8  女は愛に命を捧げた

「女が、命を賭けるとすれば、それは愛だろうね」


 紫蓮シレンの言葉にレイが息をのむ。


「なぜかといっていたね。それは、きみがいちばん、わかっているんじゃないかな。オウ妃と想いあっていたんだろう?」


「どうして、それを」


 紫蓮シレンが黄妃から預かってきた耳飾りを渡す。


「そ、それは花琳カリン様の」


「きみとそろいなんだね」


 鈴が視線を彷徨わせ、慌てて言葉を重ねる。


「か、花琳様はおやさしく、女官の身には過ぎた物をくださることがありました。これもそのひとつで――」


「隠さなくてもいいさ。女と女が愛を結んでいても、僕はおかしいとは想わないよ」


 紫蓮は穏やかに語りかけた。


「これは比翼ひよくとりを象ったものだろう? この雀はひとつの翼しか持たず、ふたりで寄りそい、はじめて双翼そうよくとなって舞いあがることができるという。この故事にちなんで、婚礼のときに比翼連理ひよくれんりの誓いが唱えられるようになった。ただの友愛ゆうあいで渡すものではないね」


 レイはわなわなと震えだした。


「そうです。愛していました。愛されていたのです。道ならぬ恋だとはわかっていても」


 それは告解のようで、誓いのようでもあった。


「だって、花琳カリン様だけだったから。奴婢どれいだった私にやさしかったのは」


 奴婢ぬひとは身分階級の最底に属するもの、いわゆる奴隷だ。

 奴婢ぬひは姓をもたない。だが、女官として後宮にいれるのに、姓のないものを連れていては外聞がよくないということで、ありふれた姓である「」を与えたのだろう。


「奴婢として黄家におつかえし、家畜のような扱いをされていた私に花琳様だけは、食べ物をわけてくださった。歌を教えてくださった。花琳の"リン"にちなんで、レイというなまえも与えてくださった。でも、後になって知ったのです……」


 重い息をついてから、鈴は続けた。


花琳カリン様も一緒だと。良家の小嬢おじょうさまで、華やかな服をまとい、よいものを食べていても、彼女もまた、黄家の奴婢どれいにすぎなかったのです」


 そこで、ふたりはつながったのだ。ちぎれた翼を寄せあうがごとく。


オウ妃はすでにきみと婚姻ちぎりを結んだ身だった。だから彼女は、命を賭けてでも、あの男を拒絶したんだね」


 もはや逢えない愛するひとの指をたぐり寄せようとするように耳飾りを握り締めて、鈴は涙をあふれさせる。


花琳カリン様は……ほんとうに死んでしまわれたのですか」


 最愛のひとの死を受けいれられない、受けいれたくないとばかりに彼女は頭をかかえてうずくまる。


「あんなふうに落ちて、つぶれたものが花琳様だなんて、ぐちゃぐちゃになった頭が、折れた頚が、ゆがんだ脚が――花琳様のものだなんて、そんな、そんなの」


 紫蓮はやわらかく眥をさげた。


「哀しいことだけれどね、オウ花琳カリンは死んだよ。でも、崩れてなんかいないよ。腕も、脚も、頭も。ちゃんときれいに葬ってあげられる」


「で、でも、あんなにひどく」


「だいじょうぶだよ」


 紫蓮シレンは一度だけ、ちらりと絳を振りかえる。


「きみの罪を晴らせるよう、いま、彼ができるかぎりのことをしている。もし、できたら、そのときはきみが黄妃をおくってくれ」


 あらゆるものが死にいたる。

 その死がいかに穏やかでも、どれほど悲惨なものであっても、死という現実に違いはない。だからこそ、いかにおくられるかが、最も重い、と紫蓮は考える。


 死者はよみがえらない。

 はなれてしまった魂もまた。

 ただひとつ、例外があるとすれば。


「あなたの花嫁にふさわしく、よみがえらせるからね」


 残されたからだだけだ。

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