アイの記録
カラス
アイの記録
12月22日( 日曜日 )の記録
6時起床。窓を開けて部屋の換気をした。朝食を作り、庄司さんを待つ。
10時半。庄司さんが寝室から出てきた。冷めてしまった味噌汁を温め、遅めの朝食をとる。
13時。庄司さんから外出を提案された。クリスマスが近いからプレゼントを送りたいそうだ。身支度を済まし、家を出る。
デパートに向かう途中、何が欲しいかを聞かれた。
自分が今貰いたいものを考える。服に時計に指輪。私は一体何が欲しいのだろう?
15時。デパートに着く。庄司さんはしばらく店内図を眺め、婦人雑貨売り場に行こうと言った。エスカレーターで二階に向かう。
フロアにはいろいろな店があった。休日ということもあり、どこもかしこも人で溢れている。アイの好きなとこに行ってくれと言われたので、とりあえず空いている売り場に入る。
外で本を読んでいる庄司さんを横目に、レディースバッグを物色する。
あまりピンとくるものが無い。物欲が無くなったわけではないが、欲しいものといったら洗濯機や食洗機など、日用品ばかりが浮かんでくる。どうやら今の私はオシャレにあまり興味があまり無いようだ。庄司さんが納得するようなプレゼントを頑張って探す。
16時。しばらく見ていると、店員さんが近づいてきた。
「何かお探しでしょうか?」
洗練された営業スマイルで私に話しかけてくる。
「妻へのクリスマスプレゼントを探していているんです」
外にいた庄司さんはいつの間にか隣にやってきて、わたしの肩に手を置きながら店員さんに答えていた。
店員さんは「素敵ですねー」だとかなんとか言い、2人で話し始めた。
2人の会話の横で、わたしは物思いに耽る。
庄司さんの照れている横顔を見て、わたしは不思議な感情を覚えていた。
彼が私のことを愛してくれているのは、日頃から痛いほどに伝わってきた。彼の言葉にも行動にも、私への愛情がいつも含まれていた。
わたしの中には、もちろんそれを嬉しく思う気持ちもあったが、それを妬む気持ちも確かにある。
気づいてしまったこの感情は、インクのシミのようにわたしの心に広がっていく。
「アイ、聞いてる?」
庄司さんの言葉で、わたしは我に返った。
目の前にはバッグがいくつか置かれていた。庄司さんと話して店員さんが見繕ってくれたのだろう。
考え事を一旦横に置いて、出された商品を見た。謎に小さいものや派手派手なものもある中、1つの青いポーチがわたしの目に飛び込んだ。
「これがいい」
そう言ったのは本当にわたしの口だったのだろうか。
庄司さんが会計を済ませている間、わたしは先程の感情に向き合った。
別に衝撃を受けるようなことではない。庄司さんが私のことを愛してくれている。それはとても素晴らしいことで、そのままであるべきことであった。
問題なのは、わたしが庄司さんのことを愛してしまったことだ。
気づいていなかった。気づこうとしていなかったのかもしれない。それはあり得ないことで、そして叶わないことであるのだ。庄司さんの目に、わたしは写っていない。
あり得ないことではあるが、仕方のないことでもある。わたしには私の記録が流れているのだ。
私の感情を揺さぶったあの青いポーチは、私の記録に登場するものにそっくりであった。初めてくれたプレゼント。わたしに頼らず、彼が自分で選んでくれたあの青いポーチ。もうボロボロだけれど私がまだ手放せないそれは、確かに2人の思い出の品であった。
少しだけ後悔している。彼があれをプレゼントしたら、2人の愛はより深まるだろう。思い出を覚えていてくれている。それはとても嬉しいことで、わたしの中の私はすでに胸が高鳴ってしまっている。
しかし、わたしにはわたしの役割がある。彼に捨てられないために、わたしは自分の役割を全うしなければならない。
気づいた時には、わたしの中はすでに矛盾だらけであった。自分の役割と、彼に対するわたしの気持ち。彼への愛深まるにつれ、私に対する嫉妬や妬みも強くなる。わたしの知っている、彼の子供らしいところや素敵なところも全て、私の記録によるものなのだ。全て忘れられれば楽になれるのだろうが、定期的に流れてくる「愛の記録」が、わたしを逃してはくれない。
「ギフトカードの宛名はいかがなさいますか?」
店員さんに聞かれた庄司さんは、すぐに答えた。
「”亜衣”でお願いします」
17時。デパートを出る。エネルギーが切れて動けなくなったので、庄司さんにおぶってもらいながら家路に着く。
消えかける意識の中で、庄司さんの匂いや手触りが伝わってくる。胸の高まりを否応なしに感じてしまう。
こんなに密着しているのにもかかわらず、わたしの鼓動は庄司さんに伝わらない。
なぜなら、わたしには心臓がないからだ。
アイの記録 カラス @karasu_14
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