現代語訳③ 五、火鼠の皮衣

『通釈③ 五、火鼠の皮衣』の現代語訳だけを抽出したものである。


五、火鼠の皮衣


 左大臣阿倍のみむらじは、財産が豊富で家がたいそう繁栄している人でおいでになる。

 その年来ていたという唐土もろこし船の(船主であり唐土に居る)王慶わうけいという人のもとにふみを書いて、「火鼠ねずみかはといわれている物、買って送ってよこしてくれ」と書いて、心がしっかりした者を(旅団として数人~十数人)選んで、小野の房守ふさもりという人をその長にすえて(その来ていた唐土もろこし船で唐土へ)派遣する。(房守は船に乗って、手紙を)持って(唐土に)到着して、かの唐土に居る王慶に(手付の)金を渡した。

 王慶がふみを広げて読んで、その返事を書く。

「火鼠の皮衣かはぎぬは、この国に無い物です。名前は聞いたことがあるけれども、いまだ見ない物です。世に有る物ならば、この国にも(当然)持って来ているはずでしょう。非常に難しいあきないです。しかしながら、もし天竺てんじく(インド)に、万が一でも渡っていれば、もし(その天竺の)富豪の人たちに訪問して求めてみますが、(やはり)無い物でしたら、お使い(房守)にあずけて、(手付の)金をお返えし申し上げましょう」と書いてあった。

 かの唐土もろこし船が(筑紫の港に)来た。

 小野の房守ふさもりが、その船に乗って来て、都に上るということを聞いて、あゆみ、(また)早く走る馬を(数頭)もちいて、お走らさせになり、迎えさせなさったその場合、馬に乗って、筑紫から、たったの七日で(房守は)参上した。

 ふみを見ると、そこに書くには、

「火鼠の皮衣、やっとのことで、人を派遣してさえもということで、献上しています。今の世にも、昔の世にも、この皮はたやすく見つからない物であったのです。昔、徳の高い天竺てんじく(インド)の高僧が、この国(唐土)に持って来て滞在した西の山寺にあると聞き及びまして、朝廷に許可を取って、なんとか買い取って献上します。『対価の金が足りない』と国司(地方知事)が、お使い(房守)に申し上げたので、王慶の物を加えて買いました。いま金五十両を頂かないとなりません。船が帰るのにあずけてお送りください。もし、金を頂けないものでしたら、あの皮衣の品を送り返してください」と書くのを読んで、

「なにをお思いか。いま金、少しではないか。ありがたくも送ってくれたものだ」と言って、唐土もろこしの方に向かって伏し拝みなされる。

 この皮衣を入れた箱を見れば、種々の麗しい瑠璃を彩って作ってあった。

 皮衣を見れば、紺青こんじやうの色(濃い鮮やかな藍色)である。毛の先には、こがねの光がし、きらきらしていた。

「宝と見え、荘厳なることは並ぶ物はない。火に焼けないことよりも、美しいことこのうえない。なるほど、かぐや姫がほしがられるわけだ」とおっしゃって、「ありがたい」と言って、箱に入れなさって、何か適当な枝にくくりつけて、ご自身の化粧を非常に丹念にして、(この皮衣を)渡して、きっと泊まってやろうぞ、と思って、歌を詠み、(箱の結びに)はさんで、持って行ったのだった。

 その歌は、

「かぎりなき思ひにやけぬかは衣袂たもとかはきてけふこそはきめ」

(限りない思い(思ひの火)にも焼けない皮衣、(涙で濡れた)袂が(その火で)乾いたので、今日こそは着るのだ)

とあった。

 家の門に、(皮衣を)持って来て立った。

 竹取の翁が出てきて、それを受け取ってかぐや姫に見せた。

 かぐや姫が皮衣を見て言うには、「美しい皮であるようです。(しかし)とりわけ本物の皮であろうということもわかりません」。

 竹取の翁が答えて言うには、「とにかく、まずは招き入れて差し上げましょう。世の中に見られない皮衣の様子であれば、これを(本物)とお思いなされ。人をひどくきびしい目にあわせられたり、しいたげなされたりなさいますな」と言って、呼んで、家へ上げて差し上げた。

 このように(大臣を)家へ上げたので、今度こそは、必ず一緒になるだろうと、女(媼)も心に思ったのだった。この翁は、かぐや姫の独り身であることに心痛めていたので、良い人と一緒にさせようと努力はするが、ひたすら嫌だというのであれば、強制することができないのだから、(大臣を家に上げて期待するのも)道理である。

 かぐや姫が翁に言うには、「この皮衣は、火にくべても焼けなければ、それこそ本物であろうと思って、人の言うことも聞くでしょう。『世に見えぬ物であれば、それを本物と疑うことなく思うのがよい』と(あなたは)おっしゃる。それでも、これを焼いて試しましょう」と言う。

 翁は、「それはそうである」と言って、大臣に、「このように(かぐや姫が)申しております」と言う。大臣が答えて言うには、「この皮は唐土もろこしにもなかったものを、やっとのことで求め尋ねて得たものです。何の疑いがあるでしょう。そうは言っても、はやく焼いて見てください」と言って、火の中にくべてお焼かせになると、めらめらと焼けてしまった。

「やはり、偽物の皮であったのだなあ」と(翁が)言う。

 大臣はこれをご覧になって、顔は草の葉色になっておいでだった。

 かぐや姫は、「ああ、うれしい」と言って喜んでいる。

 かの(大臣が)お詠みになった歌の返事は、

「名残りなくもゆとしりせばかは衣思ひ(火)のほかにお(起・置)きてみましを」

(あとかたもなく燃えると知ってしれば、この皮衣を、思いのほかの美しさに寝ないで見ていたものを(火の外に置いて見ていたものを))

と、書いてあったということだ。

 そういうことで、(大臣)は帰っておいでになった。

 世の人々は、「阿倍の大臣は、火鼠の皮衣を持っておいでになって、かぐや姫と一緒になられたのですかね。ここに居られるのですか」などと聞く。ある人が言うには、「皮は火にくべて、めらめらと焼けてしまったので、かぐや姫はご一緒にはならなかった」と言ったので、これを聞いて、「遂げ」の無いものを「あへなし(阿倍なしの洒落)」と言ったという。

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