通釈⑥ 八、御狩のみゆき

1、『古活字十行甲本』を底本にしています。

2、おおむね、『評註竹取物語全釈』松尾 聰著(武蔵野書院)を参考書にしています。本文中、『評註』と表記しています。

3、底本の変体仮名等解釈は、『竹取物語』翻刻データ集成 https://taketori.himegimi.jp/ の『古活字十行甲本』を信頼して利用しています。

4、解読にあたって、『全訳読解古語辞典』(第三版)鈴木一雄 他著(三省堂)を用いた。

5、私説を参考として掲げる場合、★印をつけた。



八、御狩のみゆき


●33裏の続き

          さてかくやひめ

かたちの世に似すめてたき事をみ

かときこしめして①内侍なかとみのふさ


①「内侍」は、ないつかさの女官。天皇のそばに仕え、天皇の言葉を伝えたりする。


          さて、かぐや姫、

かたちの世に似ず、めでたき事を、

かど聞こしめして、内侍、中臣なかとみのふさ


 さて、かぐや姫の美貌が、世に比類なくすばらしいことを、御門がお耳になされて、内侍(ないつかさの女官)である中臣なかとみのふさ


●34表

こにの給おほくの人の身をいたつらに

なしてあはさるかくやひめはいかはかり

の女そとまかりてみて参れとの給ふふ

さこ承てまかれり竹とりの家にかしこ

まりてしやうしいれてあへり女に内

侍の給仰ことにかくや姫のうちいうに

をはす也よく見て参るへきよしの給は

せつるになん参つるといへはさらは

かく申侍らんと云て入ぬかくやひめに

はや彼御使にたいめんし給へといへは


子にのたまふ。「おほくの人の身をいたづらに

なして、あはざるかぐや姫は、いかばかり

の女ぞと、まかりて見て参れ」とのたまふ。ふ

子承うけたまはりてまかれり。①竹取の、家にかしこ

まりてしやうじ入れてあへり。女(媼)にない

のたまふ。「おほごとに、かぐや姫の②かたち、いう

③おはす④なり。よく見て参るべきよしのたまは

せつるになむ参りつる」と言へば、「さらば、

かく申しはべらむ」と言ひて入りぬ。かぐや姫に、

「はや、かの使つかひに対面たいめんし給へと」言へば、


①「竹取の家に」とする解釈もあるが。少し文章的におかしい。翁も対面したが、内侍は女性なので、応対したのは媼だったか。

②原文「うち」。「かたち」の誤写とする。

③「をはす」を歴史的仮名遣い「おはす」に改めた。

④「なり」は伝聞。


子におっしゃる。「多くの人の身を無意味なものにして仕えないかぐや姫は、どれほどの女か、行って見て来なさい」とおっしゃる。

 ふさ子はそれを承って出かけた。

 竹取の翁が、家にうやうやしく招き入れて会った。

 女(媼)に内侍がおっしゃる。「(御門からの)仰せの言葉に、かぐや姫の顔かたちは優れておいでだと聞く。よく見て来るように、との沙汰を仰せつかったので参りました」と言うので、(女(媼)は)「それならば、そのように申して参ります」と言って、(かぐや姫の部屋に)入った。

 かぐや姫に、「はやく、その使つかいに対面してください」と言うのだが、


●34裏

かくやひめよきかたちにもあらすいかて

か見ゆへきといへはうたてもの給ふ哉

御門の御使をはいかてかをろかにせん

と云はかくやひめの答るやう御門のめ

しての給はん事かしこしとも思はす

と云てさらに見ゆへくもあらすむめる子

のやうにあれといと心はつかしけに

をろそかなるやうにいひけれは心のまゝ

にもえせめす女内侍のもとに帰り出て

口おしく此おさなき物はこはく侍る物


かぐや姫、「よきかたちにもあらず。いかで

か見ゆべき」と言へば、「うたてものたまふかな。

かどの御使ひをば、いかでか①おろかにせむ」

と言へば、かぐや姫の答ふるやう、「御門の

してのたまはむこと、かしこしとも思はず」

と言ひて、さらに見ゆべくもあらず。むめる子

のやうにあれど、いと心はづかしげに、

②おろそかなるやうに言ひければ、心のまま

にも、えめず。女(媼)、内侍ないしのもとにかへり出でて、

「③口惜おしく、この④をさなき者は、こははべる者


①「をろか」を歴史的仮名遣い「おろか」に改めた。

②「をろそか」を歴史的仮名遣い「おろそか」に改めた。

③「口おしく」を歴史的仮名遣い「口をしく」に改めた。

④「おさなき」を歴史的仮名遣い「をさなき」に改めた。


かぐや姫は、「良い顔でもありません。どうして見なければならない」と言うので、「とんでもないことをおっしゃるものです。かどのお使いを、どうしておろそかにできるでしょう」と言うと、かぐや姫が答えるには、「御門が(お使いの方を)呼び寄せて(言づてに)おっしゃるようなことを、畏れ多いとは思いません」と言って、ますます対面しそうにはない。

 (女「媼」にとって)産んだ子のつもりであったが、(こちらが)ひどく恥ずかしくなるように、ぞんざいに言ったので、思う通りには責められない。

 女(媼)が内侍ないしのところに戻って、「残念ながら、この未熟な者は、強情であります者


●35表

にてたいめんすましきと申内侍必見

奉りてまいれと仰ことありつる物をみ

奉らてはいかてかかへりまいらん國王の

仰ことをまさに世に住給はん人の承

たまはてありなんやいはれぬことなし

給ひそとことは恥しくいひけれは是を聞

てましてかくや姫きくへくもあらす國

王の仰ことをそむかははやころし給てよ

かしと云此ないし帰り参りて此由を奏

す御門聞召ておほくの人ころしてける


にて、対面たいめん①すまじき」と申す。内侍、「必ず見

奉りて②まゐれ、と仰せごとありつるものを、見

奉らでは、いかでかかへり③まゐらむ。国王の

仰せごとを、まさに世に住み給はむ人の、承り

給はであり④なむや。⑤言はれぬことなし

給ひそ」と、言葉恥づかしく言ひければ、これを聞き

て、まして、かぐや姫、聞くべくもあらず。「国

王の仰せごとそむかば、はや、殺し給ひてよ

⑥かし」と言ふ。この内侍、帰り参りて、このよしを奏

す。御門、聞こし召して、「おほくの人⑦こうじてける


①「すまじき」の「まじき」は、「まじ」の連体形。下に「者にて」などが省かれている。

②底本「まいれ」を、歴史的仮名遣い「まゐれ」に改めた。

③底本「まいらん」を、歴史的仮名遣い「まゐらむ」に改めた。

④「なむや」は、この場合、強い反語を示す。「~だろうか、いや~はずはない」。

⑤「言はれぬ」は、この場合、「無理な・不当な・道理に合わない」。

⑥「かし」は、自己の判断を相手に強く示す。

⑦底本「ころしてける」は、「こうじてける」に仮に改変した。たしかに、庫持の皇子は行方不明、中納言は病死したが、客観的に、かぐや姫は人を殺していないし、仮にそう見たとしても多くの人は殺していない。


で、対面しないでしょう」と申し上げる。

 内侍、「必ず会って頂いて来なさいとの仰せごとがあるのだから、会って頂かないで、どうして帰らせて頂けましょう。国王の仰せごとを、まさに天下にお暮らしになっている人がご承知なさらないで生きられましょうか。道理に合わないことを言わないでくだされ」と、語気強く言ったのだが、これを聞いてもやはり、かぐや姫は言うことを聞くはずもない。「国王の仰せごとそむいたのなら、はやくお殺しくださいますがいい」と言う。

 この内侍は帰って参上し、この顛末を(御門に)奏上する。御門は(これを)お聞きあそばせて、「多くの人が辛い目にあってしまった


●35裏

心そかしとの給ひてやみにけれと猶

おほしおはしまして此女のたはかりにや

まけんとおほしておほせ給ふなんちか

もちて侍るかくやひめ奉れかほかたち

よしと聞召て御使たひしかとかひなく

見えす成にけりかくたい\/しくやは

ならはすへきと仰らるゝ翁かしこまり

て御返事申やう此めのわらはゝたへて

宮仕つかうまつるへくもあらすはんへ

るをもてわつらひ侍さりともまかりて


心①ぞかし」と、のたまひて、みにけれど、なほ、

おぼしおはしまして、②この女のたばかりにや

負けむ、とおぼして、おほせ給ふ。「なむぢ

持ちて侍るかぐや姫、奉れ。かほかたち

良しと③聞こし召して、御使ひ、びしかど、甲斐かひなく、

見えずなりにけり。かく④怠々たいだいしくやは

⑤ならはすべき」と、仰せらるる。翁、かしこまり

て、御返りごと申すやう、「このわらはは、へて

宮仕へつかうまつるべくもあらずはんべ

るを、もてわづらひ侍り。さりとも、まかりて、


①「ぞかし」は、念を押す意を表す。「~であるよ」。

②「この女のたばかりにや負けむ」の「たばかり」は「計略」の意ととれるが、おそらく御門は、かぐや姫がわざと荒い言動をしていることに感づいたのだと私は考えている。それで、「この女の計略には負けるものか」と、それからは翁を呼び出し、次々に、畳みかけるように、かぐや姫と会うための計略を仕返しとして実行したのであろう。本来、そのような横暴をする御門ではないのである。

 ★『本当の『竹取物語』を閉ざしていたもの』等で述べたように、地上で輪廻転生を繰り返す間に徳を積んだ者しか涅槃たる月に生まれることはできない。まして、かぐや姫は月の王女として生まれているのだから、最高の人格を備えているはずなのだ。かぐや姫が強い言動に出たのは、自らを卑しい者と御門に思わせる演技、自分を諦めさせるための、言って見れば計略であったのだろう。

③「聞こし召して」は、御門の自己尊敬語と言われる。あるいは、召し継ぎ(取り次ぎによることづたえ)によるものか。

④「怠々たいだいし」は、「もってのほかだ」の意。

⑤「ならはす」は、「習慣づける・学ばせる」。


心であるのだな」とおっしゃって、(その場は)おさまったけれど、やはり考えておいでになって、(かぐや姫がわざと荒い言動に出たことに感づき)この女の計略には負けまい、とお思いになって、(翁に)おほせになる。

「あなたの持っているかぐや姫を参上させよ。顔かたちが良いと聞いて、使いをやったのだが、その甲斐はなく、見ることができなかった。このようなもってのほかは躾けるべきではないか」と仰せになられる。

 翁は、おそれいって、お返事を申し上げるには、「この女の童子は、けっして宮仕え申し上げそうもなくおりますのを、もてあましております。そうであっても、戻りまして、


●36表

仰給はんと奏す是を聞召て仰給ふなと

か翁のおほしたてたらん物を心にま

かせさらん此女若奉りたる物ならは翁

にかうふりをなとか給せさらん翁よろ

こひて家に帰りてかくや姫にかたらふ

やうかくなん御門のおほせ給へるなをや

はつかうまつり給はぬと云はかくやひ

め答ていはくもはらさやうの宮つかへ

つかうまつらしと思ふをしゐて仕ま

つらせたまはゝ消うせなむすみつかさ


仰せ賜はむ」とそうす。これを聞こし召して、仰せ給ふ。「①など

か、翁の②ほし立てたらむものを、心に③まか

せざらむ。この女、もし、奉りたるものならば、翁

に④かうぶりを、などか、給わせざらむ」。翁、よろこ

びて、家に帰りて、かぐや姫にかたらふ

やう、「かくなむ、御門のおほせ給へる。⑤なほや

は、つかうまつり給はぬ」と言へば、かぐや姫、

答へていはく、「⑥もはら、さやうの宮仕へ、

仕うまつらじと思ふを、⑦ひて仕うま

つらせ給はば、消えせ➇なむず。⑨つかさ


①「などか」は、下に打ち消しを伴って、「どうして~か」。

②「ほし立つ」は、「育て上げる」の意。

③「まかす」は、「ゆだねる」の他に、「従う」の意がある。

④「かうぶり」は、五位に叙せられること。五位以上が昇殿を許される。

⑤底本「なをやは」の「なを」を、歴史的仮名遣い「なほ」に改めた。「やは」は係り助詞、反語「~だろうか」、疑問「どうして~なのか」。

⑥「もはら」は、「もっぱら」。下に打ち消しを伴って「全然・一向に」。

⑦底本「しゐて」を、歴史的仮名遣い「しひて」に改めた。

➇「なむず」は、「きっと~だろう」。

⑨「つかさかうぶり」は、官職と位階のこと。


仰せの言葉を(かぐや姫に)賜わせましょう」と、お申し上げる。

 これを(御門が)お聞きになって、仰せになる。「どうして、翁の育て上げたものを、心に従わせられないだろう。この女を、もし、寄こし奉ったのならば、翁にかうぶり(五位の位階)を、どうして授けないでおくであろうか」。

 翁は、喜んで、家に帰って、かぐや姫に語って聞かせるには、「このように、御門が仰せになる。どうしてお仕えしないことがあるでしょう」と言うのだが、かぐや姫が答えて言うには、「まったくそのような宮仕えをお仕え申し上げまいと思うのを、強いてお仕えさせるのであれば、きっと(私は)消え失せるでしょう。官職を


●36裏

かうふり仕てしぬはかり也おきないら

ふるやうなし給そかうふりもわか子を

見奉らては何にかせんさはあり共なと

か宮仕をしたまはさらんしに給ふへき

やうやあるへきといふ猶そらことかと

仕らせてしなすやあると見給へあまた

の人の心さしをろかならさりしをむ

なしくなしてしこそあれ昨日けふ御門

のの給はんことにつかん人きゝやさし

といへはおきなこたへていはくてんか


かうぶり、①つかうまつりて、死ぬばかりなり。翁、②いら

ふるやう、「なし給ひそ。かうぶりも、わが子を

たてまつらでは、何にかせむ。さはありとも、など

か宮仕へをし給はざらむ。死に給ふべき

③やうやあるべき」とふ。なお、空言そらごとかと、

つかうまつらせて、死なずやあると見給へ。⑤あなた

の人のこころざし、をろかならざりしを、むな

しくなして、しこそあれ、昨日きのふ今日けふ、御門

ののたまはむことにつかむ。ひとき⑥やさし」

と言へば、翁、答へていはく、「⑦てん


①底本「仕て」を、「つかうまつりて」とした。

②「いらふ」は、「答える・返事をする」の意。

③「やう」は、この場合、「理由・事情・わけ」の意。

④底本「仕らせて」を、「つかうまつらせて」とした。

⑤底本「あまたの」は、「たくさんの」という意味で、五人のことを言っている以上、通じない。「あなたの」すなわち「以前の」に改変した。

⑥「やさし」は、この場合、「肩身が狭い・恥ずかしい」

⑦「てん」は「殿下」とも。この場合、御門のことであろう。


(あなたが)お仕えなさって、(私は)死ぬだけです」。

 翁が答えるには、「(そんなことは)してくださるな。官位も、わが子を世話して差し上げられないのでは、意味がない。そうはいっても、どうして宮仕えをしようとなさらないのか。お死にになられるどんな理由があるのでしょうか」と言う。

「それでも虚言かと、宮仕えさせて、(私が)死なずにいるだろうかと試しなされ。以前の人の誠意の生半可でなかったものを虚しくさせているのです。(それを)きのうの今日で、御門のお誘いに従おうとする。人聞きが恥ずかしい」と言うので、翁が答えて言うには、「御門


●37表

のことはと有ともかゝりともみいのち

のあやうさこそおほきなるさはりなれ

は猶つかうまつるましきことを参りて

申さんとて参て申やう仰の事のかしこ

さにかのわらはを参らせんとてつかう

まつれは宮仕にいたしたてはしぬへし

と申みやつこまろか手にうませたる子

にてもあらす昔山にて見つけたるかかれ

は心はせも世の人に似す侍ると奏せさ

す御門仰たまはく宮つこまろか家は山


のことは、①とありとも、かかりとも、いのち

の②あやふさこそ、おほきなるさはりなれ

ば、なほ、つかうまつるまじきことを、参りて

申さむ」とて、参りて申すやう、「仰せの言のかしこ

さに、かのわらはを参らせむとて、つか

まつれば、宮仕へに③だし立てば死ぬべし、

と申す。みやつこ麻呂が手に産ませたる子

にてもあらず。昔、山にて見つけたる。かかれ

ば、心ばせも、世の人に似ず侍る」と奏せさ

す。御門、仰せ給はく、「みやつこ麻呂が家は、山


①「とありとも、かかりとも」は、直訳すれば、「とあるとしても、かくあるにしても」であろうか。

②底本「あやうさ」は、歴史的仮名遣い「あやふさ」に改めた。

③「いだしたつ」は、「送り出す・出発させる」。


のことは、とあるにしても、かくあるにしても、(あなたの)お命の危うさが大きな問題であるので、やはりお仕えできないことを、(御門のところに)うかがって申し上げましょう」と言って、うかがって申し上げるには、「仰せの言葉の畏れ多さに、あの娘をうかがわせようといたしましたが、宮仕えに送り出せば、きっと死ぬだろう、と言います。みやつこ麻呂の本当の子ではありません。むかし、山で見つけたものです。そうであれば、性格も世間の人と同じではないのです」とお申し上げる。

 御門が仰せになるには、「みやつこ麻呂の家は、山


●37裏

もとちかくなり御かりみゆきし給はん

やうにてみてんやとの給はす宮つこ丸

か申やういとよき事也何か心もなくて

侍らんにふとみゆきして御覧せん御覧

せられなんとそうすれはみかと俄日を

定て御かりに出たまふてかくや姫の

家に入給ふて見給にひかりみちてけう

らにてゐたる人あり是ならんとおほし

てにけて入袖をとらへ給へはおもてを

ふたきて候へとはしめよく御覧しつれは


もと①近きなり。御狩りみゆき、し給はむ

やうにて見てむや」と、のたまはす。みやつこ麻呂

が申すやう、「いとよき事なり。②何か、心もなくて、

侍らむに、ふと、みゆきして御覧ぜむ。御覧

ぜられなむ」と奏すれば、御門、③にわかに日を

定めて、御狩りにで給ふて、かぐや姫の

家に入り④給ひて、見給ふに、ひかり、満ちて、けう

らにてたる人あり。これならむとおぼし

て、逃げてる袖をとらへ給へば、おもて

ふたぎて候へど、はじめ、よく御覧じつれば、


①底本「ちかくなり」を、「なり」を伝聞・推定の助動詞として「近かなり」にする解説書があるが、「なり」を断定の助動詞とすれば「近きなり」あるいは「近かるなり」となる。翁は元から貴族であり都に住んでいたので、御門は翁の家の場所を知っていたと思うので、私は後者を採る。★『翁はもとより貴族である(賤民は思い込み)』を、一読願いたい。

②「何か、心もなくて、侍らむに」は、「なにごころなし」(無心である・無邪気である・油断している・のんびりしている)に通じるとして解釈した。

③底本「俄」は、「にわかに」と、「に」を補った。

④底本「給ふて」を「給ひて」とした。


もと近くである。御狩り行幸をされると見せかけて、見られるだろうか」と、仰せになる。

 みやつこ麻呂が申し上げるには、「それはよいことです。なんの心づもりもなくいるところに、ふいに行幸されてご覧になられませ。ご覧になれるにちがいありません」と、お申し上げると、御門はすぐに日を決めて、御狩りにおいでなって、かぐや姫の家にお入りになり、ご覧になると、光に満ちて、清らかに座る人があった。

 これであろう、とお思いになって、逃げて奥へ入ろうとするその袖をお捕らえになれば、(もう片方の袖で)顔をふさいでいたのだが、最初の時、(その顔を)よくご覧になっていたので、


●38表

たくひなくめてたくおほえさせ給ひて

ゆるさしとすとてゐておはしまさむと

するにかくやひめ答て奏すをのか身

は此國に生て侍らはこそつかひ給はめ

いといておはしましかたくや侍らんと

そうすみかとなとかさあらん猶いてお

はしまさんとて御こしをよせ給ふに

此かくや姫きとかけに成ぬはかなく口

おしとおほしてけにたゝ人にはあらさり

けりとおほしてさらは御ともにはいて


たぐひなくめでたくおぼえさせ給ひて、

ゆるさじとす」とて、ておはしまさむと

するに、かぐや姫、答へて奏す。「①おのが身

は、この国に生まれて侍らばこそ、つかひ給はめ。

いと②ておはしましがたくや侍らむ」と

奏す。御門、「などか、さあらむ。なほ、③てお

はしまさむ」とて、輿こしを寄せ給ふに、

このかぐや姫、④きと、欠けになりぬ。はかなく、くち

しとおぼして、げに、只人ただびとにはあらざり

けり、とおぼして、「さらばおんともには⑤


①底本「をの」を、歴史的仮名遣い「おの」に改めた。

②③⑤底本「いて」を、歴史的仮名遣い「ゐて」に改めた。

④底本「きとかけに成ぬ」は、従来「きと、影になりぬ」とされてきたが、「きと、欠けになりぬ」と考える。★『きとかけになりぬ(影ではなく欠けか?)』を、一読願いたい。


比類なくすばらしいとお知りになって、「逃しはしません」と仰せになって、連れて行こうとするので、かぐや姫が答えてお申し上げる。「私の身が、この国に生まれておりますれば、お仕えもいたしましょう。非常に連れて行かれるのは難しいのではございませんか」と、お申し上げる。

 御門は、「なぜ、そう言えるのであろうか。やはり、連れて行きす」と仰せになって、輿こしをお寄せになると、(袖をのけた)このかぐや姫は、一瞬にして醜い顔になっていた。

 あっけなく残念にお思いになって、なんと本当に只の人ではなかったのだと、お思いになって、「こうなっては、一緒に連れては


●38裏

いかしもとの御かたちと成給ひねそれ

をみてたに帰りなんと仰らるれはかく

や姫もとのかたちに成ぬ御門なをめて

たくおほしめさるゝ事せきとめかたし

かく見せつる宮つこまろをよろこひ給

さて仕まつる百官人々あるしいかめし

うつかうまつる御門かくやひめをとゝ

めて帰給はん事をあかす口惜おほし

けれと玉しゐをとゝめたる心ちして

なむかへらせ給ひける御こしに奉りて


行かじ。もとの御かたちとなり給ひね。それ

を見てだに帰りなむ」と仰せらるれば、かぐ

や姫、もとのかたちになりぬ。御門、①なほ、めで

たくおぼしめさるる事、き止めがたし。

かく見せつるみやつこ麻呂をよろこび給ふ。

さて、つかうまつる②百の官人、任ある時、いかめし

つかうまつる。御門、かぐや姫をとど

めて帰り給はむ事を、かず、③口惜しく、おぼし

けれど、④たましひをとどめたる心地して

なむ、かへらせ給ひける。輿こしたてまつりて


①底本「なを」を、歴史的仮名遣い「なほ」に改めた。

②底本「百官人々あるし」を、「百の官人、任ある時」と解釈する。★『「あるじ」否定説 及び 「夜を明かし」否定説』を、一読願いたい。

③底本「口惜」を、「口惜しく」とした。

④底本「玉しゐ」を、歴史的仮名遣い「たましひ」に改めた。


行きません。どうか、もとのお顔になってください。それを見とどけたなら帰ります」と仰せになったので、かぐや姫は、もとの顔にもどった。

 御門は、ますます(かぐや姫の美貌を)褒め称える気持ちを抑えきれない。このように(かぐや姫に)会わせたみやつこ麻呂を、うれしくお思いになる。

 さて、(御門がにわかに決めた狩りのみゆきに)付き添い差し上げている百の官人は、任務がある時間、盛大にお仕え申し上げている。

 御門は、かぐや姫を置いてお帰りになることを、あいかわらず残念にお思いになるのだけれど、魂を置き去りにするような心地で、お帰りになる。輿こしにお乗りになって


●39表

後にかくやひめに

 かへるさのみゆき物うくおもほえて

そむきてとまるかくや姫ゆへ御返事

 むくらはふ下にも年はへぬる身の何

かは玉のうてなをもみむ是を御門御覧し

ていかゝかへり給はん空もなくおほさる御

心はさらにたち帰へくもおほされさり

けれとさりとてよを明し給へきにあら

ねは帰らせ給ぬつねにつかうまつる人

を見給にかくやひめのかたはらによる


後に、かぐや姫に、

 ①かへるさのみゆき物うく②おもほえて

そむきてとまるかぐや姫ゆへ 御返り事、

 ③むぐらはふ下にも年はへぬる身の何

かは④玉のうてなをもみむ これを御門、御覧じ

て、⑤いかがかへたまはむ空もなくおぼさる。御

心はさらに立ち帰るべくもおぼされざり

けれど、さりとて⑥かし給ふべきにあら

ねば、帰らせ給ひぬ。常につかうまつる人

を見給ふに、かぐや姫のかたはらに寄る


①「かへるさ」の「さ」は、移動をあらわす動詞の終止形について、「~とき・~折り」をあらわす。

②「おもほえて」は、「おもほゆ」の連用形。「おもほゆ」は、「おもはゆ」の変化形。

③「むぐら」は、つる性の植物全般と見てよいだろう。

④「玉のうてな」は、見晴らしの良い高い建物。

⑤底本「いかゝかへり給はん空もなくおほさる」の「かへり」を従来「帰り」と貸し訳したことのより、混乱を招いている。「返り」すなわち「歌の返し」とすると、意味が通る。★『「いかゝかへり給はん空もなくおほさる」を解く』

⑥底本「よを明し給へき」を、「かし給ふべき」と解釈する。★『「あるじ」否定説 及び 「夜を明かし」否定説』を、一読願いたい。


のちに、かぐや姫に、

「かへるさのみゆき物うくおもほえてそむきてとまるかぐや姫ゆへ」

(「帰るおりの御幸が物憂く思われるのは、私に背いてとどまるかぐや姫のせいだ」)

(「帰るおりの御幸が物憂く思われて、振り返ってしばらくとどまるかぐや姫のために」)

 (かぐや姫の)お返事。

「むぐらはふ下にも年はへぬる身の何かは玉のうてなをもみむ」

(「つる草の這う下(このような質素な家)に、もう何年も暮らしているこのわたしが、なんで宝石で飾った台の上(まばゆい御殿)を見る(のぼる)ことができるでしょうか。」)

 これを御門が御覧になられて、どうして歌のお返しを送られるお気持ちが(ご自分に)ないなどとお思いになられただろうか。お心は、ますます、立ち帰ろうとはお思いになれないのだけれど、そうはいっても、(多くの官人を役目の途中で連れ出していて)天下(の政務)に穴をお空けになるわけにはいかないので、お帰りになられた。

 いつもお仕えする女官をご覧になっても、かぐや姫のかたわらにさえ及ぶ


●39裏

へくたにあらさりけりこと人よりは

けうらなりとおほしける人のかれにお

ほしあはすれは人にもあらすかくや姫

のみ御心にかゝりてたゝひとりすみし

給ふよしなく御かた\/にもわたり給

はすかくやひめの御もとにそ御文をか

きてかよはさせ給ふ御かへりさすかに

にくからすきこえかはし給ておもしろ

く木草につけても御哥をよみてつかは


べくだにあらざりけり。こと、人よりは

けうらなりとおぼしける人の、かれにお

ぼしはすれば、人にもあらず。かぐや姫

のみ御心にかかりて、ただひとり住みし

給ふ。①し泣く御かたがたにも渡り給

はず。かぐや姫の御もとにぞ、御文を書

きてかよはさせ給ふ。御返かへり、さすがに

にくからず。聞こえはし給ひて、おもしろ

く、木草につけても御歌を詠みてつか

す。


①底本「よしなく御かた\/にもわたり給はす」は、従来、「よしなく、御方々にも渡り給はず。」と解釈されるが、どうもしっくりと訳せない。「御方々にも」が誰を意味するのかはっきりしないのである。それで私は、仮に、「し泣く御かたがたにも渡り給はず。」という解釈を提案しておこうと思う。


はずもない。格別に人よりは美しいとお思いになる人も、かぐや姫にお比べになると、人でさえない。かぐや姫だけが御心に浮かんで、ただひとりお暮らしになる。夜に泣く御方々にさえ、お渡りにならない。

 かぐや姫の御もとにおんふみを書いてお送りなされる。(その)返りのふみは、予想外にすばらしく、御歌をお交わしになられて、興がわき、(自然の)草木についても御歌をお詠んで、おつかわしになる。

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