9 死化粧妃は死に祈らない
呼吸がとまったそのときから、ひとのからだは崩れていく。
まずは肌が青ざめて強張り、背から項にかけて
死後三刻(六時間)も経てば、腐敗がはじまる。
死は刻一刻と変わり続けるものだ。
だからこそ、
牢屋から帰ってきて、四刻(八時間)は経ったか。
黄昏のなかで、
「どうかな。折れた骨をつぎ、破れてしまっていた肌を縫いあげたよ。しなやかな腕も元通りさ。これで愛するひとを抱き締めてあげられるね。割れていた頭は蝋で埋めさせてもらった。後から髪を結いなおせば、わからないはずだよ」
鎮魂の意を唱えるでもなく、死後の安寧を約束するでもなかった。ただ、ここに遺された
「ああ、唇がまた、乾いてきたね」
「あなたは、ほんとうに愛しそうに死者を扱うのですね」
後ろから声をかけられて、紫蓮が振りかえる。
いつのまにか、
「なんだ、きていたのなら、声をかけてくれたらよかったのに」
「かけましたよ。ですが、まったく聴こえておられないようでしたので」
死化粧を施しているとき、まわりの声がいっさい聴こえなくなるのは紫蓮の
「よい報せです。
「それはよかった」
死者は嘘をつかない。だが、語られたことから、詳細を推理するのは
「黄妃は、喋らずの
「それですが、大理少卿の話によれば――」
大理少卿は、
だが、ふたりのあいだに愛があったとは想いもせず、たんに後宮における
好色な眼差しでふたりをみていた大理少卿は、せっかくならば女ふたりを物にしようと考えたのか、「喜べ、
好きではない男に嫁いでも、みずからだけならば、まだ辛抱できた。
だが、愛する女まで妾にされ、凌辱される――それを知ったとき、彼女はなにを想っただろうか。
絶望し、悲嘆に落ち――腸が煮えたぎるほどの怒りが、湧きあがったはずだ。これまで、なにもかもを諦めて、たえ続けてきたのに。
たったひとつ、愛したものまで奪おうというのか。
許せない、許せるものか。
歌だけを紡いできた喉を荒らげて、
「親の権力を振りかざして欲を満たす無能な男なんかに嫁ぐくらいならば、いま、この場で舌をかみきって死んでやる――――」
罵られた
再捜査などされるわけがないと。
女官ひとつ、死刑になればことが収まるのだから。
だが、証拠はあがり、真実が明らかにされた。
「これにより、大理少卿の身分の剥奪、宮廷からの追放処分がきまりました」
「女官のときは死刑だったのに、大理少卿ともなれば、ずいぶんと処分の重さが違うものだね」
「宮廷とはそういうものです」
声の端に蔑みがまざる。不条理にたいする義憤というには昏すぎる怨嗟が一瞬だけ、眼の底で燃えた。
「
羊の
だが、先帝は五年前に崩御した。
顔が崩れて落ちるという異様な死にかたをして――
「ですが、大理少卿の罪を糺せた。
「
これまでは紫蓮が検視の結果をのべても、すでに捜査は終わっているといわれて、終わりだった。だが、絳は女官の冤罪を晴らしてくれた。
紫蓮が袖を振り、微笑みかける。
「ありがとう、
「よろしければ、ですが、私のことは
「わかった。そうさせてもらうよ」
斯くて、
だが、まだ
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