大納言は船人ばかりか楫取りの言葉をも曲解した

 『大納言と中納言の段における鏡写しの構造』ですでに述べたが、この両者の段は、全く同じ構成で書かれている。しかし、その対比は、鏡写しのように全く反対なのであった。この構造により、大納言と中納言との全く反対の性格づけを、作者は最大限、巧妙に描き出すことに成功している。

 両者の性格的な違いは次のように分析される。

  大納言 攻撃的

      独断的 独善的

      人の言うことを自分本意に受け取る

  中納言 温和

      協議的 同調的

      人の言うことを鵜呑みにする

 大納言と中納言は、全く反対の性格でありながら、けっきょく同じ間違いを犯してしまう。大納言はその横暴の過ぎる独善によって、中納言は人の意見を鵜呑みにしてしまうという性格が行き過ぎて、両者とも人の言葉を曲解してしまう。

 大納言は船人の言葉を、また中納言は倉津麻呂の言葉を曲解してしまい、これをきっかけとして、大納言は竜の頚の玉を取りに自ら海へ、中納言は燕の子安貝を取るため自ら籠につられるという冒険を犯し、仕舞いには散々たる結果に終わるのである。


 ここでは大納言の曲解について焦点を当てようと思うが、最初に述べる船人の言葉に対する曲解は『大納言と中納言の段における鏡写しの構造』でも触れているし、すでに述べたように大納言が海に出るきっかけとなったメインの曲解であるが、実はもうひとつ船人(楫取り)の言葉を曲解している箇所があるのである。このふたつ目の曲解については、私自身、気づけたのはラッキーだったと思っている。

 まず、ひとつ目の曲解から詳しく述べ、次にふたつ目の曲解についても紹介しよう。


一、ひとつ目の曲解

 大納言は家来を集めて、「竜の頚の玉を取って来い」と命令する。その無謀な命令に当惑する家来たち。更に「取ってくるまで帰ってくるな」と言われ、ほうほうの体で出発する。

 しかし、

*****

この人々の道の糧、食い物に、殿の内の絹・綿・銭など、ある限り取り出でて、添へて遣わす。

*****

 いかに無謀な大納言も、これらを与えているし、

*****

「この人々ども帰るまで、いもひをして我は居らむ。この珠取り得では、家に帰り来な」

*****

と、自分は「いもひ」(肉・酒などを避け身を清めること)をしていると本気の覚悟を示した上で、「竜の頚の玉を取ってくるまでは帰ってくるな」と命令している。剛胆で横暴だが、家来たちを過度に信頼しているようだ。極度のひとりよがりな性格がうまく描かれている。

 ところが、家来たちは、「かゝるすき事をし給ふ事」と大納言をそしり合い、与えられた物を分け合って、それぞれ勝手な所にちりぢりになってしまう。

*****

遣はしし人は、夜昼待ち給ふに、年超ゆるまで音もせず。舎人とねり召次めしつぎ、問ひ給ふ事は「大伴の大納言の人や船に乗りて竜殺して、そが頚の珠取れるとや聞く」と問はするに、…

*****

いくら待っても家来たちが帰ってくるわけもなく、しびれを切らした大納言は、自ら難波のみなとにおもむくのである。

 ところで、この傍点部であるが、従来の解釈ではかなり違和感を禁じ得ない。この部分の問題と思われる箇所の現代語訳を、『評註竹取物語全釈』松尾 聰著(武蔵野書院)(後、『評註』と記す)から引用したものを示す。

*****

……待遠しがって、たいそう、こっそりと、たゞ舎人二人を取次の者として召しつれて、そまつな身なりをなさって、難波のあたりにおいでになって……

*****

 まず、どうして「そまつな身なり」を大納言はする必要があったのだろうという疑問が浮かぶ。「いと忍びて」を「こっそりと」としているが、つまり大納言と知られぬようにということと考えれば、一応筋は通るように思われるが、これから話をすすめるうちに、やはりおかしいということに気づくのである。

 しかし、これについては後に回すとして、本題に戻ることにしよう。


 前の部分からの続き。

*****

船人答へていはく、「あやしきことかな」と笑ひて、「さるわざする船も無し」と答ふるに、「をぢなきことする船人にもあるかな。え知らでかく言ふ」とおぼして、「我が弓の力は、竜あらば、ふと射殺して、頚の珠は取りてむ。遅く来る奴ばらを待たじ」とのたまひて、船に乗りて海毎にありき給ふに、いと遠くて、筑紫つくしの方の海に漕ぎ出で給ひぬ。

*****

 この文は非常に奇妙なのである。

 まず、「あやしきことかな」すなわち「妙なことを言うものだ」と船人が笑っているのに、「をぢなきことする船人にもあるかな」すなわち「臆病なことを言う船人であることだなあ」と、どうしたら大納言は思えたのか不思議すぎるのだ。

 それで、私自身、あれやこれやと考え抜いたすえ、一周回って気がついたのである。そもそも大納言は船人の言葉を勘違いしているのだから不思議でよいのだと。いや、逆に、不思議だからこそ、大納言が船人の言葉を曲解しているということがわかるのである。

 「わざ」については、「態」(状態)、「業」(行い・しわざ)、あるいは「技」(技術・手段)等、色々な意味がある。船人は「さる態する船も無し」すなわち「そのようなことをする船はない」と言っている。実際、大納言の家来はひとりも海には出ていないのだ。しかし、大納言はそれを「そんな(大それた)わざができた船などない」と聞き取ってしまったのだ。それで、大納言は「臆病なことを言う」と思ったのである。

 そして、船人の笑いも、「竜の珠など取れる船などありっこない」という不敵な笑い、挑戦的な笑いとして大納言は捉えてしまったのであろう。

 それで、「え知らでかく言ふ」すなわち、船人が「(自分の力を)知り得ないのだからこのように言うのだ」と考え、「我が弓の力は、竜あらば、ふと射殺して、頚の珠は取りてむ」と言って、勇ましく船に乗って出かけることになったのである。

 ここで重要なのは、大納言の最後の言葉、「遅く来る奴ばらを待たじ」の解釈である。

 『評註』の解釈は次のようにある。

*****

遅く来る奴ばら-仰せ言をうけた家来たちが、大納言の邸を出たあと、なお旅行の準備だの、竜をとるための準備だの、方法だのにいろいろとかかづらって、まだ難波に来ていないのだと、大納言は考えたのである。年を越えるまで難波に来ないのをそう判断したというのは、やや非常識であるが、大納言を戯画化している作者のことだから、わざとそうしたとみてもよいであろう。ただし、「海からはやく帰って来ない」と解く説もある。「」は「こちらへ近ずく」意味であるから、この場合、「かえる」意味にとれないこともないようだが、なお「来」の用例をもっとしらべる必要があろう。

*****

 松尾氏は「」の用例から、家来たちが海からではなく、実際に難波にまだ来ていないのだと判断している。

 しかし、それゆえ、同書は次のようなパラドクスのような思考に陥るのである。

*****

え知らで-「知ることができないで」であるが、何を「知る」のかが、やや明瞭を欠く。「さる業する船」があったことを知らない、つまり「大納言の人が船にのって行った」事実はあったのだが、それを知ることができない、という意味にとるのが穏当なように見えるが、それならば「知らで」だけで十分であり、「えらで」とわざわざいうほどのことはなさそうに見えるし、またあとにある大納言のことばの「遅く来る奴ばら」を、「遅く海から帰ってくる家来たち」の意味に解かない限り--こう解く考もあるのであるが--は、合わない。それで「我が弓の力は云々」ということばとも照らしあわせて、「この(武を以て代々つかえた大伴家の当主である)おれ(大納言)が強くて、船に乗って竜を射殺すことぐらいできるのを知ることができないで」と解く説の方が、むしろよさそうにも思えるので、いちおうそのように口訳した。

*****

 私自身、これと同じような、堂々巡りの思考に陥ったものだが、けっきょく、大納言は、家来たちが海に出たまままだ帰ってこないと思い込んでいる、としない限りここは読み解けないという結論に至るのである。

 松尾氏の懸念である「」に「戻る」という意味が付随するかどうかについて、大納言が「この珠取り得では、家に帰りな」と家来たちに言っており、用例は乏しくとも、この「」について、大納言が「帰り」の意味で「」と言っているとすれば、さして問題にするべきものでもないのではないように思う。

 大納言は最初から家来たちが海に出ていることをひとつも疑っていなかったのである。その前提で「大伴の大納言の人や船に乗りて竜殺して、そが頚の珠取れるとや聞く」と船人に聞いている。だから、船人の「あやしきことかな」と言ったときの笑いも、「さるわざする船も無し」という答えも「(ここを出て行った船で未だ)そんな(大それた)ことができた船などない」と軽々と曲解してしまったのである。

 大納言が家来たちが海に出ていることを寸分も疑わなかったことは、大納言が竜の頚の珠を取ろうとして失敗した話を聞いて、ちりぢりになって身を隠していた家来たちが、おずおずと家に戻ってきたときの大納言の言葉によって知られるだろう。

*****

汝等よく持て来ずなりぬ。竜は鳴るかみるゐにこそありけれ。そこらの人々の害せらむとしけり。まして竜を捕へたらましかば、又事もなく我は害せられなまし。よく捕へずなりにけり。

*****

 大納言は、家来たちに、「よく竜に遭わずに戻った」と言ってねぎらっているのである。家来たちは、この言葉にぽかんとしただろうが、ともあれ、何の罪にも問われなかったわけだ。大納言は最後まで家来が海に出ていたと信じていたのである。

 また、ここからわかる三つのことを書いておこう。

①大納言は本気で竜が居ると信じていた。

②大納言は家来たちを、その身を案じるほど、心底信頼していた。

③大納言は家来たちが海に出ていたことを信じて疑わなかった。

 この三つの世間知らずなバカ殿ぶりを、作者は最後に明瞭に披瀝するのである。また、この三つのことを前提にしないと、この段は正しくは読み取れないのである。


 さて、懸案である次の箇所だが、

*****

遣はしし人は、夜昼待ち給ふに、年超ゆるまで音もせず。舎人とねり召次めしつぎ、…

*****

 ここの「いと忍びて」を「いと偲びて」としたい。つまり、家来たちが帰ってこないことを「心もとながりて」すなわち、じれったく不安に思って、さらに「いと偲びて」すなわち、非常に心配して、と解きたいのである。

 上にあげた三つの項目の②にあるように、大納言は家来たちの身を案じるほど心底信頼している。

 これは、

*****

家に少し残りたりける物どもは、竜の珠を取らぬ者どもにたびつ。

*****

と、竜に遭わなくて本当によかったと、家来たちに家に残った物を分け与えていることからも、さらにわかる。

 「ひとりよがり」を超えて「お人好し」まで突き抜ける。これを笑うというより、私は大納言に男気さえ感じてしまうのである。

 「たゞ舎人とねり二人、召次めしつぎとして、やつれ給ひて」については、「たゞ舎人とねり二人、召次めしつぎとしてや、連れ給ひて」と解釈したい。

 「舎人」について、『評註』は、

*****

舎人-天皇または皇族などに近侍して雑事をつかさどったもの。摂関以上の人臣も、天皇から賜ってこれをつれて歩くことがあった。

*****

と説明するが、『全訳解読古語辞典』(三省堂)には、もう一つ

*****

牛車ぎっしゃの牛飼い。また、馬屋の番人。馬の口取り。

*****

という項目も記されている。

 思い出していただきたい。大納言は家の者を全員追い出しているのである。つまり、本来の「舎人」も家には居ないはずである。とすれば、大納言が連れていたのは牛飼い・馬屋番の方ではなかろうか。牛や馬の世話の者は、さすがに竜の頚の珠を取らせには出せなかったのである。

 大納言は、しかたなく、この二人の者を召次めしつぎの代役として連れて来ざるをえなかったわけで、「たゞ舎人とねり二人、召次めしつぎとしてや、つれ給ひて」すなわち、「だだ舎人(牛飼い・馬屋番)二人を召次役としてだろうか、おつれになって」とした方が、その感じが出るであろう。

 また、この「召次」が本物の近侍であったなら、「召次めしつぎとして」の「として」はどう説明されるべきなのだろうか。代役と考えるのが筋ではないだろうか。

 このように、従来の解釈「やつれ給ひて」は無くなるわけで、大納言は身分を隠すようなみすぼらしい格好はしていなかったと考えられる。むしろ、召次の代役を立ててまで体裁を繕っているのだ。身分を隠したりしているはずはない。

 また、もし大納言がみすぼらしい格好をしていたとして、家来たちがまだ海から帰っていないと知って、自ら船に乗ってでかけようと決意した場合、「我が弓の力は、竜あらば、ふと射殺して、頚の珠は取りてむ。」と言ったはよいが、弓はどうやって調達したのかという疑問が出てしまう。

 そう、大納言は難波に向かった時点から、家来たちがまだ戻っていないなら、自分が海に出て竜の頚の珠を取ろうと、やる気満々だったのである。そのための装備も当然調えていただろう。

 船人に「大伴の大納言の人や船に乗りて竜殺して、そが頚の珠取れるとや聞く」と問わせたのは、「まだ戻っていないのだな」という確認のためにすぎなかっただろう。



二、ふたつ目の曲解

 大納言は、わが弓の力を見せてやろうと、意気揚々と船に乗って海に出る。

 難波の湊で「大納言の家来が竜を殺して戻ったか」と問うた船人の船かどうかはわからないが、船をチャーターして、あちこち海を回って、とうとう筑紫の沖に来てしまった。

 しかし、案の定の事が起こる。

*****

いかかがはしけむ、はやき風吹きて、世界暗がりて、船を吹きもてありく。

*****

 強風に船は翻弄され、雷が閃光をもって落ちかかる。

*****

大納言は惑ひて、「まだかかるわびしき目見ず。いかならむとするぞ」とのたまふ。楫取かぢとり答へて申す、「ここら船に乗りてまかりありくに、まだかかるわびしき目を見ず。み船海の底に入らずは、雷落ちかかりぬべし。南海なんかいぬしと楫取泣く。

*****

 問題は、楫取りの言葉、「若し幸ひに神の助けあらば、南海なんかいに吹かれおはしぬべし。うたてあるぬしのみ許に仕うまつりて、すずろなる死にをすべかめるかな」である。

 ここを、『評註』は、次のように訳している。

*****

「もしさいわいに神さまのお助けがあるなら、(あの海賊が横行して、助かった命をまた危うくする)南海なんかいに吹かれておいでになってしまうでしょう。なさけない御主人の御許に御奉公して、何ということもないつまらない死にかたをしそうだなあ」

*****

 この訳はよくできていると思う。特に括弧書きの所、「(あの海賊が横行して、助かった命をまた危うくする)南海なんかい」としているのは、後に、

*****

楫取りのいはく、「是は竜のしわざにこそありけれ。この吹く風はよき方の風なり。あしき方の風にはあらず。よき方におもむきて吹くなり」と言へども、大納言はこれを聞き入れ給はず。みか吹きて、吹き返し寄せたり。浜を見れば、播磨の明石の浜なりけり。。船にあるをのこ共、国に告げたれども、国のつかさまうでとぶらふにも、え起き上り給はで、船底に臥し給へり。松原に御筵むしろ敷きておろし奉る。その時にぞ、南海にあらざりけりと思ひて、辛うじて起き上り給へるを見れば、風いと重き人にて、腹いとふくれ、こなたかなたの目には、すももを二つつけたるやうなり。

*****

と、大納言が「南海の浜に吹き寄せられたるにやあらむと思ひて」と船底に臥したまま怯えていたことを説明するためであろう。

 この括弧書きについてと思われるが、『評註』は「南海」の項で、

*****

中古初期の遣唐使の船が海路で逆風にあって、行方不明になったり南海に漂流したり、南海の賊地に漂着して賊と戦って人々が殺されたりしたことの多かったことは、六国史にしきりに見える記事によって、明かである。

*****

と書いている。

 なるほど、大納言がこのことを知っていなければ、「南海」と聞いて、ここまで怯えることはないだろう。


 しかし、大納言の怯えようは尋常ではない。異常ではあるまいか。

 楫取りが、「是は竜のしわざにこそありけれ。この吹く風はよき方の風なり。あしき方の風にはあらず。よき方におもむきて吹くなり。」と言っても、大納言は、まったく聞きいれない。また、「国のつかさまうでとぶらふにも、え起き上り給はで、船底に臥し給へり。」と、明石の国司が見舞っても、起き上がらず、船底に小さく伏せっている。船底から連れ出されて、やっと南海ではないと知って起き上がることができたのである。

 これをふまえ、楫取りの言葉、「若し幸ひに神の助けあらば、南海なんかいに吹かれおはしぬべし。うたてあるぬしのみ許に仕うまつりて、すずろなる死にをすべかめるかな」を考えると、大納言が例の独りよがりな性格によって聞き違えたのではないかという節が浮かぶのである。

 「若し幸ひに神の助けあらば、南海なんかいに吹かれおはしぬべし。」と楫取りは言っている。もし、南海で海賊に襲われるなら、「神の助けあらば」と言うだろうか。船が沈むより、南海で海賊に襲われた方がましと言っているとしか思えないが、それでは「神の助け」とは言うまい。

 楫取りは、万が一船が沈まずに南海に吹かれれば助かるかもしれないと、ただ希望を言っているのではあるまいか。しかし、大納言はこれを、助かっても南海で賊に襲われると勘違いしたのではあるまいか。

 「うたてあるぬしのみ許に仕うまつりて、すずろなる死にをすべかめるかな」は、楫取りが「(あなたのような)情けない方のもとに仕えて、あっけない死に方をするのだなあ」と言ったのに、大納言は、「気味の悪い(南の国・島の)主(族長)の許で(奴隷のように)お仕えして、無意味な死を迎えるに違いないのだなあ」と聞き取ってしまったと私は考える。

 「うたてあり」に関して、『全訳解読古語辞典』(三省堂)にはこうある。

*****

ひどい。いやだ。不快だ。気味が悪い。情けない。困ったことだ。

*****

 非常に多くの意味を含んでいるので、曲解は起こりやすいと言える。


 「大納言、南海の浜に吹き寄せられたるにやあらむと思ひて、息つき臥し給へり」と、大納言は明石の岸についても船底で怯えている。

 楫取は「南海」としか言っていないのに、大納言は船底で「南海の浜に吹き寄せられたるにやあらむ」と思っており、ここで「南海の浜」と示したのが、この曲解をほのめかす作者の仕掛けだろうと思う。

 大納言は、この曲解のため極度に怯え、四日ほど不潔な船底に居たので「風」という病にかかってしまったという顛末である。

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