翁はもとより貴族である(賤民は思い込み)

 かぐや姫を竹藪で拾う前の翁は、貧乏で賤しい身分の老人だったというのが世間のイメージであり、また、特に『竹取物語』を研究する人でさえも、そういう先入観に支配され、疑いさえ抱けないようだ。

 当時、竹をとる仕事は農耕者よりも賤しい者の仕事と考えられていた、との説もあるらしい。この真偽はともかく、翁には「賤しい身分の老人」というレッテルが、糊べったりに貼られてきたのは確かであろう。

 しかし、本当にそうなのだろうか。

 私が考える限り、物語の中に、翁が賤しい身分の老人だったという証拠をひとつも見つけることはできない。むしろ、貴族であったという証拠しか見つからないのである。

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このちご養ふ程に、すくすくと大きになりまさる。つきばかりになる程に、よき程なる人になりぬれば、「かみげな」と左右さうして、髪あげさせす。ちやうのうちよりも出ださず、いつき養ふ。

※「髪上げな」は、自説、翁の焦りによる感嘆の言葉とする解釈。

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 かぐや姫を拾ってから三ヶ月しか経っていないのに、ここですでに「髪上かみあげ裳着もぎ」という貴族ならではと思われる儀式が行われている。

 また、「ちやうのうちよりも出ださず」と、貴族でなければ考えられない「帳台」(外から見られないようにする箱型のとばり)という調度が使われる。

 たしかに、この文の直前に、

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竹取の翁、たけ取るに、この子を見つけてのちに竹取るに、節をへだててよごとに黄金こがねある竹を見つくること重なりぬ。かくて翁、やうやうゆたかになり行く。

※「たけ取るに」は従来「竹を取るに」と解釈されるが、重複は不自然と疑い、「たけ」すなわち優秀な人材を雇ったと私は考えている。

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とあり、平民だった翁が、この黄金によって貴族的な暮らしを始めたという考えに至るのもむりはないが、これは黄金がたびたび出たことにより将来的に次第に豊かになっていくということを言っており、すぐに貴族的な暮らしに変身できたはずがないのである。

 また、のちに、かぐや姫の名づけの祝いに三日三晩、家の者があらゆる曲目の演奏を楽しんでいる(これについては、『かぐや姫お披露目の否定(「よひほとへて」の問題)』にて論じている)。これもまた、一朝一夕でできるものではない。

 翁が和歌を詠み、理解するというのも物語の中にうかがわれるが、老齢の翁が、にわかに習得できた教養とは思えない。


 さて、平民の娘なのにかかわらず、かぐや姫が「姫」と呼ばれることについても、大いに問題があるだろう。しかし、どうせ物語だからと問題にしない人がほとんどではなかろうか。そんな中、『竹取物語全釈』松尾聡著(武蔵野書院)は、「かぐや姫」についての注記の中で次のように書いている。

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竹取翁という賤民階級の養女に「姫」と名づけ得たのは、この子が、この世ならぬ神の子であると、翁やその他の人々から信ぜられていたからであろう。

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 翁を賤民階級と決めつけた場合、こう納得するほかないだろう。しかし、物語の随所に目を配らせることができれば、こうした解釈がいかに気持ち悪いものであるかがわかる。

 たしかに翁は、かぐや姫を神あるいは仏の化身と敬っていた。かぐや姫が三か月で十二歳程度に成長した神異を翁とともに目の当たりにした媼も同様だろう。また、その話を聞いた家人も、半信半疑ながら姫を特別に敬う気持ちはあったかもしれない。しかし、家の外の人々はどうなのであろう。噂でその神異を耳にしたとしても、それを信じただろうか。

 また、翁自身、対外的に、かぐや姫が神異の子だとは口外していない。むしろそれは伏せられているようにみえる。

 執拗にかぐや姫に結婚を迫る五人の貴公子が垣根越しに翁を呼び出し、娘を妻にくれとせがんだとき、

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「おのがなさぬ子なれば、心にも従はずなむある」

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と言って翁はお茶を濁しているが、かぐや姫の例の神異には触れていない。

 また、物語後半、かぐや姫を参内させるようにかどから二度も迫られたがとうとう連れてこれなかった言い訳として、

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造麻呂みやつこまろ(=翁の名)が手に生ませたる子にてもあらず。昔、山にて見つけたる。かかれば、心ばせも世の人に似ずはべる」

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と、やはり自分の本当の子ではないことは強調するが、かの神異については口にしていない。物語の中のかどは幸い温厚であったようで処罰は下らなかったが、絶対なる御門の命に背いた罰がかぐや姫にも及び、また翁自身にも及ぶかもしれない危機的状況にあってさえ、翁はその神異を口にしなかったのである。

 では、なぜ翁はかぐや姫の神異を対外的に口にしなかったのだろうか。

 言ってもどうせ信じてもらえないということもあったろうし、姫を普通の子として育てたいという願望、また、特別な子と知られれば、姫の、あるいは姫と自分との平安な生活が脅かされかねないという危惧もあったと推測できる。

 いずれにせよ、かぐや姫が世間一般にあがめられていたとは考えにくい。

 かぐや姫が姫と呼ばれることも、翁が最初から貴族であったと考えれば、何の不思議もないのである。


 さて、もうひとつ。

 翁は、その屋根に人が千人も乗れる大きな屋敷を所有する。これがかぐや姫を拾った後、竹の中から得た莫大な黄金の資力によって建てられたと考えられてきたのは確かに自然なことのようにも思える。が、これには疑問を投げかけざるをえないということを書いておこう。

 翁が貧しい老人だったとすると、都の外に住んでいて、竹藪から得た黄金の資力によって都に上り、土地を買い、家を建てたということになるだろう。しかし、それは考えにくいのである。

 まず、翁の家が都のどこにあるかというと、それは次の御門の言葉によって知られる。

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造麻呂みやつこまろ(=翁の名前)が家は、山もと近かなり。

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 つまり、翁の家は山の近くということになるが、五人の貴公子が毎日通っていたのだから宮廷のある都の中心部からそれほど離れた場所ではない。いわゆる都の山の手と判断していいだろう。

 これをふまえ、次の一文である。

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翁、たけ取る事、久しくなりぬ。勢猛いきほひまうの者になりにけり。この子いと大きになりぬれば、名をむろ斎部秋田いむべのあきたをよびてつけさす。

※「たけ取る事」は従来「竹を取る事」とされるが、ここから黄金を取ることを連想するのはむずかしい。前出「竹取の翁、たけ取るに、この子を見つけてのちに竹取るに」の私の解釈の根拠ともなりうる。

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 つまり、黄金は、かぐや姫の名づけの祝い、つまり拾われてから三年の間、出続け、家は次第に裕福になり、とうとう大富豪になったと考えられる。だとすれば、翁はこの三年、黄金の出る山から離れていないことになるまいか。

 もちろん、都に家を建てた後も、元の山にでかけ、竹を切っていたと考えられなくもない。しかし、新たな家も山の近くであり、もともと都の山の手に住んで、竹を取って暮らしていたと考える方がよほど自然ではなかろうか。

 物語後半、かぐや姫を連れ去ろうとしたかどと和解した別れ際のかぐや姫の歌。

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むぐらはふ下にも年はへるぬ身の何かは玉のうてなをも見む

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 草が茂る所で何年も暮らして来た身がどうして宮廷などにのぼれるでしょう。

 育った家が辺鄙なところにあったことをうかがわせる。山の近くであれば、そうした表現になったのだろう。充分な資力があり、都に移り住むのであれば、そんな辺鄙なところにどうして家を建てたのだろうといぶかしくもある。

 

 しかし、もともと都近くに住んでいたとしても、竹を取って暮らしていただけなら貧乏な老人というレッテルは剥がしがたい。

 庫持くらもち皇子みこの嘘の冒険談を聞き、感動のあまり詠んだ翁の歌。

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くれ竹のよよの竹取野山にもさやはわびしき節をのみ見し

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代々の竹取でさえ、野山でこれほどわびしい竹の節を見たことがあったでしょうか。

 「呉竹の」は枕詞で「よよ」に掛かるのだという。「よ」は竹の節と節の間の筒部をいうが、「代々・世々」にかけている。そうした代々の竹取りも、それほどわびしい節を見たことがない、すなわち、あなたのようにわびしい目に遭った話(節)を誰が聞いたことがあるだろうかと歌うのである。

 「代々の竹取」と歌われているので、翁は代々竹取りを生業とする人だと考えてもおかしくはない。ただし、翁の家が代々続いた家であることをも意味し、前節で否定した、翁が都に移り住んだ可能性を更に否定するものでもある。

 翁の家は代々、竹を取ってそれを利用することを行って来たのだろう。翁が貴族であることを完全に否定するものではないと考える。


 以上、翁は賤民階級とは考えにくい、むしろ最初から貴族であるというのが私の結論である。

 さらに次に示すことは、それを確定的にするものと考えられる。

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「などか、翁のおほしたてたらむものを、心に任せざらむ。このをんな、もし奉りたるものならば、翁にかうぶりをなどか給はせざらむ」

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 かぐや姫の強硬な反抗により参内させられなかった翁に対し、さらに連れてくるよう御門は「かうぶり」を褒美として提示したのである。

 もちろんかうぶりとは物ではない。『竹取物語全釈』松尾聡著(武蔵野書院)には、

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「冠を賜ふ」は位階、特に五位を賜わることをいう。

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とある。

 また、ウィキペディア「官位」の項には、

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従五位下以上と六位の蔵人は昇殿を許されたために殿上人、太政官のうち従三位以上もしくは参議のことを公卿と呼んだ。五位に昇ることを叙爵、冠(こうぶり)賜るという。

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とあり、五位以上は昇殿を許され、それ以下の位階とは一線を画す高い位だった。もちろん、一介の老人がいきなり手に入れることができる位階ではなかったわけで、翁は四位以下の貴族であったと結論づけることができると考える。


 さて、最後に、翁を賤民としたこれまでの思い込みが起こった大きな原因と考えられる場面を書いておきたい。

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かぐや姫は罪を作り給へりければ、かくいやしきおのれがもとに、しばしおはしつるなり。

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 月から迎えに来た月の「王とおぼしき」天人の翁に対する言葉である。

 ここで「かくいやしき」と言っているが、これを「かく賤しき」と解釈してきたことに問題があるのである。

 別文『月の世界はどんな所か』で詳しくしたが、月の世界はいわば涅槃であり、その価値観は身分の貴賤ではなく、心の貴卑なのである。月の王は翁のことを心の卑しい人と言っているのであり、けっして身分が賤しいとは言っていないのである。

 これについては、また別文で明らかにしたいと思う。

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