通釈⑦ 九、姫の昇天
1、『古活字十行甲本』を底本にしています。
2、おおむね、『評註竹取物語全釈』松尾 聰著(武蔵野書院)を参考書にしています。本文中、『評註』と表記しています。
3、底本の変体仮名等解釈は、『竹取物語』翻刻データ集成 https://taketori.himegimi.jp/ の『古活字十行甲本』を信頼して利用しています。
4、解読にあたって、『全訳読解古語辞典』(第三版)鈴木一雄 他著(三省堂)を用いた。
5、私説を参考として掲げる場合、★印をつけた。
九、姫の昇天
●39裏の続き
かやうにて御心をたかひになくさめ
○
かやうにて、御心を
◎
このようにして、お心を互いにお楽しませ
●40表
給ふ程に三年はかりありて春のはしめ
よりかくや姫月のおもしろう出たるを
見てつねよりも物思ひたるさま也ある
人の月かほ見るはいむこととせいし
けれ共ともすれはひとまにも月をみて
はいみししくなき給ふ七月十五日の
月に出ゐてせちに物思へるけしきなりち
かくつかはるゝ人々竹とりの翁につけて
いはくかくやひめれいも月をあはれかり
たまへとも此ころと成てはたゝ事にも
○
給ふ程に、三年ばかりありて、春のはじめ
より、かぐや姫、月のおもしろう
見て、
人の、「
けれども、ともすれば、
は、①いみじく泣き給ふ。七月十五日の
月に
く
いはく、「かぐや姫、
給へども、この
①底本「いみししく」を、「いみじく」とした。
②「あはれがる」について、「賞賛する・同情する・歎き悲しがる」等、色々な意味があるが、あとに「この
◎
になっているうちに、三年ほどが過ぎて、春の初めから、かぐや姫は、月がすばらしくよく出ているのを見て、いつもよりも物憂げにしているようだ。
(かぐや姫の)侍女が、「月の顔を見るのはおやめください」と制したのだけれど、ともすれば、人がいるところでも、月を見ては、激しくお泣きになる。
七月十五日の月(の出た晩)に(部屋の外の欄干)に出て、しきりに悩む様子である。侍女たちが、竹取の翁に告げて言うには、「かぐや姫、いつものように月を嘆き悲しがりになるのですが、この頃では、ただ事では
●40裏
侍らさめりいみしくおほしなけく事
あるへし能々見奉らせ給へといふを聞
てかくやひめにいふやうなんてうこゝ
ちすれはかく物をおもひたるさまにて
月を見給そうましき世にといふかくや
ひめみれはせけん心ほそく哀に侍るな
てう物をかなけき侍るへきといふかく
や姫のある所に至りて見れは猶物思へ
るけしきなり是をみてあるほとけ何事
思給そおほすらん事何事そといへは
○
あるべし。よくよく
て、①かぐや姫に言ふやうに、「②なんでふ、
月を見給ふぞ。③うましき夜に」と言ふ。④「かぐや
姫見れば、
でふ物をか
や姫のある所に至りて見れば、なほ、物思へ
るけしきなり。これを見て、「⑥有る仏、何事
思ひ給ふぞ。おぼすらむ事、何事ぞ」と言へば、
①「かぐや姫に言ふやう」というのは翁の言葉であるが、のちに、「かぐや姫のある所に至りて見れば」とあり、そのとき、「あるほとけ、何事思ひ給ふぞ。おぼすらむ事、何事ぞ」と、同じような事を再び聞いている。どうもちぐはぐである。それで、ここは翁がかぐや姫に言うように侍女たちの前で独り言のように言ったと考え、「かぐや姫に言ふやうに」と、あえて「に」を加えた。
②底本「なんてう」を「なんでふ」とした。「何という・どんな・どれほどの」の意。また、「どうして」という疑問・否定・反語の副詞的用法もある。
③底本「うましき世に」は、あまりに唐突な言葉と思われる。「うましき夜に」の後世の誤解だろう。
④「「かぐや姫見れば、
⑤底本「なてう」を「なでふ」とした。意味は①と同じ。
⑥底本「あるほとけ」を「吾が仏」として、「私の大切な人」とする解釈が一般的であるが、●4裏の「我が子の仏変化の人」で「仏変化」すなわち「仏の化身」と解釈したと同じように、「有る仏」すなわち「生き仏」と私は解釈する。翁は、かぐや姫のことをわが子としながらも、仏の化身としてあがめていたと考える。
◎
ございません。ひどく悩み嘆くことがあるに違いありません。よくよく見て差し上げて下さいませ」と言うのを聞いて、(翁は)かぐや姫に対する独り言のように、「どのような心地がすれば、このように悩み悲しむように月をご覧になるのだろう。(これほど)すばらしい夜に」と言う。(これに対し、侍女が)「かぐや姫(の今の境遇)に比べれば、世の中は不安で不憫にございます。何を嘆き悲しむことがあるでしょう」と言う。
(翁が)かぐや姫の部屋に行ってみると、やはり物思いにふける様子である。
これを見て、「生き仏よ、何をそんなに思い悩むのか。悩むことは何ですか」と言うが、
●41表
思事もなし物なん心ほそくおほゆる
といへは翁月な見給そ是を見給へは物
おほすけしきは有そといへはいかて月を
みてはあらんとて猶月出れは出ゐつゝ
歎思へり夕やみには物思はぬけしき也
月の程に成ぬれは猶時々は打なけき
なきなとすこれをつかふ物ともなを物
おほす事あるへしとさゝやけと親を
はしめて何事共しらす八月十五日はかり
の月にいてゐてかくやひめいといたく
○
「思ふ事もなし。物なむ心細くおぼゆる」
と言へば、翁、「①月な見給ひそ。これを見給へば、物
おぼすけしきはあるぞ」と言へば、「いかで月を
見ではあらむ」とて、なほ、月、
嘆き思へり。②
月の程になりぬれば、なほ時々は打ちなげき、
泣きなどす。これを、
おぼす事あるべし」とささやけど、親を
はじめて、何事ともしらず。八月十五日ばかり
の月に
①「月な見給ひそ」。「な~そ」は、懇願的な禁止を表す。
②「
②底本「なを」を、歴史的仮名遣い「なほ」に改めた。
◎
(かぐや姫は)「思い悩むことなどないのです。(ただ)物寂しく感じられる」と言うので、翁は、「どうか月をご覧にならないでください。これをご覧になると、思い悩まれる様子がありますぞ」と言うが、(かぐや姫は)「どうして月を見てはいけないのでしょう」と言って、やはり月が出れば外(欄干)に出て、嘆き沈んでいる。
夕闇の頃には悩むことはない様子である。(しかし)月の程になったならば、やはり時々は嘆き、泣いたりする。これを見て、使われる人たちは、「やはり、お悩みになることがあるに違いない」と囁くのだが、親をはじめ、それが何であるか知るよしもない。
八月十五日に近い月に外(欄干)に出て、かぐや姫は、尋常でなく
●41裏
なき給ふ人目も今はつゝみ給はすなき
給ふ是をみておや共も何事そと問さは
くかくや姫なく\/云さき\/も申
さんとおもひしかとも必心まとはし給
はん物そと思ひて今まてすこし侍り
つる也さのみやはとて打いて侍ぬるそ
をのか身は此國の人にもあらすつきの都
の人也それをなむ昔の契有けるにより
なん此世界にはまうてきたりける今は
帰へきに成にけれは此月の十五日に
○
泣き給ふ。人目も今はつつみ給はず、泣き
給ふ。これを見て、親どもも「何事ぞ」と問ひ①
ぐ。かぐや姫、泣く泣く言ふ。「
さむと思ひしかども、必ず
はむものぞ、と思ひて、今まで
つるなり。②さのみやはとて、打ち
③をのが身は、この国の人にもあらず。月の都
の人なり。それをなむ、昔の
なむ、この世界には、まうで
帰るべきになりにければ、この月の十五日に、
○
①底本「さはく」を、歴史的仮名遣い「さわぐ」に改めた。
②「さのみやは」、「そうばかり~だろうか」。
③底本「をのが」を、歴史的仮名遣い「おのが」に改めた。
◎
お泣きになる。人目さえ今はお隠しにならず、お泣きになる。これを見て、(侍女はじめ)親たちも、「どうしたのか」と、問い詰める。
かぐや姫が泣きながら言う。「前々から申し上げようと思っていたのですが、どうしてもお心を惑わしてしまうものであると思って、今まで(言わずに)過ごしてしまいました。そうもいかないでしょうから、打ち明けてしまうのです。私の身は、この国の人ではありません。月の都の人なのです。そうではあるものの、昔の約束があったからは、この世界にやって来たのでした。今は、帰らなければならないときになったので、今月の十五日に、
●42表
かのもとの國よりむかへに人々まうて
こんすさらすまかりぬへけれはおほし
なけかむかかなしき事を此春より思ひ
なけき侍るなりと云ていみしくなくを
翁こはなてうことをの給そ竹の中より
見つけ聞えたりしかとなたねのおほきさ
をおはせしをわかたけたちならふまて
やしなひ奉りたるわか子を何人かむ
かへきこえんまさにゆるさんやといひ
て我こそしなめとてなきのゝしる事
○
かの
翁、「こは、③なでふことをのたまふぞ。竹の中より
見つけ④聞こえたりしかど、⑤
を、お歯せしを、我が
へ⑥
て、「
①「むず」は、「むとす」の変化。
②「さらず」は「
③底本「なてう」を「なでふ」とした。
④⑥「きこゆ」は、動詞・助動詞の連用形について「お~申し上げる」などという謙譲を表す。
⑤底本「なたねのおほきさをおはせしを」は、従来、「おほきさを」の「を」を衍字として、「菜種の大きさおはせしを」とされてきた。しかし、菜種は比喩としても小さすぎだという批判はまぬがれない。「
◎
かの元の国から迎えに人々が来ることになっています。しかたなく去らなければならないので、(あなたがたが)悩み、お嘆きになるのを(私も)悲しく思うことを、この春より悩み嘆いておりました」と言って、ひどく泣くのを、翁は、「これは、なにをおっしゃっているのだろう。(あなたを)竹の中から見つけさせて頂いたのだけれど、菜種の大きさをお食べになったのを、私の背丈に立ち並ぶまでにお育て差し上げたわが子を、誰がお迎え申し上げに来るというのでしょう。絶対許すわけにはいかない」と言って、「(そんなことになったら)私は生きてはいけない」と、泣きわめくのが、
●42裏
いとたへかたけ也かくや姫のいはく月
の都の人にて父母ありかた時のあひた
とてかの國よりまうてこしかともかく
此くににはあまたの年をへぬるに
なんありけるかのくにの父母のことも
おほえすこゝにはかく久しくあそひ聞え
てならひ奉れりいみしからん心ちも
せすかなしくのみあるされとをのか心
ならすまかりなんとすると云てもろ共
にいみしうなくつかはるゝ人も年比なら
○
いと
の都の人にて父母あり。
とて、かの国よりまうで
この国には、あまたの年を
なむありける。かの国の父母のことも
おぼえず。ここには、かく久しくあそび聞こえ
て、ならひ奉れり。いみじからむ
せず、悲しくのみある。されぞ、①おのが心
ならず、まかりなむとする」と言ひて、もろとも
にいみじう泣く。
①底本「をの」を、歴史的仮名遣い「おの」に改めた。
②底本「年比」を「年頃」とした。
◎
実に耐え難いという様子である。
かぐや姫が言うには、「月の都に、父母がいます。ちょっとの間ということで、かの国から参り来たのですが、このように、この国にはたくさんの年を経るに至ってしまいました。かの国の父母のことも懐かしく思わない。ここには、このように長い間、滞在申し上げて、慣れ親しみました。(月に帰ることを)楽しみにする心地などせず、ただ悲しいと思うだけです。しかし、私の心とはうらはらに、去らなければならないのです」と言って、皆と一緒になって激しく泣く。
(かぐや姫の)侍女も、長年(かぐや姫と)慣れ親しんで、
●43表
ひてたち別なむことを心はへなとあて
やかにうつくしかりつる事を見ならひて
恋しからん事のたへかたくゆ水のまれす
おなし心になけかしかりけりこの事を
御門聞召て竹とりか家に御使つかは
させ給御つかひに竹とり出あひてなく
事限なし此事をなけくにひけも白く
こしもかゝまり目もたゝれにけり翁
今年は五十はかりなりけれとも物思ひ
にはかた時になん老に成にけりと見ゆ
○
ひて、立ち別れなむことを、心ばへなどあで
やかにうつくしかりつる事を①見ならひて、
恋しからむ事の
おなじ心に嘆かしがりけり。この事を
御門、聞こし召して、竹取が家に御使ひつかは
させ給ふ。御使ひに竹取、
事、限りなし。この事を嘆くに、髭も白く、
腰もかがまり、目もただれにけり。②翁、
今年は五十ばかりなりけれども、物思ひ
には、片時になむ老、《お》いになりにけりと見ゆ。
①「見ならふ」は、この場合、「見なれる・見て馴染む」こと。
②「翁、今年は五十ばかりなりけれども、物思ひには、片時になむ老、《お》いになりにけりと見ゆ」。寸時にして老いてしまったのは、心労のためばかりではないという私の説については、★『翁若返り説(物語にこめられたなぞなぞの解明)』を、一読願いたい。
◎
離別してしまうことを、(かぐや姫の)気立てなど、あでやかで美しかったことを見慣れて、恋しく思う事に耐えがたく、湯水が飲めないほどで、(翁と)同じ心で嘆き悲しむのだった。
このことを、御門がお聞きあそばして、竹取の翁の家に御使いを、おつかわせになる。御使いに翁が出て会うが、泣く涙が止まらない。このこと(かぐや姫との別れ)を嘆いて、髭も白く、腰も曲がり、目もただれてしまったという。翁は、今年は五十歳過ぎであったけれど、心労によって、寸時に老いぼれになってしまったのだとみえる。
●43裏
御使仰こととて翁にいはくいとこころ
くるしく物思ふなるはまことにかと仰
給ふ竹とりなく\/申此十五日に
なん月の都よりかくやひめのむかへに
まうてくなるたうとくとはせ給ふ此十
五日は人々給りて月のみやこの人まう
てこはとらへさせんと申御使かへり参
て翁のありさま申て奏しつる事共申を
聞召ての給ふ一目見給ひし御心にたに
忘給はぬに明暮見なれたるかくや姫を
○
御使ひ、
苦しく、物思ふなるは、まことにか」と仰せ
給ふ。竹取、泣く泣く申す。「この十五日に
なむ、月の都より、かぐや姫の迎へに
まうで
五日は、
で
て、翁のありさま申して、奏しつる事ども申すを、
聞こし召して、のたまふ。「一目見給ひし御心にだに
忘れ給はぬに、明け暮れ見慣れたるかぐや姫を
①底本「たうとく」を、歴史的仮名遣い「たふとく」に改めた。
◎
御使いが(御門の)仰せごととして、翁に言うには、「非常に心を痛め、苦悩しているというのは本当か」と仰せになる。
翁、泣く泣く申し上げる。「この十五日に、月の都から、かぐや姫を迎えにやってきます。まことにありがたく(御門はお使者を)訪問させてくだされました。この十五日には、(弓を使う)人々を賜って、月の都の人が参り来たら、お捕らえください」と申し上げる。
御使いは、帰って(御門に)参上して、翁の様子を申し上げて、(翁が)奏上した事を申し上げるのをお聞きあそばされて、おっしゃる。「一日拝見した(私の)心にさえ忘れられないのに、明け暮れに見慣れたかぐや姫を
●44表
やりていかゝ思へき彼十五日つかさ\/
に仰て勅使少将高野のおほくにといふ
人をさして六衛のつかさあはせて二千
人のひとをたけとりか家につかはす
家にまかりてついちのうへに千人屋の
上に千人家の人々おほかりけるにあ
はせてあける隙もなくまもらす此守る
人\/も弓矢をたいしておもやの内には
女とも番におりてまもらす女ぬりこめ
の内にかくや姫をいたかへてをり翁も
○
に仰せて、勅使少将高野のおほくにといふ
人を
人の人を竹取が家に
家に①まかりて、②
上に千人、家の
はせて、
人々も弓矢を
④女(媼)ども、番に
の内にかぐや姫を
①「まかる」は「去る」の謙譲語だが、「行く」の謙譲・丁寧語でもある。
②「
③底本は「此守る」だが、「この
④底本「女とも」の「女」について、ただの「女」ではなく「女(媼)」である可能性については、★『「女」=「媼」についての覚え書き』を、一読願いたい。
⑤「
◎
遠くにやったら、いかほどに思うだろうか」
その十五日、
家におもむいて、
この隙間に漏れる人々も弓矢を帯して、正面、家の中、庭、女(媼)たち(かぐや姫とその侍女たち)を番するために、降りて守らせる。女(媼)は、
●44裏
ぬりこめの戸さして戸口にをり翁のい
はくかはかり守る所に天の人にもま
けんやといひて屋の上にをる人々にい
はく露も物空にかけらはふといころし
給へまもる人\/のいはくかはかりし
て守る所にかはり一たにあらはまつい
ころして外にさらさんと思侍るといふ
おきな是をきゝて頼もしかりをり是
を聞てかくやひめはさしこめてまもり
たゝかふへきしたくみをしたり共あの
○
はく、「かばかり守る所に、天の人にも負
けむや」と言ひて、屋の上に
はく「露も物、空にかけらば、ふと
給へ」。守る人々のいはく、「かばかりし
て守る所に、
殺して、①
翁、これを聞きて、頼もしがりをり。これ
を聞きて、かぐや姫は、「
戦かふべき
①底本「外」を「ほか」と読むことにする。他の人の意味だろう。
◎
翁が言うには、「これだけ守るところであれば、天の人にも負るはずがない」と言って、家の上に居る人々に向かって言うには、「少しでも物が空を横切ったなら、さっと射殺してくだされ」。
(これに対し)守る人々が言うには、「これだけのことをして守るところに、変わりがひとつでもあれば、まずは射殺して外の人々に見せつけようと思っております」と言う。翁は、これを聞いて、心強く思っている。
これらの話を聞いて、かぐや姫は、「閉じ込めて、守り戦う準備をしたとしても、あの
●45表
國の人をえたゝかはぬなりゆみ失して
いられしかくさしこめてありとも彼
國の人こはみなあきなんとすあひたゝ
かはんとす共かの國のひときなはたけ
き心つかう人もよもあらし翁のいふ
やう御むかへにこん人をはなかきつめ
してまなこをつかみつふさんさかゝみ
をとりてかなくりおとさんさかしりを
かき出てこゝらのおほやけ人に見せて
はちを見せんとはらたちをるかくや姫
○
国の人を、①え
国の人、
はむとすとも、かの国の人、
き心、③
やう、「御迎へに
して、
を取りて、かなぐり落とさむ。さが
かき
①「え
②底本「失」を「矢」にした。
③底本「つかう」を、歴史的仮名遣い「つかふ」に改めた。
④「よもあらじ」は、「よも~じ」の形で、「よもや~ない」。
◎
国の人なので、戦わないことができるのです。弓矢をもってして射ることができない。このように閉じ込めてあっても、かの国の人が来れば、みな開いてしまう。相手取って戦おうとしても、かの国の人が来たなら、勇猛な心を持った人はもはやいない」
翁が言うには、「お迎えに来る人を、長い爪で
かぐや姫が
●45裏
いはくこはたかになの給そ屋のうへに
をる人ともの聞にいとまさなしいます
かりつる心さしともを思ひもしらてま
かりなんする事の口おしう侍けりな
かき契のなかりけれは程なくまかりぬへ
きなめりと思ひかなしく侍也おやたち
のかへりみをいさゝかたにつかうまつ
らてまからん道もやすくもあるましき
に日比も出ゐてことしはかりのいとま
を申つれとさらにゆるされぬによりて
○
いはく、「
かりつる
かりなむする事の②
き
きなめりと思ひ、悲しく
のかへりみを、いささかだにつかうまつ
らで、まからむ道も
に、③日④頃も
を申しつれど、さらに許されぬによりて
①「まさなし」は、「予想外だ・思いもかけない・びっくりだ」あるいは、「期待に反する・常識外れだ・よくない」と辞典にある。つまり、ただ「みっともない」とかとは解釈できない。普段おだやかな翁が、これほどまでに怒り狂うことについて、「意外だ」というのだろう。
②底本「口おし」を、歴史的仮名遣い「口をし」に改めた。
③「日頃も
④底本「比」を「頃」にした。
◎
言うには、「
●46表
なむかく思ひなけき侍る御心をのみま
とはしてさりなん事のかなしくたへ
かたく侍る也彼都の人はいとけうらにお
いをせすなん思ふ事もなく侍る也さる
所へまからんするもいみしく侍らす老
おとろへ給へるさまをみ奉らさらんこそ
恋しからめと云て翁むねいたき事
なし給そうるはしき姿したるつかひに
もさはらしとねたみをりかゝる程に宵
打過てねの時はかりに家のあたりひるの
○
なむ、かく思ひ嘆き侍る。御心をのみ
はして、去りなむ事の悲しく、耐へ
難く侍るなり。かの都の人は、いと
いをせずなむ、思ふ事もなく侍るなり。さる
所へまからむするも、いみじく侍らず。老い
恋しからめ」と言ひて、翁、「胸痛き
なし給ひそ。
も
打ち過ぎて、
◎
このように嘆いております。お心を惑わせるだけで去り行くことが悲しく、耐えがたく思っています。かの都の人は、非常に清らかで、老いることがなく、悩むこともなくいます。そんな所へ行こうとするも、すばらしいとは思いません。老い衰えになるあなたのお世話をして差し上げることの方を大切におもうでしょう」と言うので、翁は、「胸が痛いことをおっしゃいますな。(どうせ、私は)麗しい姿をした使いの妨げにもならないです」と、いまいましく思っている。
そうこうしているうちに、宵も過ぎて、子の刻(現在の午前0時頃)頃に、家のあたりが昼の
●46裏
あかさにもすきて光たりもち月のあ
かさを十合せたるはかりにてある人のけ
の穴さへ見ゆる程なりおほそらより人
雲に乗ておりきてつちより五尺はかり
あかりたる程にたちつらねたりうち
となる人の心とも物におそはるゝやうに
てあひたゝかはん心もなかりけりからう
しておもひおこして弓矢をとりたてん
とすれ共手に力もなくなりてなへかかり
たる中に心さかしきものねんしていん
○
さを十、合わせたるばかりにて、ある人の毛
の穴さへ見ゆる程なり。
雲に乗りて
て、あひ
して、思ひ起こして、弓矢を取り立てむ
とすれども、手に力もなくなりて、
たる中に、心②
①「
②「
◎
明るさより強く光った。満月の明るさを十、合わせたぐらいで、あたりに居る人の毛の穴さえ見える程である。
大空から人が雲に乗って降りて来て、地面から五尺(1.5mぐらい)ほど上がったところに立ち連ねた。
内と外にいる人々の心が、物に襲われるようになって、戦おうという心もなくなってしまった。なんとか(戦意)を思い起こして、弓矢を取って立てようとするのだが、手に力もなくなって、(弓の弦が)萎えかかっている中に、心がしっかりしている者が、念をこめて射よう
●47表
とすれ共ほかさまへいきけれはあれも
たゝかはて心ちたゝしれにしれて守り
あへりたてる人ともはさうそくのきよ
らなる事物にも似すとふ車一くし
たりらかいさしたりその中にわうと
おほしき人家に宮つこまろまうてこと
いふにたけく思ひつる宮つこまろも物
にゑいたる心ちしてうつふしにふせり
いはくなんちをさなき人いさゝかなる
切徳を翁作りけるによりてなんちかた
○
とすれども、
戦かはで、心地、ただ
あへり。立てる人どもは、
らなる事、物にも似ず、飛ぶ車、一つ
たり。②
おぼしき人、家に、「
に③
④いはく、「
⑤
①「まもりあふ」は、「互いに見つめ合う」ほどの意とする解説書もあるが、「守り合う」とした。
②「
③底本「ゑいたる」を、歴史的仮名遣い「ゑひたる」に改めた。
④ここからの月の王とおぼしき天人の言葉を、これまで翁に対するだけの言葉としてきた過ちのために、物語全体の把握ができずにいた。これについては、★『本当の『竹取物語』を閉ざしていたもの』を、是非、一読願いたい。
⑤底本「切徳」を、「功徳」とした。
◎
とするのだが、他の方へ(飛んで)行ってしまったので、その者も戦わないで、(皆)心持ちは、ただただぼんやりとして、互いに守り合っている。
立っている人たちは、装束の美しいことは見たこともなく、飛ぶ車一台を引いていた。(その車に)
その(車の)中に、王とおもわれる人が、家に(向かって)、「
(王とおもわれる人が、かぐや姫に対して)言うには、「汝、幼い人よ。いささかの功徳を翁が積んでいたので、汝の助け
●47裏
すけにとてかた時の程とてくたししを
そこらの年ころそこらのこかね給ひて
身をかへたるかこと成にたりかくや姫
はつみを作り給へりけれはかくいやしき
をのれかもとにしはしをはしつるなり
つみの限はてぬれはかくむかふる翁は
なきなけくあたはぬ事也はや返し奉れ
と云翁答て申かくやひめをやしなひ
奉事廿餘年になりぬかた時との給ふ
にあやしく成侍ぬ又こと所にかくや姫
○
けにとて、
そこらの
身を
は、罪を作り給へりければ、かく
①
罪の限り果てぬれば、かく
なきなげく、あたはぬ事なり。はや、返し
と言ふ。翁、答へて申す。「かぐや姫を
奉る事、廿余年になりぬ。片時とのたまふ
に、あやしくなり侍りぬ。又、
①底本「をのれ」を、歴史的仮名遣い「おのれ」に改めた。
②底本「をはし」を、歴史的仮名遣い「おはし」に改めた。
◎
にと(翁を信頼して)、片時の間ということで(地上の翁の所に)下したのにもかかわらず、多くの年齢、多くの黄金を(翁に)お与えになって、(九センチほどだったあなたが)身を変えたように(大きく)なってしまった」(翁に対し)「かぐや姫は、罪をお作りになったので、このように(若返りや黄金目当ての)卑しいおのれのもとに、しばらくおいでになってしまったのだ。(かぐや姫の)罪のすべてが果てたのだから、このように(弓矢で)迎える、翁は泣き嘆く、(それらは)無意味なことである。はやく、(かぐや姫を)お返しになれ」と言う。
翁が、答えて申し上げる。「かぐや姫を養って差し上げたのは、二十年あまりになります。片時とおっしゃるので、疑わしくなりました。また、違うところに、かぐや姫
●48表
と申人そをはしますらんと云こゝに
おはするかくや姫はおもきやまひをし
給へはえ出をはしますましと申せは其
返事はなくて屋の上にとふ車をよせ
ていさかくや姫きたなき所にいかてか久
しくおはせんと云たてこめたる所の
戸すなはちたゝあきにあきぬかうし
共も人はなくしてあきぬ女いたきてゐ
たるかくやひめとに出ぬえとゝむま
しけれはたゝさしあふきてなきをり竹と
○
と申す人ぞ①おはしますらむ」と言ふ。「ここに
おはするかぐや姫は、
給へば、え
て、「いざ、かぐや姫。きたなき所に、いかでか久
しくおはせむ」と言ふ。たて
戸、すなはちただ空きに空きぬ。
どもも、人はなくして空きぬ。女(媼)
たるかぐや姫、
じければ、たださし
①②「をはし」は歴史的仮名遣い「おはし」に改めた。
◎
とおっしゃる人がおいでになるのでは」と言う。(さらに)「ここにおいでになるかぐや姫は、重い病でおいでになるので、出ておいでにはなれますまい」と申し上げれば、その返事はなくて、家の上空に飛ぶ車を寄せて、「さあ、かぐや姫。この汚い所に、どうして長くおいでになれよう」と言う。
閉めきった所の戸は、ただちに全て開いた。各所の格子も、ひとりでに開いてしまった。
女(媼)が抱きかかえていたかぐや姫は、(塗籠の)外に出た。とどめることができないので、(女(媼)は)ただ(かぐや姫の方を)見上げて泣いている。
翁が(塗籠の戸口の前で)
●48裏
り心まとひてなきふせる所によりてか
くやひめいふこゝにも心にもあらてか
くまかるにのほらんをたにみ送り給へ
といへとも何しにかなしきに見送奉らん
我をいかにせよとて捨てはのほり給ふそ
くしてゐておはせねとなきてふせれは
御心まとひぬ文をかきをきてまからん
恋しからん折\/取いてゝ見給へとて
うちなきてかくことはは此國に生ぬると
ならはなけかせ奉らぬ程まて侍らて過別
○
心惑ひて、泣き伏せる所に寄りて、か
ぐや姫、言ふ。「①ここにも、心にもあらで、か
くまかるに、
と言へども、「何しに、悲しきに、見送り
「御心、
恋しからむ折々、取り
うち泣きて書く言葉は、「③かの国に生まれぬると
ならば、嘆かせ奉らぬ程まで侍らで、過ぎ別れ
①「ここにも」。「ここ」は自称代名詞でもある。「この身・わたくしの方」。
②底本「をきて」を、歴史的仮名遣い「おきて」に改めた。
③底本「此國」では文章が通じないので、「かの国」の誤としておく。賛否は、後の研究者の考察に任せたい。
◎
心を乱し、泣き伏せる所に寄って、かぐや姫が言う。「この身にも、心にもなく、このように去りゆくのですから、せめて昇り行くのだけは見送ってください」と、言うのだけれど、「どうして、悲しいのに、見送り差し上げられようか。私を(この先)どのように生きよといって、捨てて、お昇りになるのでしょうか。(どうか一緒に)連れていってください」と、泣いて伏せるので、「お心が乱れてしまっている。
「かの国に生まれたとあれば、お嘆かせ申し上げないほどまでとどまらずに、時が過ぎ、別れ
●49表
ぬる事かへす\/ほいなくこそ覚侍れ
ぬきをくきぬをかたみとみ給へ月の出
たらん夜はみをこせたまへ見すて奉り
てまかる空よりも落ぬへきこゝちする
とかきをく天人の中にもたせたるはこ
ありあまのは衣いれり又あるはふしの
薬入りひとりの天人いふつほなる御く
すり奉れきたなき所の物きこしめし
たれは御心ちあしからん物そとてもて
よりたれはいさゝかなめ給ひて少かた
○
ぬる事、かへすがへす、
脱ぎ①
たらむ夜は見②
てまかる空よりも落ちぬべき心地する」
と、書き③
あり。
薬、入れり。ひとりの天人言ふ。「
奉れ。汚き所の物、聞こし
たれば、御心地、
寄りたれば、いささか
①③底本「をく」を、歴史的仮名遣い「おく」に改めた。
②底本「をこせ」を、歴史的仮名遣い「おこせ」に改めた。
◎
てしまうこと、かえすがえすも本意ではないと思っております。脱ぎ置く衣を形見として下さい。月の出ている夜は、(それに)目を向けて下さい。(あなたを)後にお残しして去り行く空から落ちてしまいそうな(後ろ髪を引かれる)気持ちがします」と、書き置く。
天人のひとりに、持たせた箱がある。天の羽衣が入っている。また、あるいは、不死の薬が入っている。
ひとりの天人が言う。「壺のお薬を召してください。汚い地上の物をお召し上がりになったので、お気分が、さぞお悪いことでしょう」と言って、持ち寄ったのだが、(かぐや姫は)それを少しだけお嘗めになって、少し形
●49裏
みとてぬきをくきぬにつゝまんとす
れはある天人つゝませす御そをとり出
てきせんとす其時にかくやひめしはし
まてと云きぬきせつる人は心ことに成
なりと云物一こといひをくへき事有
けりといひて文かく天人をそしとこゝろ
もとなかり給かくや姫物しらぬことな
の給ひそとていみしくしつかにおほやけ
に御文奉り給ふあはてぬさま也かく
あまたの人を給ひてとゝめさせ給へと
○
見とて、脱ぎ①
れば、ある天人、包ませず。
て、着せむとす。その時に、かぐや姫、「しばし
待て」と言ふ。「
なりと言ふ。物、
けり」と言ひて、
もとながり給ふ。かぐや姫、「物知らぬことな、
のたまひそ」とて、いみじく、
に御文、奉り給ふ。④
あまたの人を
①②底本「をく」を、歴史的仮名遣い「おく」に改めた。
③底本「をそし」を、歴史的仮名遣い「おそし」に改めた。
④底本「あはて」を、歴史的仮名遣い「あわて」に改めた。
◎
見として脱ぎ置いた衣に包もうとするが、(箱を持つ)天人が包ませない。(箱から)衣を取り出して着せようとする。そのとき、かぐや姫、「少し待て」と言う。「衣を着せてしまった人は、心が違うものになるのだという。物を、一言、言っておかなければならないことがあったのだ」と言って、
(王と思われる)天人が、「遅い」と言って、じれったくお思いになる。
かぐや姫、「物を知らないようなことを、おっしゃいますな」と言って、たいへん静かに、御門にお
「このように、たくさんの人を送って頂き、(私を)おとどめになられるけれど、
●50表
ゆるさぬむかへまうてきてとりいてま
かりぬれは口おしくかなしき事宮仕つ
かうまつらす成ぬるもかくわつらはし
き身にて侍れは心えすおほしめされつ
らめとも心つよく承らすなりにし事
なめけなる物におほしめしとゝめられ
ぬるなん心にとまり侍ぬとて
今はとてあまのは衣きる折そ君を哀
と思ひ出けるとてつほのくすりそへて
頭中しやうよひよせて奉らす中しやう
○
許さぬ迎へ、まうで
かりぬれば、②
かうまつらずなりぬるも、かく
き身にて
らめども、心強く
なめげなる者におぼしめし、とどめられ
ぬるなむ、心にとまり侍りぬる」とて、
「今はとてあまのは衣きる折ぞ君を哀れ
と思ひ
③
①底本「いて」を、歴史的仮名遣い「ゐて」に改めた。
②底本「口おしく」を、歴史的仮名遣い「口をしく」に改めた。
③「
◎
(それを)許さない迎えがやってきて、(私を)引き戻し、連れ去ってしまうのですから、くやしく、悲しいこと…。宮仕えをお断りすることになってしまったのも、このように煩わしい身でございますので、納得できずお思い召されてしまったでしょうが、かたくなにお断り申し上げたこと、なまいきな者だとお思い召されたままに心にとどめられてしまっていることが、気がかりでございます」として、
「今はとてあまのは衣きる折ぞ君を哀れと思ひ
(「しかたない思いで天の羽衣を着るときになって、あなたを恋しく思い出すのでした」)
と書いて、壺の薬を添えて、
●50裏
に天人取てつたふちうしやうとりつれ
はふとあまのは衣うちきせ奉りつれは
翁をいとおしかなしとおほしつる事も
うせぬ此きぬきつる人は物思ひなく成
にけれは車に乗て百人はかり天人くして
のほりぬ其後翁女ちの涙をなかしてま
とへとかひなしあのかきをきし文を
よみてきかせけれとなにせんにか命も
惜からんたかためにか何事もようもなし
とて薬もくはすやかておきもあからて
○
に、天人、取りて
ば、ふと、あまの羽衣うち着せ
翁を②いとほし、かなしとおぼしつる事も
にければ、車に乗りて、百人ばかり
へど、
読みて聞かせけれど、「なにせむにか命も
惜しからむ。
とて、④薬も
①底本「ちうしやう」は、ルビとして「ちゆうじやう」に改めた。
②底本「いとおし」を、歴史的仮名遣い「いとほし」に改めた。
③底本「かきをきし」は、歴史的仮名遣い「書き
④「薬も
◎
に、天人が(かぐや姫から)取って渡す。
中将がそれを受け取ったところで、(その天人が)さっと、天の羽衣を(かぐや姫に)お着せになってしまうと、翁をいとおしく、あわれだとお思いになっていたことも消えた。この衣を着た人は、何かを悩むということがなくなってしまったのだから、(飛ぶ)車に乗って、百人ほどの天人を従えて昇って行った。
その後、翁と女(媼)は、血の涙を流して取り乱したが、どうにもならない。あの書き置きした
●51表
やみふせり中しやう人々ひきくして
かへり参てかくや姫をえたゝかひとめ
すなりぬるこま\/と奏す薬のつほに
御文そへてまいらすひろけて御覧して
いとあはれからせ給ひて物もきこしめ
さす御あそひなともなかりけり大臣上達
部をめしていつれの山か天にちかきとゝ
はせ給にある人そうすするかの國に
あるなる山なんこの都もちかく天もち
かく侍るとそうす是をきかせ給て
○
ずなりぬる、こまごまと奏す。薬の壺に
いとあはれがらせ給ひて、物も聞こしめ
さず、御遊びなどもなかりけり。
はせ給ふに、ある人、奏す。「駿河の国に
あるなる山なむ、この都も近く、天も近
く侍る」と奏す。これを聞かせ給ひて、
①底本「まいらす」を、歴史的仮名遣い「まゐらす」に改めた。「参らす」は、この場合、「あたふ」の謙譲語、「献上する」。
◎
病の床に伏せってしまった。
中将は、人々を引き連れて帰って(御門に)参上し、戦って(かぐや姫を)留めることができなかったことを、細部にわたって奏上する。
(また、不死の)薬の壺にお
これをお聞きになられて、
●51裏
あふ事も涙にうかふ我身にはしな
ぬくすりも何にかはせんかのたてまつる
ふしのくすりに又つほくして御使に
たまはす勅使には月のいはかさと云
人をめしてするかの國にあなる山の
いたゝきにもてつくへきよしおほせ
給みねにてすへきやうをしへさせ給ふ
御文ふしのくすりのつほならへて火を
つけてもやすへきよしおほせ給ふその
由承てつは物ともあまたくしてやまへ
○
あふ事も涙にうかぶ我が身には死な
ぬくすりも何にかはせむ かの、たてまつる
①不死の薬に、また壺具して、御使ひに
人を召して、駿河の国にあなる山の
頂きに持て着くべき
給ふ。
つけて燃やすべき
①「不死の薬に、また壺具して」の「また」は、「もうひとつ」の意だろう。また、後に、「
◎
「あふ事も涙にうかぶ我が身には死なぬくすりも何にかはせむ」
(「もう会うこともない海のような涙に浮かぶ私の身には、不死の薬も役には立たないのだ」)
あの献上された不死の薬(の壺)に、それとは別の(御門の歌を入れた)壺を添えて、御使いにお渡しになる。勅使には「月のいはかさ」という人をお召しになり、駿河の国にあるという山の頂きに持って行くようにとの仰せをつかわす。(そして、その山の)頂上で、するべきことをお教えなさる。
(その内容は)御文(御門の歌の壺)と、不死の薬の壺とを並べて、火をつけて燃やすようにとの仰せである。
そのことを承って、(月のいはかさ)は、勇士をたくさん引き連れて、山へ
●52表
のほりけるよりなん其山をふしの山
とは名つけけるそのけふりいまた雲の
なかへ立のほるとそいひつたへたる
○
登りけるよりなむ、その山を、ふしの山
とは名づけける。その
中へ立り昇るとぞ言ひ伝へたる。
登ったというので、その山を「ふしの山」(不死・富士)と名づけたという。
その(山の)煙は、いまだに雲の中へ立ち昇ると言い伝えられている。
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