庫持の皇子の嘘の冒険談(百日の誤差の理由)

 かぐや姫からそれぞれこの世にあらざる物を所望された五人の求婚者のそれぞれの失敗談のうちの庫持くらもちの段、その中で皇子が語った嘘の冒険談に焦点をあててみたい。

 庫持の皇子は、かぐや姫には玉の枝を取ってくると知らせながら、朝廷や家の者には筑紫に湯浴みに行ってくると嘘をついて難波から船を出す。まあ、皇子の身分からして、蓬莱の山を探しに大海に出ると言っても周りはけっして許さないだろうから、当然の嘘と言えよう。そして、三日ほどしてからひそかに漕ぎ帰り、実に三年の間、雇った匠六人と共に、あらかじめ密かに作らせた家に籠もり、贋の玉の枝を作らせたのである。

 三年後、できあがった贋の玉の枝を持ち、今まさに海から戻ったばかりというように潮に濡れた衣を纏って、かぐや姫の家を訪れる。「しろがねを根とし、こがねを茎とし、白き玉を実として立てる木あり。それを一枝折りてたまはらむ」と自分が所望した言葉通りの物を持ってきたので、かぐや姫は皇子の求婚を拒否しきれない状況に追い込まれてしまう。それで、玉の枝をどうやって持って来たのかと問うが、この問いは皇子にとっては当然予測済みのものであり、それ来たとばかりに三年間練りに練ったであろう嘘の冒険談を語り始めるのだった。


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さをととしのきさらぎの十日頃に、難波より船に乗りて海の中に出でて、いかむ方も知らずおぼえしかど…たゞ空しい風に任せてありく。…海に漕ぎ漂ひ歩きて、わが国の内を離れて歩きまかりしに…

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と、その話は始まる。

 さて、まずイメージしたいのは、この船がどれくらいの大きさであったかということである。話中では一切触れられていない。外洋に出る限り小舟ではないだろう。「たゞ空しい風に任せて歩く」とあるので帆つきの船で、「海に漕ぎ漂ひ歩きて」とも言っているので、漕ぐこともできる船と、まずは想像される。

 船の大きさについての手がかりを話中にあえて求めれば、航海の末、とうとう海のかなたに高い山のようなものがおぼろげに見えたとき、「船の内をなむせめて見る」とあり、これを「船の舳先ぎりぎりに身を乗り出して見る」と解釈するならば、船はそれなりの大きさがあっただろうと想像できそうだ。

 また、この冒険談は、まるで皇子ひとりで航海したように語られているが、側近が何人か乗っていたはずで、その数によって船の大きさもイメージできるかもしれない。

 「筑紫の国にゆあみにまからむ」と言って難波を出港したとき、皇子は「いと忍びて」と言って「近う仕うまつる限りして出で給ひ」と、側近を同行させている(この側近は後の三年間、皇子と行動を共にしたはずだ)。この出港は多くの家人が見送っており、その風景はかぐや姫の耳にも伝わっていただろうから、この嘘の冒険談においても、側近の存在は否定できないだろう。

 で、この側近の数はどれくらいだったのか。皇子の身分と、身の回りの世話などを考えると、十人はくだらないだろうとも思われるが、明らかではない。ただ、この皇子の段の終盤に、いくらか手がかりにすべき箇所がある。

 まさに皇子が嘘の冒険談を語り終えたとき、三年間雇っていた匠六人が、いつまでも払ってもらえない皇子との約束の金をかぐや姫に肩代わりしてもらえないかと直訴に現れる。

 玉の枝が贋物とバレてしまった皇子は恥ずかしさにいたたまれず、日暮れの夕闇にまぎれて縁側から滑るように姿を消すのだが、潮に濡れた汚い服を着た人が実は皇子だとは六人は気がつかない。そして六人は、まんまと金を手にして意気揚々と帰るのだが、待ち伏せされた皇子に血が出るまで懲らしめられ、せっかく得た金も取り上げられてしまう。

 もちろん、六人を懲らしめたのは皇子自身ではない。側近が行ったのだが、六人の匠をひとりも取り逃さないためには、少なくとも同人数は必要だったのではなかろうか。

 

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或時は浪荒れつゝ海の底にもりぬべく、或時には風につけて知らぬ国に吹き寄せられて、鬼のやうなるもので来て殺さむとしき。或時には来し方行末も知らず、海に紛れむとしき。或時にはかて尽きて、草の根を食ひ物としき。或時はいはむ方なくむくつけげなるもの来て、食ひかゝらむとしき。或時には海の貝を取りて命をつなぐ。

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 航海の様々な苦労がまことしやかに語り出される。ここで、「草の根を食ひ物としき」、また、「海の貝を取りて命をつなぐ」に違和感をおぼえる人もあると思う。海上で草の根をどうやって手に入れるのか、深い海の底の貝をどうやってとるのか、そういう違和感である。実際、私もその違和感を感じていた。

 しかしこれは、船が常に海上を漂っていたという先入観によるもので、実は島伝い、陸地伝いに航行しただろうというのが今の私の考えである。だいたい現実的に、食糧と水を補給しながらでなければ、往復三年近くにおよぶ航海は不可能である。

 蓬莱山は伝説の山ではあるが、かぐや姫がこの皇子に玉の枝を指定する際、「東の海に蓬莱といふ山あるなり」と言っており、「渤海之東有五山(その五山の内のひとつが蓬莱)」という列子の『湯問』あたりの記述によっていると皇子にも悟れただろう。それが中国大陸から見て東、渤海のあたりと、玉の枝の特徴ばかりか、その所在まで、かぐや姫は図らずも指定していたことになる。

 話の中では「行かむ方も知らず」としているが、皇子の頭の中には大体の航路はあったに違いない。基本的に中国大陸の沿岸沿いに進んだが、長い航海の中では、陸を見失ったり、嵐に遭ったり、長く人の住む岸が見つからず食糧が手に入らなかったりしたということなのだろう。


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五百日といふ辰の時ばかりに、海の中に、はつかに山見ゆ。船の内をなむせめて見る。

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 この後、二、三日、この山の周りを偵察し、上陸。謎の女性に出会い、この山が蓬莱山であるという証言を得る。

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その山を見るにさらにのぼるべきやうなし。その山のそばひらをめぐれば、世の中に無き花の木ども立てり、こがねしろがね・瑠璃色の水、山より流れ出でたるそれには色々の玉の橋渡せり。その辺りに照り輝く木ども立てり。その中にこの取りて持ちまうできたりしは、いとわろかりしかども、のたまひしにたがはましかばと、この花を折りてまうで来たるなり。

*****

 この最初の「その山を見るにさらに上るべきやうなし」について従来、「その山を見ると、まったく登れる感じがしない」という具合に解釈されて来たのだが、どうも後文との脈絡がなく、私は、「やう(様)」は「よう(用)」の誤写(現存は写本のみ)とみて、「その山(の全容)を見れば、あらためて登る必要はない」と解釈すべきだと考えている。

 そう解釈すると、後文との繋がりもよく、皇子は山に登る必要もなく山裾にて簡単に玉の枝を手に入れることができたということを、さりげなくもことさらに強調しているともとれるのだが、それまでの航海の苦労話からすると、この何の苦労も要さないあっけなさは、何か妙ではなかろうか。

 それを踏まえて次を読んでいただきたい。

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山は限りなくおもしろし。世に譬ふべきにあらざりしかど、この枝を折りてしかば、さらに心もとなくて、船に乗りて、追風吹きて、四百余日になむ、まうで来にし。

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 山はこのうえなく素晴らしく、しばらく逗留したい気持ちに後ろ髪をひかれたが、玉の枝を手に入れたからは、早く姫に見せたくて、すぐに帰途に着いたということだろう。

 皇子が蓬莱山に滞在したのは、数時間から半日程度と想像される。

 さて、ここからが私の読み解くこの皇子の嘘話のメインイベントである。

 蓬莱山に着くまで五百日、帰りは四百余日、合わせて九百余日ということになるが、ここで、後に直訴に現れた匠たちの言葉。

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玉の木を作りつかうまつりし事、五穀をたちて千余日に力を尽くしたる事、少なからず。

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 そう、この匠たちの言う千余日とこの九百余日では百日の差があるのである。

 職人たちの言っている千余日には偽りはないだろう。皇子は難波を出発するとき、「玉の枝取りになむまかる」とかぐや姫に伝えている。また、この話の語り出しとして、「さをととし(一昨昨年)のきさらぎの十日頃に、難波より船に乗りて海の中に出でて」と皇子はわざわざ明言している。ほぼ千日が過ぎていることはかぐや姫にもわかっていただろうから、かぐや姫がこの矛盾に気がつかなかったはずはない。しかし、この矛盾を皇子に指摘する前に匠たちが現れ、皇子の企みの全てが明るみに出てしまったわけだ。


 実はこの百日の食い違いを皇子はわざと話の中に仕組んでいたのだと私は思っている。当然かぐや姫はその矛盾を突いてくるだろう。皇子はそれ来たとばかりに次のような答えを用意していたに違いない。

「おや、なんと、私が出港して千日だったとは。私が蓬莱山に滞在したのはわずかな時間でしたが、その間に外の世界では百日も経ってしまっていたのですね。私があの山の魅力に取り憑かれて数日でも逗留していたら、こちらでは何年、いや何十年経っていたかわかりません。あなたのことを一時でも忘れなかったことで、その難を免れたのですね」と。

 浦島太郎の元となる浦島子伝説では、竜宮城は蓬莱とこよのくにと記されているという。竹取物語は、明らかにこの浦島子伝説を意識しており、月の世界の時間も地上に比べて非常にゆっくり進む設定となっている(『月の世界はどんな所か』参照)。

 この百日の誤差について、作者はあえて書かず、読者への宿題としたのかもしれない。

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