第8話 “魔法を推する”は雨上がりの臭いに似ている
明日の朝には16年間生まれ育ったこの街を離れることになった。辻馬車に乗り街道を半日走れば、この辺りで最も大きな街であり、乗車駅がある“カラ”へたどり着くという。 ……シシュウが幼少期の時に母親に連れられて何度か行ったことがあるはずだが、ハッキリ覚えているのは年配の女性から飴玉を貰った記憶だけで、あとはもう分からなかった。
何はともあれ、旅の
「…………」
ささくれ立った骨董店のカウンターの上。普段はシシュウがココアマグを置くあたりには、両手で持ち上げられる程度の大きさの骨董品たちが所狭しと並べられていた。ハルシネはそれらの内の1つを手袋越しに持ち上げると、
次に、観察した品へ露出した親指の腹を押し当てていく。
最後にその品を、シシュウ近くに置かれた2つの木箱へと仕舞っていった。その行為は、片しているというより振り分けているようで、品のほとんどが左手側のソレに詰められてゆくのに対し、右手側にはほんの2~3しか詰められていなかった。シシュウは後者の品々を
「さっきから……何してるの?」
「ん。調べてるんだよ、魔法の有無を」
「ま、魔法?」
「正確には魔法が込められている道具がないか調べてる」
「な、なんだよそれ……そんなこと出来るのか」
「私は魔法捜査官だから」
ぱちくりと瞬きを繰り返すシシュウ。確かに魔法管理協会(?)に属する魔法捜査官(?)のハルシネならば、魔法に精通していることは当然かもしれない。しかしその事実を差し引いたとて、引きこもりのシシュウにとって
「…………」
そのようなシシュウの心情を見透かしたのだろうか? それとも言葉を詰まらせたことが見え見えだったのか? ハルシネはレンズ越しの赤い視線をこちらへ寄越すと、先ほど
シシュウは立ち上がり、慌てて片手を振る。
「あぁいや。魔法を調べて? いたのだろう? ……いや店番中にすべきじゃないけどさ。ええっとだから……説明的なのは後でも大丈夫だからさ」
「外。こんな雨が降っているときに誰も来ないよ。それに、
そう言うと同時にシシュウの前に取り出された3点の品々。それら内からハルシネが持ち上げたのは、一見すると何の変哲もない指輪だった。宝石等の装飾が一切無いソレを見たシシュウが何かを言うより先に、ハルシネはこのように始める。
「この指輪は魔法が保存された道具……
「え、なにそれすごい。 ……父親が言っていたことは本当だったのかよ」
「なに?」
「あぁ、いや何でもない。続けてくれ」
「そう。 ――でも、
「ガス、欠?」
「保存された魔法が魔道具から漏れきった状態のこと。魔法を保存する
「……じゃあ、こいつらも」
シシュウはゆっくりと骨董店の店内を見渡した。あの民族衣装を着た不細工な犬の置物も、あの流通しているレコードの大きさに対応していない蓄音機も、あの宝の眠る場所に×印が示された架空の大陸の地図にも……
………………。
「この指輪は違うよ」
その声にハッとし、シシュウはハルシネへと向き直る。いつの間にかハルシネはその指輪へ親指の腹を当てていた。わずかに擦っている。
「魔法が生きている」
ハルシネが指に力を入れていることは
「ぁ……」
――ふと雨上がりの臭いがふわり香った。
「あなたに1つ教えとく。花を嗅ぐとか、お肉を味わうとか。人間には五感があるよね。でもそれだけ。魔法を使える二足種は、第六感で魔法を
間もなくして、寂れた骨董店の中、指輪に込められた魔法が放たれたのだ。
……………………!
ポテ
…………
…………。
「…………あん?」
空から何かが降ってきた。それは分かる。なにせシシュウの目の前にポテっと落ちたのだから。一瞬だけ視界を掠めたソレをただの見間違いだと思い込み、シシュウはその正体を見下ろす。
円状の代物だ。真ん中にぽっかり穴が空いている。全体的に色は茶色だが、円の半分はもう少しだけ黒みがかっていて、甘い匂いが強い。特に子供が好みそうな……紛れもなくソレは。
「……どー、なつ」
ハルシネは広げた掌に丸めた拳をぺちり振り下ろした。
「なるほど。この指輪に魔法を込めればチョコドーナツが降ってくるんだ。指輪と形も同じ」
「俺の期待を返せ」
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