6 ひきこもり妃は青空で死ぬ
夏の朝は青い。
早朝から
だから、
「君は」
「
「
「は……はは、そうか、おどろいたな。きみはずいぶんな愚か者だったらしいね?」
辛辣な言葉を投げかけられても動じず、
「女官の冤罪を解いて、
微笑は変わらず、絳の
「ああ、やはり――――貴女は聡明だ」
紫蓮は絳の真意を測りかねて、ため息をついた。
「君にとっては損しかないはずだけどね?」
「ええ、そうです。けれども、それはあなただって一緒だ。これまでも不可解な
聴かれたら、語る、と
だが、ほんとうは「語られたからには、語る」というのが紫蓮の信条だ。
官吏たちが紫蓮を徹底して避けるのは、紫蓮が死の穢れをもっているとおもっているから、というばかりではない。
知りたくないことを語るからだ。
「
風が吹きつけてきた。
遠くから運ばれてきた
「僕は死をおそれないからね」
ああ、でも、そうだねと
「ありがとう」
これはいっておくべきだろう。
だが、嘲ってではない。事実としていっただけだ。損か得かで論ずれば、彼はあきらかに損を選んだわけだ。だがそれによって、救われたものはある。
紫蓮もしかりだ。
「これで、女官に会って、話を聴けるね。
……*……*……*……
現在、
眠らずの
離宮のある
雲ひとつない晴天にさらされて、
「ううっ、酷い天候だね。眩暈がしてきたよ。日差しが肌に刺さりそうだ。というか、刺さった」
「日にあたったくらいでそんな。
紫蓮はほんとうにふらついている。
「三年は離宮からでていなかったからね。真昼の日差しになんか、たえられないよ」
訳アリの妃である
「とんだひきこもり妃ですね。不摂生は祟りますよ。適度に日のもとで運動をしないと早死にしやすいとか」
「早死にどころか、僕はいま、死にそうだよ……」
塩を振った青菜みたいにぐんにゃりとなっている紫蓮を振りかえりながら、絳は
実に奇妙な
屍に
「あなたはいったい」
「ん、なんだい」
「いえ」
透きとおるような紫の瞳が、
「なんでもありません」
絳は静かに視線を逸らして、胸のうちに湧きあがった想いをのみくだす。
彼の葛藤を知ってか知らずか。あるいは気を紛らわせたかったのか、紫蓮が黄妃について尋ねてきた。
「黄妃は歌媛だったといっていたね」
「ええ、後宮の
実のところは絳には歌の
知人いわく。
「春の訪れを歓ぶような雅やかな響きだと」
「へえ、だから
「ああ、あともうひとつ、彼女には異称がありました」
後宮の
「――――舌きり雀」
意外だったのか、紫蓮は睫をあげた。
「ずいぶんと穏やかじゃないね」
「いうまでもないことですが、ほんとうに舌がないわけではありませんよ。そうであれば、歌うこともできませんからね。ただ、
「誰も、かい?」
「ええ、女官でさえ、黄妃とは喋ったことがないと。必要なときは筆談をしていたそうですよ。識字のできない女官もおりますから、容疑者の女官が読みあげ、黄妃の意を伝達していたとか。舌きり雀という異称は、妃妾たちがおもしろがってつけたようです。もっとも、男たちにはそのようなところもたいそう好まれていたようですが」
女はなにも語らず、微笑むだけの
結局のところは、男に意を唱えない従順な女がいい、ということだろう。だが、それでいて、「俺にだけは声を聴かせてくれ」と都合のいい言葉だけを欲する。
「くだらない話をしてしまいましたね」
「いや、参考になったよ。受けもったからには、ふさわしく葬らないとね」
いかに葬られようとも、
かといって、
遺族にひき渡せる程度に修復してくれたら依頼は果たせるというのに、彼女にはほかの思惑があるようだ。
絳が微かに眉を寄せたからか、紫蓮がいった。
「じきにわかるよ」
くすくすと妖しげに微笑する紫蓮は、先ほどまで暑さにうだっていた
(さながら、透きとおった水の奈落だな)
知れば知るほど、底がなくなる。ぞっとさせられるのに、こころ惹かれ、覗きこまずにはいられない。
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