現代語訳④ 六、龍の首の玉

『通釈④ 六、龍の首の玉』の現代語訳だけを抽出したものである。



 おほとものみゆきの大納言は、家に仕える人全部を集めて、おっしゃるには、「竜の首に五色の光ある玉がある。それを取って持って来た人には、願う事を叶えよう」と、おっしゃる。

 男たちが、仰せの言葉を承って申し上げるには、「仰せの言葉は非常にすばらしい。ただ、この玉はたやすく取れないものを、ましてや、竜の首の玉などどうやって取れましょう」と、口々に申し上げている。

 大納言がおっしゃる。「天の使いと言おう者は、命を捨てても、おのれの主君の仰せの言葉を必ず叶えようと思うはずである。この国にない、天竺、唐土もろこしの物でもない。この国の海山から竜は下り上るものである。どう思って、お前たちは、難しいことだと言えるであろうか」。

 男たちが申し上げるには、「それならば、どういたそう。難しい物であっても、仰せの言葉に従って、取りにまいりましょう」と申し上げるので、大納言は、それを見て笑って、「お前たちの主君である私に仕える者として、(お前たちは)名を知られた。主君の仰せの言葉に、どうやって逆らえよう」とおっしゃって、竜の首の玉を取って来いと、家からお出しになられた。

 この人々の道中の食糧、(さしあたっての)食い物に、家の中にある絹、綿、銭など、全てを取り出して、それを加えて、お与えになった。

「おまえたちが帰るまで、いもひ(心身を清め、穢れを避ける精進潔斎)をして私はいよう。この玉を取れなかったら、家に帰ってくるでない」とおっしゃられた。

 各々、仰せを承って出て行った。

「竜の首の玉を取れなければ、帰ってくるな、とおっしゃられるので、どこになりと足の向く方へ去るとしよう。(かぐや姫相手に)このような、物好きをなされることよ」と、ののしりあった。

 頂いた物を、各々が分けて取る。ある者は自分の家に籠もり、ある者は自分の行きたい所へ行ってしまった。(この者らの)親も、「君主と申せども、なんて理不尽なことを仰せになるものだ」と、納得がいかないので、大納言を非難しあった。

 (大納言は、)「かぐや姫を住まわせるには、ありきたりでは見苦しい」とおっしゃって、立派な家をお作りになって、漆を塗り、蒔絵を描いて、何度も塗り返しなされ、家の屋根には、糸を染めて、色とりどりにおかせになって、(家の)部屋部屋のしつらえには、言葉にはできないあや織物に絵を描いて、部屋ごとに貼った。

 元からの妻たちは、かぐや姫を必ず妻にしようという(いきごみの)準備として(遠ざけて)、(大納言は、)ひとりで夜を明かし、お暮らしになる。

 お遣わしになった者たちは、夜に昼にお待ちになるのに、年を越えても音信がない。待ち遠しくて、非常に心配になって、たった舎人とねり二人を召次めしつぎのつもりなのか、お連れになって、難波なにわのあたりにおいでになりまして、(舎人を召次として使って)お聞きになることには、「大伴の大納言の家の人が、船に乗って、竜を殺して、その首の玉を取ったと耳にしたか」とお問いになると、船人が答えて言うには、「妙な言葉であることよ」と笑って、「そのようなことをする船はない」と答えたのに(「そんなことができる船などない」と大納言は勘違いして)、「臆病なことを言う船人であるものよ。(私の力を)知らないからそのように言うのだ」とお思いになられて、「私の弓の威力は、竜が出たら、さっと射殺して、首の玉をきっと取るだろう。遅く(海から戻ってこない)奴らを待ってはおれない」とおっしゃって、船に乗って、海をあちこちお渡りになると、非常に遠く筑紫つくしの方の海においでになった。

 (そうすると)どうしたことだろう。はやい風が吹いて、空全体が暗くなって、船を吹き運ぶ。どちらの方向かもわからない。(風が)船を海のただ中で(大納言が)死にそうになられるほどに吹き回して、波は船に打ちかけながら(船を)巻き入れ、雷は(今にも)落ちるかのように閃きかかるので、大納言は動揺して、「まだ、こんなつらい目を見たことがない。どうなってしまうのだ」とおっしゃられる。

 かじ取りが、答えて申しあげる。「長年、船に乗っておりますが、まだ、このようなつらい目にはあっていません。お船が海の底に沈まなければ、雷がきっと落ちるでしょう。もし幸いに、神の助けがあれば、南海に吹かれていかれるに違いありません。(あなたのような)情けない方のもとに仕えて、あっけない死に方をするのだなあ(大納言は、この楫取りの言葉を「気味の悪い(南の国・島の)主(族長)の許で(奴隷のように)お仕えして、無意味な死を迎えるに違いないのだなあ」と曲解している)」と、楫取りは泣く。

 大納言は、これを聞いておっしゃるには、「『船に乗りては、かぢとりの申す事をこそ、高き山とたのめ』。(と言うが、)どうして(おまえは)このように頼もしげもなく申すのか」と、あお反吐へどをついておっしゃる。

 楫取りが答えて申しあげる。「神でなければ、どんな業を(あなたに)してさしあげられるでしょう。風が吹き、波が激しいけれども、(そのうえ)雷さえ頭上に落ちそうなのは、竜を殺そうとお求めになっているからなのです。疾風はやてりうが吹かすのです。はやく、神にお祈りください」と言う。

(大納言は、)「よいことだ」と言って、「楫取りの御神おんかみ、お聞き下さいませよ」と泣く。「思慮分別がたりず、竜を殺そうと思ってしまった。今から後は、(竜に向かって)毛の一筋でさえ動かしません」と、謝辞の言葉を大声を出して、立ち、座り、泣きながらお唱えになること千度ぐらい申しあげになる。

 (そうすると、)実にどうしたことか。次第に雷が止んだ。少し明るくなったが、風はまだはやく吹いている。

 楫取りが言うには、「これは(やはり)竜のしわざであったのですね。この吹く風は、よい方向の風です。悪い方向の風ではありません。よい方向に向かって吹いているます」と言うのだが、大納言はこれを、お聞き入れにならない。

 (風は)三日四日吹いて、吹き返し、(船を陸に)寄せたのだった。

 浜を見ると、播磨はりま(現在の兵庫県)の明石あかしの浜だったという。

 大納言は、南海の浜に吹き寄せられたのではないか、と思って、荒い息でお臥せになられている。

 船にいた男たちが国(の役所)に報告したのだが、国司がお見舞いに参っても、起き上がりにはなれず、船底にお臥せになられていた。

 松原にむしろを敷いて、下ろして差し上げる。その時に(やっと)南海ではなかったと知って、なんとか起き上がりになるのを見ると、風という病が重い症状で、腹が非常にふくれ、こちらあちらの目には、すももを二つつけたようである。これを見て、国司も笑みをもらした。

 (播磨の)国に仰せつけになって、輿ごしをお作らせになって、うなりうなり担がれて、(ご自分の)家にお入りになったのを、どうやって聞いたのだろう、お出しになっていた男たちが参上して申しあげるには、「竜の首の玉を取り得なかったので、お家にも参れませんでした。玉の取り難いことをお知りになられたなら、(もはや)おとがめを受けることはないだろうと、参上いたしました」と申しあげる。

 大納言は(これに)、(横になった体を)起こして、おっしゃるには、「おまえたち、よく持って来ずに終わった。竜は、(まさに)鳴る神のたぐいであったのだ。その玉を取ろうとして、たくさんの人々が殺されそうになった。まして、(もし)竜を捕らえていたならば、きっと簡単に私は殺されていただろう。(おまえたちは)よく捕らえずに終わったものだ。かぐや姫という大盗人の奴が、人を殺そうとしたのだった。(あの)家の周辺をもう(絶対に)通るものか。おまえたちも歩くでないぞ」と言って、家に少し残っていた物は、竜の玉を取らない者たちにお与になってしまった。これを聞いて、(大納言が)お離れになっていたもとからの奥方は、腹をかかえてお笑いになる。

 糸を葺かせ作った家は、とびからすの巣材として、みな食いちぎられてしまった。

 都の人々が言ったことには、「大伴の大納言は、竜の首の玉を取っておいでになるか」。「いや、そうならなかった。おん目ふたつにすもものような玉をつけていらっしゃる」と言ったので、「あな食べがた」と言ったことにより、世の中で(普通と)合わないことを、「あながた」と言い始めたという。

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