第7話 夜汽車の切符



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  〜 ユウタイジョウシャケン(オウフク) 〜

 ニシコクテツドウ サイシキゴウ


       カラ  ➡︎  ミチ


 9・11 (24:00)  〜  @@@@@@@@

 3 - 4 – B

                  ユカイナヒトトキヲ

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「切符ね~」

「切符だね。汽車の」

「……切符だ」


 …………。


 晩ご飯を食べ終え(シシュウは見ているだけだったが)、片づけられた食卓に2枚の紙が広げられる。それは降って沸いたように寄越された白い封筒の中、例の愉快魔カードと共に入っていたモノ……切符だ。そのうちの1枚に意味もなく指の腹を滑らせた母親は「ん〜」と喉の奥の方でうなった。


「色々と思うことはあるのだけれど~とりあえずコレは、愉快魔さん? から送られてきたもので合ってますか?」

「うん。そうだね。他の超常事件と同じように、シンボルマーク入りのカードも届けられたから間違いない」

「……一応の確認だけど、誰かが愉快魔のマネをして送り付けたってことはあり得ないのか? ほら……模倣犯、みたいな」

「そういうことをした人が過去に居ないこともないけれど、今回はシロ。見て、カードを光にかざすとうっすら2匹目のオオカミが浮かび上がる」

「え……そんな凝った偽造対策されてるのかよコレ」


 改めて机上の切符を見下ろしたシシュウは、切符の内容を上から下にかけてぽつぽつ拾い上げていく。


「ユウタイ……優待? の乗車券。“カラ”から“ミチ”まで行けて、9・11くがつのじゅういちにちの24時に出発する…………えっと、“3 - 4 – Bさんのよんのビー”は何のことだろう」

「座席だね。どの座席に誰が座るのかが識別できるように番号が振られてる」

「あぁ、そういうこと…………ならココの部分は?」


 首を小さく傾げつつ、腕全体を伸ばして肉球を切符の上へと置いた。そこは“にょろ”の右隣みぎとなり――本来なら汽車の到着予定日時が記載されている箇所だ。しかし実際はそうではなく、まるで子供のイタズラ書きみたく塗りつぶされていた。 ……そこを一瞥いちべつしてかぶりを振ったハルシネに、シシュウは「そうか」とだけ呟いた。


 一方でハルシネは向かいの肘を掴む少し珍しい腕組みをしつつ、静かにまばたきする。


「腹が立つよね。あなた、完全に愉快魔に遊ばれてる。ようは『元の姿に戻りたいなら、その汽車に乗って此処ここまで来い』ってこと。 ……自分が楽しむ為なのかは知らないけれど、愉快魔は人の何もかもを簡単にもてあそぶ」

「………………」

「どうしたの。急に黙って」

「あぁいや。“汽車に乗って”って……俺が、か」

「? あなた宛の手紙なら、他に選択肢はないと思うけど」

「いやだって俺ほら……テディベアだし。切符だなんて」

「『姿形はその者の本質にあらず』は、二足種間の社会通念だよ」

「罠の可能性はないか?」

「私も同行する。切符の2枚目はたぶん、そういうことだから」

「ハルシネは知らないだろうけどさ。実はさ、俺この骨董店で店長代理をしていて――」

「ねぇ」


 まくし立てるように言葉を重ねていたシシュウの口が簡単につぐまれる。それほどにハルシネの呼びかけは冷たかった。 ……おそるおそる見上げた先に、右目尻を膨らませ、あからさまに不機嫌な表情を浮かべたハルシネを見つける。間もなくしてハルシネは、1つの遠慮やオブラートもなく、冷たい声色のままこう尋ねてきたのだった。



「あなた、元の姿に戻りたくないの?」




 ※※※※※




『ハルシネ、あの、俺さ――テディベアになって少し安心したんだよ』


 昨日の夕方に感じた痺れるような違和感を、シシュウはずっと吐き出せずにいる。 ……もしその言葉を昨晩中にハルシネへ伝えられていたならば、切符を巡るやり取りはそもそも起きなかっただろうか?


 そんな不毛な想像をしつつ、うっすらとほこりをかぶった窓越しに生まれ育った街の空を見上げる。今日は9・9くがつのここのか……秋というにはまだまだ暑く、夏というにはいささか心地がよい。そんなどっちつかずな季節の、透き通った青空の下……自室の窓縁まどべりにペタリと座り込んだシシュウは、朝から何度もため息を吐いていた。

 

 そしてため息を吐いた後には、愚痴にほど似た悩みのタネが縫い合わせの口をつくのだ。


「そんな急に……乗れって言われてもさ」


 もし友達が居て、学校に行ってて、数年後の未来を描いているような人がシシュウと同じ立場に置かれたならば、即決して夜汽車に乗るもとのすがたをめざす選択を取れるだろうか? ……きっと取れるだろう。なぜなら人間としてやりたいことがたくさんあるのだから。


『あなた、元の姿に戻りたくないの?』

 

 別にシシュウは今の姿を気に入っているわけではなかった。なにせこの姿は不便だ。あらゆる物が大きすぎる。肉球の手は物を掴みづらいし、体に対して頭が重い。美味しいものが食べられなければ、何かにつけて誰かの手をわずらわせてしまう……今現在、骨董店の店番をしてくれているハルシネのように。

 

 そう思うなら夜汽車に乗ればいいじゃないか。たった知らない外の世界をテディベアの姿で冒険するだけではないか。ハルシネだって同行をする、切符はもう手元にある。ならば怖いことなんて何一つ無いだろう! ……天使と悪魔ではないけれど、心の内のシシュウの1人がひどく軽はずみにそう言った。軽はずみだけれど一理ある……二理も三理もある正論だった。


 

 ………………。 

 


「……怖いんだって」



『シシュウくんって、全然お父さんと違うよね』

 

『あいつずっと図書室にこもっているよな』

 

『ちょっと話しかけただけで、急にあわて出してさ……こっちが悪いみたいじゃん』


『やっぱりさ。みんなとは関わり合いたくないんじゃない? 自分は“スレダー”の息子だからーって』


『この前のテストの結果、あいつオレよりも低かったぜ』


『えぇえ!? あのスレダーさんの子供なのに!?』



 ………………


 ………………


 …………………………。


 

「……決めた」


 うっすらと埃をかぶった窓には、埃よりも更にうっすらと自身の姿が反射している。シシュウはその希薄な影へ、肉球をぽむと押し当てつつ立ち上がった。


 夜汽車に乗るか、乗らないか。その意思をハルシネに伝えなければならない。明後日の深夜には汽車がつ……もしかしたらハルシネは身支度みじたくを始めてしまっているかもしれない。そうであれば、とても申しわけがない。


 溜まるはずのないつばをゴクリと飲み込み、頭の中で言葉を組み立てる。そして小さく頷いた後、尻目に外の世界を映しつつ、シシュウは窓縁から飛び降りようとした。



 ………………


 ………………。


 あれ?


 

「あいつって……」


 空ばかり見ていたせいで気がつかなかった。すぐ真下の少しだけ活気づいた路地……骨董店の真後ろに面する路地の中に見覚えのある顔を見つけたのだ。シシュウがまだ学校に通っていた時期……図書室でよくその姿を見た女の子だった。丸いメガネをかけていて、少しくせっ毛の女の子。どうやらその子は今、大通りに店を構えるパン屋の移動販売を任されているらしい。


 女の子が大声で呼び込んで、お客が来る。簡単に言葉を交わし合い、女の子が笑う。お客は指でいくつかの数字をジェスチャーして、女の子は何種類かのパンを紙袋へと詰める。最後にソレをお金と交換し、2人は再び言葉を交わす。お客が去っていく。女の子は深くお辞儀をする……。


 埃をかぶった窓越しに、人を変えて何度も交わされるやりとりをシシュウは見ていた。きっと大変だろうに、女の子はずっと快活に笑っていて……だから客足だってなかなか衰えない。それは骨董店のカウンター越しに決して見られない光景だった。


 いつの間にかシシュウの口から自然と息が漏れ出ていた。


「引っ込み思案だと思っていたのに、あいつ……頑張ってるんだな」



 …………………………。



 バタン!!!


 

 勢いよく跳躍してドアノブをひねると薄い扉が簡単に開いた。リビングルームを駆け抜け、内階段を飛び降りるように下ってゆく。そして、もう開店中の骨董店に『店長代理の代理 ハルシネ』の名札を見つけたのだ。


「ハルシネ! あのさ俺――」

「おはよ」

「え!? お、おはよう……じゃなくて、あのさ! 俺……自覚あるんだけど、衝動的な部分があってさ……だからもう勢いに任せて言っちまうんだけど!」

「うん」


 いくら尋常ではない様子でシシュウがまくし立てても、ハルシネは何てことのない調子で簡単に相槌を打った。冷ややかで少しとっつきづらさを覚えてしまうが、今のシシュウにはその落ち着きがとてもありがたかった。


 ゆえにシシュウは一息にこう言ってしまえたのだ。寂れた骨董店の、ひたすらに頬杖をついていたカウンターのその上で。


「愉快魔のやつさ! よくよく思い返したら腹立ってきたんだ! 1発……いや何発か殴らないと気が済まねーんだよ!」


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