4  誰が知更雀(コマドリ)を殺したのか

オウ妃は男に首を絞められ、殺害されたということですか?」


「黄妃のくびを絞めたのが、女官ではないことは確かだ。ついでに女の握力では気管を潰して、骨まで折るのはとても無理だね」


「ですが、検視官けいしかんは転落死だと」


 検視官とは下級の官職だ。民間の職だが、サイでは宮廷に雇い入れて、検視のほか、葬礼にまつわる役割を担わせている。死にまつわる職は不浄とされるため、身分としては奴婢どれいにちかい。


黄泉よみの舟が六文銭ろくもんせんで乗れるんだ。検視官くらい、一文銭でも黙らせることができるかもしれないよ。もうひとりの容疑者は、大理少卿だいりしょうけいということは士族なんだろう?」


「ご明察です」


 宮廷で昇進するには、まずは家柄が要となる。大理少卿のような高官になれるのは士族や貴族といった名家のものにかぎられた。


「三階から落ちたら、たいていは脚から落ちるか、咄嗟に腕を延ばすものだよ。彼女は後ろむきに落ちた。それにもかかわらず、腕を延ばした様子がない。落下時にはすでに意識がなかったからだ」


 年端もいかない姑娘むすめとは想えないような考察に舌をまく。

 コウが黙っていると、紫蓮がことりと頭を傾げた。


「なにをぼうっとしているのかな」


「いえ、感心していました。素晴らしい観察眼です。刑部省けいぶしょうは検察を担う官職ですが、遺体をみただけで、ここまで推理できるものは私の知るかぎりではいません」


「……へえ」


 紫蓮シレンはなぜか、意外そうにまつげをしばたたかせた。

 彼女がなにをおもったのか、絳はさぐろうとしたが、揺らぎはすぐに静まる。


「しかしながら、どこでそのような知識を。後宮の死化粧妃しげしょうひというには、あまりにも」


「僕は、死に寄りそうものだからね」


 何処か謎めいた愁いを漂わせて、彼女は微笑した。


「死のけがれということばがあるけれどね、死に穢れは、ないよ。だが、穢された死というものはある――」


 紫蓮シレンは微かな愁いを漂わせた。


 いずれにしてもだ。紫蓮の検視によれば、オウ妃は転落死ではなく、扼殺やくさつということになる。

 コウは乾いた唇を微かに舐めてから、こう尋ねた。


「ですが、大理少卿だいりしょうけいオウ妃を殺したという証拠はない、そうですね? 大理少卿は、黄妃の宮にはいなかったと、証言しているわけですから」


 紫蓮シレンはそれにはこたえず、おもむろに黄妃の腕を持ちあげた。

 したいを扱う彼女の手振りはやさしく、愛しむような艶がある。黄妃の指の先端をひとつひとつ、舐めるように確かめていった。


「ああ、やっぱりね」


 オウ妃の爪のなかに残っていたものを、白紙にだす。

 乾いているが、血の塊だ。


くびを絞めあげられたとき、かなり抵抗したんだろうね。爪はか弱い女の武器だよ。彼女を殺めたものには、さぞや酷い傷が残っていることだろうね?」


「は……」


 コウは胸のうちに湧きたつような歓喜をおぼえ、唇の端があがるのを感じた。だがこれは、知られてはいけない欲だ。咄嗟に口許を覆って、嗤いをごまかした。


「……参考になりました。依頼は黄妃の遺体の修復です。これでは遺族にひき渡すのも難しいもので」


「ああ、そうだったね」


 裙のすそに施されたはすを咲かせて、紫蓮シレンがふらりと窓べにむかった。


「でもまずは、死化粧を施すにあたって、彼女の死をもっともいたむものが、どのような葬りかたを希望するのかを聴いておきたい」


「希望、ですか? 希望といわれましても」


 あらためて、屍に視線を落とす。熟れて、落ちた果実のような酷い損傷だ。ひとらしいかたちだけでも、復元できれば充分だとおもうのだが――


「彼女はどんなふうに微笑んだのか。なにを喜び、なにを愛し、いかに愛されてきたのか、知りたい」


 絳には知るよしもないことばかりだ。それどころか、屍を修復するのに不要なことばかりに聴こえる。


オウ妃の遺族は都におられますので、連絡することは、可能ですが」


「いいや、違うよ」


 怪訝げに眉根を寄せる絳にたいして、紫蓮シレンはなにもかもを視透かしているような瞳で微笑む。あるいは試すような眼差しで。


「遺族ではなく、投獄されている女官に逢いたいのさ」


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