通釈③ 五、火鼠の皮衣
1、『古活字十行甲本』を底本にしています。
2、おおむね、『評註竹取物語全釈』松尾 聰著(武蔵野書院)を参考書にしています。本文中、『評註』と表記しています。
3、底本の変体仮名等解釈は、『竹取物語』翻刻データ集成 https://taketori.himegimi.jp/ の『古活字十行甲本』を信頼して利用しています。
4、解読にあたって、『全訳読解古語辞典』(第三版)鈴木一雄 他著(三省堂)を用いた。
5、私説を参考として掲げる場合、★印をつけた。
五、火鼠の皮衣
●17裏の続き
左
大臣あへのみむらしはたからゆたかに
家ひろき人にておはしける其年きた
りけるもろこし舩のわうけいといふ人
のもとに文をかきて火ねすみのかはと云
成物かひてをこせよとてつかふまつる
人の中に心たしかなるをえらひて小野
のふさもりと云人をつけてつかはすも
ていたりて彼唐にをるわうけいに金を
とらすわうけい文をひろけてみて返事
○
左
大臣阿倍のみむらじは、
家広き人にておはし①ける。②その
りける
のもとに
なる物、買ひて③
人の中に、④心たしかなるを選びて、小野
の
て
取らす。王慶、
◎
左大臣阿倍のみむらじは、財産が豊富で家がたいそう繁栄している人でおいでになる。
その年来ていたという
王慶が
①「ける」と「けり」の連体形で終結しているが、このままとした。後に「なりけり」が省かれるか。
②「その
③底本「をこせ」を、歴史的仮名遣い「おこせ」と改めた。
④「心たしかなるを選びて、小野の
●18表
かく火ねすみのかは衣此國になき物也
音にはきけともいまた見ぬ物也世に有
物ならは此國にももてまうてきなましい
とかたきあきなひ也然共若天竺にたま
さかにもて渡りなは若長者のあたりに
とふらひもとめんになき物ならは使に
そへて金をはかへし奉らんといへり彼
もろこし舩きけり小野ふさもりまう
てきてまうのほると云ことをきゝてあ
ゆみとうする馬をもちてはしらせんか
○
書く。「火鼠の
音には聞けども、
物ならば、この国にも持てまうで
と
さかに持て渡りなば、もし長者のあたりに
④とぶらひ求めむに、無き物ならば、使ひに
添へて、金をば返へし
で来てまう
ゆみ、
①「なまし」は、主に非現実的な事態についての推量を強調的に表す。「きっと~だろう」。
②「天竺」は、インドのこと。
③「たまさかに」は「思いがけず・まれに・万が一」。
④「とぶらふ」は、「訪問する・見舞う・面倒をみる・弔問する」。
⑤「かの
より、ただ七日にまうで来たる」とあり、筑紫の港に到着したとわかる。
⑥底本「小野ふさもり」を「小野の
⑦底本「あゆみとうする馬をもちてはしらせんかへさせ給ふときに」は、これまで、「あゆみ
◎
書く。
「火鼠の
かの
小野の
●18裏
へさせ給ふときに馬にのりてつくし
よりたゝ七日にまうてきたる文を見る
にいはく火ねすみのかは衣からうして
人をいたしてもとて奉る今の世にも昔
の世にも此かはゝたやすくなき物なり
けりむかしかしこき天ちくのひしり此
國にもてわたりて侍りけるにしの山寺
にありと聞及ておほやけに申てからう
してかひとりてたてまつるあたいの金
すくなしとこくし使に申しかはわう
○
へさせ給ふ①ときに、馬に乗りて、
より、ただ七日にまうで②
に、いはく、「火鼠の皮衣、からうじて、
人を
の世にも、この皮はたやすく無き物なり
けり。むかし、かしこき天竺の
国に持て渡りて
にありと聞き及びて、
じて買ひ取りて
少なし』と
①「ときに」について、解釈は難しい。「その場合」とした。
②「
③「使ひに申ししかば」の「使ひ」とは房守のことである。最初、房守が王慶に渡した金は手数料であって、実際に購入する金は別に持っていた。★『王慶は船主で船頭ではない』を一読願いたい。
◎
えさせなさったその場合、馬に乗って、筑紫から、たったの七日で(房守は)参上した。
「火鼠の皮衣、やっとのことで、人を派遣してさえもということで、献上しています。今の世にも、昔の世にも、この皮はたやすく見つからない物であったのです。昔、徳の高い
●19表
けいか物くはへてかひたりいま金五十
両給はるへし舟の帰らんにつけてたひ
をくれもしかね給はぬ物ならは彼衣
のしち返したへといへる事をみてなに
おほす今かね少にこそあなれ嬉しく
してをこせたる哉とてもろこしの方に
むかひてふしおかみ給ふ此かはきぬい
れたる箱を見れはくさ\/のうるはし
きるりを色えてつくれりかはきぬをみれ
はこんしやうのいろ也けのすゑには金の
○
慶が物、
両、
①
の
して②
向かひて、伏し拝み給ふ。この
れたる箱を見れば、
き
ば、④
①底本「をくれ」を、歴史的仮名遣い「おくれ」に改めた。
②底本「をこせ」を、歴史的仮名遣い「おこせ」に改めた。
③底本「色えて」は、歴史的仮名遣い「色へて」に改めた。「いろふ」は、「いろどる」の意。
④「
◎
慶の物を加えて買いました。いま金五十両を頂かないとなりません。船が帰るのにあずけてお送りください。もし、金を頂けないものでしたら、あの皮衣の品を送り返してください」と書くのを読んで、
「なにをお思いか。いま金、少しではないか。ありがたくも送ってくれたものだ」と言って、
この皮衣を入れた箱を見れば、種々の麗しい瑠璃を彩って作ってあった。
皮衣を見れば、
●19裏
光しさゝやきたり宝と見えうるはし
き事ならふへき物なし火にやけぬ事
よりもけうらなる事限なしうへかく
や姫このもしかり給にこそありけれと
の給てあなかしことて箱に入給てものゝ
枝につけて御身のけさういといたくし
てやりてとまりなん物そとおほして哥
よみくはへてもちていましたり其哥は
かきりなき思ひにやけぬかは衣袂かは
きてけふこそはきめといへり家の門に
○
①
き事、並ぶべき物なし。火に焼けぬ事
よりも、
や姫、
のたまひて、「あなかしこ」とて、箱に入れ給ひて、ものの
枝につけて、御身の
て、
よみ
かぎりなき思ひにやけぬかは
きてけふこそはきめ と言へり。家の
①「光し、ささやぎたり。」の「光りし」の「し」は「す」の連用形で「たり」を「ささやぎ」と共有すると考える。「ささやぐ」は「ささやく」とする説もある。「ささやぐ」は用例はないようだが、これを取ることにする。
②「宝と見え、」から、みむらじの言葉とするが、一般的には③の「うべ、かぐ
や姫、」からを、みむらじの言葉としているらしい。しかし、「火に焼けぬ事よりも、
③「うべ」は、「なるほど・いかにも・ほんとうに」の意。
④「いたし」は「痛い・つらい」のほか、「はなはだしい・すばらしい」の意味もある。
⑤「かはきて」は「乾きて」だろうから、歴史的仮名遣い「かわきて」とした。
◎
光がし、きらきらしていた。
「宝と見え、荘厳なることは並ぶ物はない。火に焼けないことよりも、美しいことこのうえない。なるほど、かぐや姫がほしがられるわけだ」とおっしゃって、「ありがたい」と言って、箱に入れなさって、何か適当な枝にくくりつけて、ご自身の化粧を非常に丹念にして、(この皮衣を)渡して、きっと泊まってやろうぞ、と思って、歌を詠み、(箱の結びに)はさんで、持って行ったのだった。
その歌は、
「かぎりなき思ひにやけぬかは
(限りない思い(思ひの火)にも焼けない皮衣、(涙で濡れた)袂が(その火で)乾いたので、今日こそは着るのだ)
とあった。
家の門に、
●20表
もていたりて立りたけとり出きてとり
いれてかくや姫にみすかくやひめの
かはきぬを見ていはくうるはしきかはな
めりわきて誠のかはならん共しらす竹
取答ていはくとまれかくまれ先しやう
し入たてまつらん世中に見えぬかは
衣のさまなれは是をとおもひ給ひね人
ないたくわひさせ給奉らせ給そといひ
てよひすへ奉れりかくよひすへて此度
は必あはんと女の心にも思をり此翁は
○
入れて、かぐや姫に①
めり。③わきて
取、答へていはく、「とまれかくまれ、まず
じ入れ
ないたくわびさせ給ひ、⑦奉らせ給ひそ」と言ひ
て➇呼び
は必ずあはむと女(媼)の心にも思ひ
①「見す」は、尊敬語の「ご覧になる」と「見せる・見させる」の意がある。
②「なめり」は「なんめり」と発音し、「~であるようだ」の意。
③「わきて」は、「とりわけ」の意。
④「とも」は、逆接の「とも」ではなく、係り助詞の「とも」である。
⑤「給ひね」の「ね」は、完了の助動詞「ぬ」の命令形。
⑥「人な」の「な」は、「な~そ」の形で、「どうか~してくれるな」を表す。
⑦「奉らせ給ひそ」には色々な意味があるが、「奉る」が謙譲、「せ」が使役であろうと察すると、「さしだされなさる」という意味になるが、⑥の「な」で禁止を表現しているので、意訳として「しいたげなさいますな」とした。
➇底本「よひすへ」を、歴史的仮名遣い「よひすゑ」に改めた。
⑨同上
◎
(皮衣を)持って来て立った。
竹取の翁が出てきて、それを受け取ってかぐや姫に見せた。
かぐや姫が皮衣を見て言うには、「美しい皮であるようです。(しかし)とりわけ本物の皮であろうということもわかりません」。
竹取の翁が答えて言うには、「とにかく、まずは招き入れて差し上げましょう。世の中に見られない皮衣の様子であれば、これを(本物)とお思いなされ。人をひどくきびしい目にあわせられたり、しいたげなされたりなさいますな」と言って、呼んで、家へ上げて差し上げた。
このように(大臣を)家へ上げたので、今度こそは、必ず一緒になるだろうと、女(媼)も心に思ったのだった。この翁は、
●20裏
かくやひめのやもめなるをなけかし
けれはよき人にあはせんと思ひはかれ
とせちにいなといふ事なれはえしひ
ねは理也かくや姫翁にいはく此かは衣は
火にやかんにやけすはこそ誠ならめと
思ひて人のいふ事にもまけめ世になき
物なれはそれをまことゝうたかひなく
思はんとの給ふ猶これをやきて心見ん
と云翁それさもいはれたりと云て大臣
にかくなん申と云大臣こたへていはく
○
かぐや姫の①やもめなるを
ければ、よき人にあはせむと思ひはかれ
ど、②
ねば
火に焼かむに、焼けずばこそ
思ひて、人の言ふことにも④負けめ。『世になき
物なれば、それを
思はむ』とのたまふ。なほ、これを焼きてこころみむ」
と言ふ。翁、「それ、さも言はれたり」と言ひて、大臣
に、「かくなむ申す」と言ふ。大臣、答へていはく、
①「やもめ」は、未婚・既婚・男女を問わず、相手が居ないこと。
②形容動詞「せち」は、色々意味があるが、連用形である「せちに」の場合、「ひたすら・しきりに」の意。
③「え
④「負けめ」は、「め」と推量の助動詞「む」の已然形で閉じている。「焼けずばこそ」の係り助詞「こそ」が、「
◎
かぐや姫の独り身であることに心痛めていたので、良い人と一緒にさせようと努力はするが、ひたすら嫌だというのであれば、強制することができないのだから、(大臣を家に上げて期待するのも)道理である。
かぐや姫が翁に言うには、「この皮衣は、火にくべても焼けなければ、それこそ本物であろうと思って、人の言うことも聞くでしょう。『世に見えぬ物であれば、それを本物と疑うことなく思うのがよい』と(あなたは)おっしゃる。それでも、これを焼いて試しましょう」と言う。
翁は、「それはそうである」と言って、大臣に、「このように(かぐや姫が)申しております」と言う。大臣が答えて言うには、
●21表
此かははもろこしにもなかりけるをからう
してもとめ尋えたるなり何のうたかひ
あらんさは申ともはややきて見給へ
といへは火の中にうちくへてやかせ
給にめら\/とやけぬされはこそこと
ものゝかは也けりと云大臣是を見給て顔
は草の葉の色にてゐ給へりかくやひめ
はあな嬉しとよろこひてゐたりかの讀
給ひける哥の返し箱にいれて返す
名残なくもゆとしりせはかは衣思ひ
○
「この
じて求め尋ね得たるなり。何の疑ひ
あらむ。さは申すとも、はや焼きて見給へ」
と言へば、火の中にうちくべて焼かせ
給ふに、めらめらと焼けぬ。「①さればこそ、
は草の葉の色にて
は、「あな嬉し」と喜びて
給ひける歌の返し。箱に入れて返す。
名残りなくもゆとしりせばかは衣思ひ
①「さればこそ」は、「案の定・思った通りだ」の意。
この「さればこそ、
◎
「この皮は
「やはり、偽物の皮であったのだなあ」と(翁が)言う。
大臣はこれをご覧になって、顔は草の葉色になっておいでだった。
かぐや姫は、「ああ、うれしい」と言って喜んでいる。
かの(大臣が)お詠みになった歌の返事は、
「名残りなくもゆとしりせばかは衣思ひ(火)のほかにお(起・置)きてみましを」
(あとかたもなく燃えると知ってしれば、この皮衣を、思いのほかの美しさに寝ないで見ていたものを(火の外に置いて見ていたものを))
●21裏
のほかにをきてみましをとそありける
されは帰いましにけり世の人\/あへ
の大臣火ねすみのかはきぬもていまし
てかくや姫にすみ給ふとなこゝにや
いますなととふある人のいはくかはゝ
火にくへてやきたりしかはめら\/と
やけにしかはかくや姫あひ給はすと云
けれは是を聞てそとけなき物をはあへ
なしと云ける
○
のほかに①おきてみましを とぞ、ありける。
されば、帰りいましにけり。世の人々、「阿倍
の大臣、火鼠の
て、かぐや姫に住み給ふとな。ここにや
います」など問ふ。ある人のいはく、「皮は
火にくべて焼きたりしかば、めらめらと
焼けにしかば、かぐや姫、あひ給はず」と言ひ
ければ、これを聞きてぞ、②とげなきものをば、③「あへ
なし」と言ひける。
①底本「をきて」を、歴史的仮名遣い「おきて」に改めた。
②「とけなし」について、「遂げなし」とは説きにくいようだ。『評註』は、「利気なし」(気の張りがない)を一応選択している。一応、現代語訳として「遂げが無い」としておいた。私的には、「床なし」あるいは「
③「あへなし」は、「阿倍なし」の洒落。
◎
と、書いてあったということだ。
そういうことで、(大臣)は帰っておいでになった。
世の人々は、「阿倍の大臣は、火鼠の皮衣を持っておいでになって、かぐや姫と一緒になられたのですかね。ここに居られるのですか」などと聞く。ある人が言うには、「皮は火にくべて、めらめらと焼けてしまったので、かぐや姫はご一緒にはならなかった」と言ったので、これを聞いて、「遂げ」の無いものを「あへなし(阿倍なしの洒落)」と言ったという。
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