7 女の地獄で知更雀(コマドリ)は愛を歌った
後宮で罪を犯した者を捕縛するための牢屋だ。
もとは
真夏の後宮でもっとも寒いのはおそらくはここだ。
「
提燈を提げた
暴室だったときは鍵つきの扉だったが、いまは廊から内部の様子がうかがえるよう、格子がはめられていた。
「やあ、きみが
牢屋のなかで項垂れていた女官が視線をあげた。酷い尋問を受けたのか、あちらこちらに擦り傷ができて血が滲んでいる。
「
「
鈴は戸惑いをあらわにした。
「そうだね、命を落としたよ。喉を絞めあげられてね。きみはそれをみたんだろう?」
「……誰も、私の話など、聴いてはくださいませんでした」
鈴の声からは、底のない絶望が滲みだしていた。
「僕が聴くよ。だから、もういちど、語ってはくれないか。なぜ、きみが冤罪をかぶることになったのか。
鈴は視線を彷徨わせてから、ぽつぽつと事件の経緯を喋りだした。
「黄昏時でした。私は庭の掃除をしていました。三階の廻廊で男人の声が聴こえて、お客様かとおもい、みたら、花琳様と
「大理少卿とは、もとから面識があったのかな」
鈴が眉をひそめた。
「ええ、まあ。……大理少卿様は二ヶ月程前から、花琳様に言い寄っておられたんです。花琳様は大理少卿を遠ざけられ、お逢いになるのもいやだと」
ここはひらかれた後宮だ。
身分のある武官文官ならば、好いた妃を妻に娶ることもできる。だが、妃はあくまでも皇帝の所有物だ。妃側の氏族が婚姻を認め、皇帝にかけあうか、官吏が功績をあげ、皇帝が
「最後にお逢いしたとき、
「ああ、氏族を取りこまれては妃に拒絶するすべはないね」
「左様です」
妃といっても女だ。
女は貢物で、飾り物だった。
氏族にとって有利な縁談ならば、女の想いなどは関係なく進められていく。
「そのとき、
「ああ、舌きり雀といわれていたとか」
「失礼なうわさです。花琳様は喋れないのではなく、喋らないのですから。……私とだけは、日頃からお喋りしてくださいました」
鈴がわずかに頬をそめて、誇らしげに声を弾ませた。
「そうか。黄妃は、きみにはこころを許していたんだね」
「……私は、
「花琳様が
想いだすだけでもおそろしいのか、鈴が微かに震えだした。
「私は慌てて階段をあがり、ふたりのもとにむかいました。でも、私が三階についたのと入れ違いに花琳様が落ちていきました」
紫蓮は想像する。
喉を潰された知更雀は歌えもせず、飛べもしない。
いや、もとから人に翼などはありもしなかった。地にたたきつけられ、惨たらしく潰れて、彼女は命を散らした。
「
鈴は頭を振った。耳飾りが揺れる。
「おとなしく、婚姻を結んでいれば、こんなことにはならなかったのに」
「僕はそうは想わないけれどね。嫁ぐのが地獄ならば、嫁いだあとも地獄だ」
「……女など、
しぼりだされた鈴の声は低く、命を呪うかのようだった。
「華であれ、鳥であれとばかり望まれて、ひとであることは許されないのですから。花琳様は……彼女は
歌をわすれたら、捨てられるだけ。
だから、彼女は歌い続けた。
「そればかりか、鳥が喋るはずがないと幼いときから
身をけずり、こころをすり減らせて、望まれるように振る舞い続けた
「女が、命を賭けるとすれば、それは愛だろうね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます