現代語訳③ 五、火鼠の皮衣
『通釈③ 五、火鼠の皮衣』の現代語訳だけを抽出したものである。
五、火鼠の皮衣
左大臣阿倍のみむらじは、財産が豊富で家がたいそう繁栄している人でおいでになる。
その年来ていたという
王慶が
「火鼠の
かの
小野の
「火鼠の皮衣、やっとのことで、人を派遣してさえもということで、献上しています。今の世にも、昔の世にも、この皮はたやすく見つからない物であったのです。昔、徳の高い
「なにをお思いか。いま金、少しではないか。ありがたくも送ってくれたものだ」と言って、
この皮衣を入れた箱を見れば、種々の麗しい瑠璃を彩って作ってあった。
皮衣を見れば、
「宝と見え、荘厳なることは並ぶ物はない。火に焼けないことよりも、美しいことこのうえない。なるほど、かぐや姫がほしがられるわけだ」とおっしゃって、「ありがたい」と言って、箱に入れなさって、何か適当な枝にくくりつけて、ご自身の化粧を非常に丹念にして、(この皮衣を)渡して、きっと泊まってやろうぞ、と思って、歌を詠み、(箱の結びに)はさんで、持って行ったのだった。
その歌は、
「かぎりなき思ひにやけぬかは
(限りない思い(思ひの火)にも焼けない皮衣、(涙で濡れた)袂が(その火で)乾いたので、今日こそは着るのだ)
とあった。
家の門に、(皮衣を)持って来て立った。
竹取の翁が出てきて、それを受け取ってかぐや姫に見せた。
かぐや姫が皮衣を見て言うには、「美しい皮であるようです。(しかし)とりわけ本物の皮であろうということもわかりません」。
竹取の翁が答えて言うには、「とにかく、まずは招き入れて差し上げましょう。世の中に見られない皮衣の様子であれば、これを(本物)とお思いなされ。人をひどくきびしい目にあわせられたり、しいたげなされたりなさいますな」と言って、呼んで、家へ上げて差し上げた。
このように(大臣を)家へ上げたので、今度こそは、必ず一緒になるだろうと、女(媼)も心に思ったのだった。この翁は、かぐや姫の独り身であることに心痛めていたので、良い人と一緒にさせようと努力はするが、ひたすら嫌だというのであれば、強制することができないのだから、(大臣を家に上げて期待するのも)道理である。
かぐや姫が翁に言うには、「この皮衣は、火にくべても焼けなければ、それこそ本物であろうと思って、人の言うことも聞くでしょう。『世に見えぬ物であれば、それを本物と疑うことなく思うのがよい』と(あなたは)おっしゃる。それでも、これを焼いて試しましょう」と言う。
翁は、「それはそうである」と言って、大臣に、「このように(かぐや姫が)申しております」と言う。大臣が答えて言うには、「この皮は
「やはり、偽物の皮であったのだなあ」と(翁が)言う。
大臣はこれをご覧になって、顔は草の葉色になっておいでだった。
かぐや姫は、「ああ、うれしい」と言って喜んでいる。
かの(大臣が)お詠みになった歌の返事は、
「名残りなくもゆとしりせばかは衣思ひ(火)のほかにお(起・置)きてみましを」
(あとかたもなく燃えると知ってしれば、この皮衣を、思いのほかの美しさに寝ないで見ていたものを(火の外に置いて見ていたものを))
と、書いてあったということだ。
そういうことで、(大臣)は帰っておいでになった。
世の人々は、「阿倍の大臣は、火鼠の皮衣を持っておいでになって、かぐや姫と一緒になられたのですかね。ここに居られるのですか」などと聞く。ある人が言うには、「皮は火にくべて、めらめらと焼けてしまったので、かぐや姫はご一緒にはならなかった」と言ったので、これを聞いて、「遂げ」の無いものを「あへなし(阿倍なしの洒落)」と言ったという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます