたっているとも。でも、僕にだって友といえるひとはいたんだよ。後宮から嫁いでいってしまったけれどね」
「皇帝から
「便宜上はね」
ひらかれた後宮になってから、
「やさしい
先程の
「なんという妃妾でしたか。こちらで調べることもできますよ」
「
微笑を絶やさない
「じつは、あなたに依頼がきています」
絳が話の流れを
「後宮から嫁いでいった妃妾が死にました。遺書に「後宮の綏紫蓮妃に死化粧を施してもらい、葬ってほしい」と書かれていたそうで」
紫蓮はこの段階で、依頼者に察しがついた。
「
「そう、か」
紫蓮が睫をふせた。
彼女は死を嘆かない。ゆえに紫の
「ひとは死ぬものだからね」
愛していようと、恨んでいようと、家族だろうと、他人だろうと、死は平等だ。命あるかぎり、死にいたる。
あとはいかにして、死んだのか、だ。
「約束を、したんだよ」
紫蓮は哀しいほどに晴れた空を振りあおいだ。
雲ひとつない
「彼女がいつか、死ぬことがあれば――素顔で葬るとね」
想いかえせば、紫蓮と琉璃が逢ったのもこんな酷暑の夏だった。
まだ幼かった紫蓮は青空を映す池に突き落とされ、溺れかけていた。死にかけていた紫蓮を微笑んで助けてくれた彼女の姿は、六年経った今でも昨日のことのように想いだせる。
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