「猛《たけ》男《を》取る」説

一、「竹を取るに」、「竹取るに」の重複の問題

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の女(媼)にあづけて養はす。美しき事限りなし。いとをさなければ、に入れて養なふ。竹取の翁、、この子を見つけて後に、節を隔ててごとに黄金こがねある竹を見つくる事重なりぬ。かくて翁、やうやう豊かに成り行く。

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 傍点部、「竹を取るに」と「竹取るに」は明らかに重複している。

 この点について、多くの解説書は「強調」あるいは「調子」としている。

 『評註竹取物語全釈』松尾 聰(武蔵野書院)は次のように註している。

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竹取るに-上の「竹を取るに」と重複している観があるが、物語というものはもともと口で話して相手にきかせるものだから、素朴なおはなしの調子がそのままにしるされたものとみてさしつかえなかろう。

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 まあ否定はしないが、では、そのほかに同じような「おはなしの調子」があるのかどうかと問われれば困るのではなかろうか。

 『竹取物語』の全文をとおして、むしろ言葉足らずとさえ思われるほど切り詰められた無駄のない文章が書かれていると私は思う。その作者がこのような重複を許したはずはないと考えるのである。


二、「たけ取る」説

 では、どのように考えるべきなのか。私は次のように考えたい。

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竹取の翁、たけ取るに、この子を見つけて後に竹取るに、節を隔ててごとに黄金こがねある竹を見つくる事重なりぬ。

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 つまり、「竹を取るに」は「たけ取るに」だと考えるのである。

 「たけ」とは、「強くて立派な男子。勇ましい男。」と『全訳解読古語辞典』(三省堂)にある。

 このすぐ後に、「かくて翁、やうやう豊かに成り行く。」とある。つまり、翁はそれほど豊かではなかったということがうかがえる。ただし、翁は、これまで信じられてきたような賤民階級の貧乏な老人ではなく、もとから貴族なのである。このあたりのことは、『翁はもとより貴族である(賤民は思い込み)』で書いておいた。

 貴族が黄金を得て豊かになるとはどういうことかと考えるに、文武に長けた優秀な者を雇い、家をもり立てていく力を持つことではなかろうか。もちろん翁は欲得で動く人間ではない。

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なむぢをさなき人、いささかなるどくを翁作りけるによりて、なむぢが助けにとて、片時かたときの程とてくだししを…」

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と、物語の終盤、月から迎えに来た月の王とおぼしき天人の言葉から、翁が功徳を積んだ心が清く正しい人だったことがわかる。

 翁は、ひとえにかぐや姫のよりよい縁談を考えて、家をもり立てようとしたのである。

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そののち、翁、女(媼)、の涙をながしてまどへど、なし。あの書ききし文を読みて聞かせけれど、「なにせむにか命も惜しからむ。がためにか何事もようもなし」とて、薬もはず、やがてきもあがらで、せり。

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 かぐや姫が月に帰ってしまったあと、翁と媼は血の涙を流したという。「がためにか何事もようもなし」、すなわち、「かぐや姫のためでなかったら何も要らない」と言っている。どれだけかぐや姫を純粋に我が子のように溺愛していたかがわかる。


三、「翁、竹を取る事、久しくなりぬ」の問題

 前節での「たけ取る」説について、これだけでは、私としても強く私説として押すことはできない。しかし、この説は次の箇所と連携しており、一体として提唱するものなのである。 

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いきほひまうの者になりにけり。この子いとおほきに成りぬれば、名を三室みむろいむあきを呼びてつけさす。

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 前引用箇所より少し後の引用である。かぐや姫の名づけに秋田が呼ばれたのだが、「この子いとおほきに成りぬれば、」とあり、髪上かみあげ裳着もぎから三年が経っているものと私は考えている。

 問題は傍点部、「翁、竹を取る事、久しくなりぬ。」である。

 「翁は竹を取ることが長くなった」と訳せるが、これは実に奇妙ではなかろうか。奇妙なのだが、誰もそのことについてふれないようだ。

 翁は元から竹を取っていたのであり、ここであえて「竹を取ることが長くなった」と言うのは違和感があるし、何の意味があるのであろうか。

 一般的な訳はおおむね『評註竹取物語全釈』松尾 聰(武蔵野書院)と同じである。

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翁は(こうして、黄金の入っている)竹を取ることが、長い間つゞいてしまった。

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 いや、それなら、「翁、黄金を取ること久しくなりぬ」とするであろう。わざわざ(黄金の入っている)と括弧書きで補わなければならない文章を、この作者が書くだろうか。

 私は、ここもまた、「翁、たけ取ること久しくなりぬ」でなければならないと考えるのである。

 「いきほひまうの者になりにけり。」と続くが、黄金をたくさん得れば、「いきほひまうの者」になるだろうか。家が隆盛するには、優秀な人材を多く得てこそ力がつくのではないだろうか。

 物語の最終部、月からかぐや姫の迎えが来ようというとき、

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かの十五日、つかさつかさに仰せて、勅使少将高野のおほくにといふ人をさして、六衛のつかさあはせて二千人の人を竹取が家につかはす。家にまかりて、築地ついぢうへに千人、の上に千人、おほけるひまもなくまもらす。

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とあり、翁の家に二千人が御門より遣わされ、傍線部「家の人々、おほかりけるにあはせて」守り備えたという。

 「家の人々、多かりける」とはどれくらいの人数なのだろうか。少なくとも百人はくだらないのではなかろうか。もちろん、親類・縁者も含まれていただろうが、多くの人材を雇い入れていたことがうかがえるのではなかろうか。


四、「たけ取るに」の解釈の問題

 最後に回してしまったが、以下の解釈について書こうと思う。

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竹取の翁、たけ、この子を見つけて後に竹、節を隔ててごとに黄金こがねある竹を見つくる事重なりぬ。

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 傍点二箇所「取るに」が繰り返されるので、かなり解釈しにくい。

一応、直訳すれば、

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竹取の翁がたけを取ると、この子を見つけて後に竹を取ると、節を隔てて筒ごとに、黄金がある竹を見つけることが重なった。

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 一見、やはりへんてこだが、「取るに」の「に」は接続詞として主に「単純接続」と「順接の確定条件」のふたつの働きがあり、前者は「~と・~て、そして・~が」、後者は「~ので・~から」などと訳される。また、「順接の確定条件」には、「偶発的条件」(~たところ)と、「恒常的条件」(~するときはいつも)のふたつがある。

 それで、これらを色々当ててみると、たとえば、

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竹取の翁がたけを取るのだが、この子を見つけて後に竹を取ると、節を隔てて筒ごとに、黄金がある竹を見つけることが重なったのだ。

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となり、意味がつかめるようになったと思う。

 つまり、翁がたけを召し抱えるのは、竹から黄金が出たからだという内容になりそうだ。

 一応、今はこれを私の解釈としておきたい。

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