かぐや姫お披露目の否定(「よひほとへて」の問題)
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この子いと大きになれば、名を、
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翁が小さな子を竹藪で見つけ、媼とともに育てるが、なんとその子は三ヶ月で十二歳程度に異常な成長をとげてしまう。あわてて女子成人の儀式を済ませ、やがて「かぐや姫」という名がその子に与えられた場面である。
名づけの祝いとして、三日間「うちあげ遊ぶ」、すなわち宴会を催し、歌や管弦の演奏を楽しんだとある。
ここで問題にするのは「呼び
しかし、本当に誤写なのであろうか。
まず、従来の解釈で気にかかるのは、なぜ「男は」と男に限定されるのかということである。女は呼ばなかったのであろうか?
これでは、かぐや姫を多くの男の目にさらす婿探しのためのお披露目の儀式であるととるほかない。
しかし、すぐこの後に次のように続く。
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世界の
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変ではないか。男は誰でも嫌わずに呼び集めたのであれば、かぐや姫の姿はほとんどの男が見ているはずだろう。だが、「音に聞きめでて」とあり、男たちはかぐや姫の美しさを噂(評判)で聞いただけなのである。ちなみに、「世界の男」とは「世間の男」、ここでは「都中の男」を意味しているとしてよい。
また、「男はうけきらはず呼び
しかし、あの色好みと名をはせる五人の貴公子でさえ、かぐや姫の顔をまだ見ていなかったのである。つまり、都中の男はかぐや姫の顔を誰一人見ていないと断じてもよいのではないか? 翁の家の者を除いて。
その家の者でさえ、
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と、たやすくはかぐや姫を見ることはできなかったとある(逆に言えば、家の者は、たまにはかぐや姫を見かけることができたということではあるが)。
この三日間の宴に、かぐや姫のお披露目の意味がなかったと断言するまではいかないが、ごく内々の宴会であったと考えるべきと思う。ごく内々と言っても、かぐや姫を養って以来、竹を切ればその節ごとに黄金を得て大金持ちになった翁は、多くの使用人や家人がいただろうから、それはまた盛大ではあっただろうと考える。
この家人の数についてだが、物語終結部、かぐや姫の迎えがいよいよ月からやってくるという場面で、帝が翁の家に二千人の護衛をつかわした場面で、
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家にまかりて、
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とある。ここで、「家の人々多かりける」と言っているのに注目したい。帝が遣わせた二千人の弓引きには数で及ぶはずもないが、「多かりける」と言っている以上、十人二十人ではなかっただろう。
もちろん、これは物語の最終部分であり、今回の主題は、かぐや姫に結婚をせまる五人への難題提示の時点であり、そこまで数は多くなっていないとは考えられる。しかし、この時点で、かぐや姫を拾ってから六年が経過している。次第に家人を増やしたとして、かなりの数になっていたと考えられる。
この六年については、自説「翁若返り説(物語にこめられたなぞなぞの解明)」で示した時系列を見るとわかりやすい。
A B C D
12歳 異常成長(起点) 66歳 66歳
15歳 名づけの祝いまで 69歳 63歳
18歳 五人への難題提示 72歳 60歳
21歳 帝との文通始まり 75歳 57歳
24歳 姫の昇天 78歳 54歳
Aはかぐや姫の見かけ年齢、Bは三年単位の区切りのきっかけ、Cは翁の実年齢、Dは翁の若返り年齢である。
これにより、かぐや姫の地上滞在は十二年、五人への難題提示の時点で六年が経っていると私は考えている。(十二歳の髪上・裳着と名づけの祝いを同時とする考え方や反論もあるだろう。女子の名づけの祝いの記録がないからであろうが、この三年を否定すると、私の「翁若返り説」が崩壊してしまう。)
また、翁という人が一般にイメージされているように、平民あるいはそれ以下の賤民であったとすることは、翁が和歌を理解し、また作ることもできるということだけ考えても無理がある。さほど低からぬ身分で、息子に地位を譲った隠居だった可能性もある(翁が実は貴族であったと私は考えるが、これはまた別文でまとめようと思う)。だとすると、翁の一族というものが考えられ、それらをこの名づけの祝いに集めたとも考えられるのだ。
さて、誤写とされる「よひほとへて」であるが、本当に意味をなさないのだろうか。
私は「よひほとへて」を「宵ほど経て」と解釈したい。これは「夜遅くまで」ほどの意味だと考えても無理はないだろう。
「男はうけきらはず、宵ほど経て、いとかしこく遊ぶ」となるが、「男は」という限定は、男も女も宴会に参加していたという前提で考えたい。つまり、男だけが居残り、夜遅くまで遊びに興じたという、これまでとは全く異なる解釈になるのである。
では、なぜ、男だけが居残ったのか?
実は「うけきらはず」は、漢字を当てるとすれば「受け嫌はず」ではなく「承け嫌はず」ではないか、と考えるのである。つまり、もう少し、あともう少しという尽きない遊びの誘いを断らなかったということだとしたい。
女より男の方が遊びに熱心であるのは、今も昔も変わらないのだろう。
さて、話は少しそれるが、冒頭の引用、
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このほど三日、うちあげ遊ぶ。よろづの遊びをぞしける。
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の「うちあげ遊ぶ」についてであるが、これまでの定説では「祝宴をして遊ぶ」と解釈されてきたが、ややあやしい。
その解釈なら「うちあげて遊ぶ」と、接続詞「て」を用いてしかるべきである。
それで「うちあげ遊ぶ」を成語だとしたいが、これがどういう意味であったかは未だ不明である。しかし、次のような予想はできる。
「うちあぐ」は「手を打つ・手を挙げる」の意であるが、人は三日間も手を打ち続けたり挙げ続けたりできるものではない。おそらく、「楽器の演奏をする」ことを「うちあげあそぶ」と言ったのではなかろうか。
『評注竹取物語全釈』松尾聡(武蔵野書院)も「うちあげあそぶ」の成語としての可能性をみて、「うちあぐ」の用例をあげている。それを箇条にして次に示す。
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① すべて七日七夜、とよのあかりして、うちあげあそぶ(宇津保、藤原君)
② 酒をのみののしりて、うちあげののしる(栄花物語、見はてぬ夢)
③ 三日のほど、よろづの殿ばらまゐりまかで、うちあげ遊び給ふ(同、浅緑巻)
④ 三日のほど、めでたくうちあげあそびて過ぎぬ(同、本のしづく)
⑤ 酒まゐらせ、遊ぶありさま……うちあげたる拍子のよげに聞えければ、さもあれ、ただ走り出でて、舞ひてむ(宇治拾遺物語〔鎌倉時代〕)
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特に、⑤に注目すれば、「うちあげたる拍子のよげに」と、「うちあぐ」は「拍子を打つ」という行為を表明しており、手拍子も考えられるが、やはり楽器演奏が想像される。
また、②において、「ののしる」が二回使われるが、両者とも同じ意味とは考えられず、前者の「酒をのみののしりて」は「酒をのみさわいで」の意で、後者の「うちあげののしる」は、「手を打って(あるいは、楽器を演奏して)大声で唱う」と考えられ、この後者の「うちあげ」は「宴をして」という意味ではなさそうだ。
こうした例を見ても「うちあぐ」に「楽器を奏でる」という意味を否定できないと思う。
また、当時「あそぶ」といえば主に「管弦を奏でる」ことを指したという。「あそび」は、歌(和歌)、狩り、遊山、酒宴など全ての楽しみをいうのだが、管弦の演奏はそのもっとも主たる遊び(楽しみ)だったのである。
しからば、他の種々の遊びと区別して、特に管弦演奏を「うちあげあそぶ」と言ったのではないかという仮説も成り立つ。
『全訳解読古語辞典』(三省堂)の、「あそぶ」の項に「解読のために」として、次のように書かれている。
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平安時代の「あそぶ」「あそび」の用例の多くは、音楽を演奏する管弦の遊びである。管楽器は男性のもので、横笛(
『源氏物語』 <若菜・下> では、
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当時の管弦演奏の風景がよく伝わる解説であるが、拍子を笏拍子を打つことによりとったとあり、「うちあげあそぶ」の「うちあぐ」もこの辺からきたのかもしれない。
また、この解説からわかることは、男女混合、あるいは男だけ、女だけの合奏も可能だったことである。
そうなると、
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男は承け嫌はず、宵ほど経て、いとかしこく遊ぶ。
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すなわち、男だけが夜遅くまで居残って、演奏の誘いを断らずに遊んだ(演奏に興じた)という私の解釈も現実味を帯びるのである。
ちなみに、「いとかしこく」について、知る限りの解説書は一様に「盛大に」と訳出しているが、私の解釈に合わせるならば、ここは「非常に心を込めて」と解釈したい。
また、もうひとつ解釈の問題点として、
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このほど三日、うちあげ遊ぶ。よろづの遊びをぞしける。
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における「よろづの遊び」を、「(演奏を含めそれ以外の)色々な遊び」ととるか、「色々な(あらゆる)曲目」ととるかであるが、「うちあげ遊ぶ」が管弦を奏することであるならば、後者をとるのが筋となるだろう。
もちろん酒も飲んだであろうが、非常におごそかに、あらゆる曲目を皆で演奏し、三日三晩楽しんだのである。
当時の貴族階級がいかに音曲演奏をあそびの主においていたかを垣間見られる部分がある。
翁が五人に難題提示する日、五人が翁の家にいつも通りに集まった時の様子である。
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日暮るる程、
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和歌を詠むことと同時に、音曲の演奏こそ、当時の貴族にとって重要なたしなみだったことがわかる。
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