翁若返り説(物語にこめられたなぞなぞの解明)

 『竹取物語』を一読すれば、よほど流し読みしない限り、誰もが気づくある大きな矛盾点がある。

 物語の最初の方で、おきなは自分のことを「よはひ、七十に余りぬ」と述べているのだが、物語の終結部では、「今年は五十ばかり」と地の文が翁の年齢を事実的に語っている。二十歳もの食い違いが生じてしまうのである。

 これに関して、物語終結部で、かぐや姫を迎えに来た月からの使者に対して翁が、かぐや姫を「二十余年」養ったと述べていることから、かぐや姫を養うことにより、翁は一年に一歳ずつ若返ったのだという若返り説が言われて来たのはしごく当然である。

 しかし、この若返り説について多くの研究者は否定的である。物語のどこを読んでも、翁が若返ったことを示す、あるいは暗示する記述は見つからないので、この説に非常に消極的なのである。それで次のような、ほぼ共通した見解でお茶をにごしている。

 「年、七十に余りぬ」と翁が言ったのは、かぐや姫に結婚を勧める上での口実として大げさに言っているのである、と。

 しかし、終結部の地の文が言う「今年は五十ばかり」を事実とし、かぐや姫がこの世にとどまった期間を、前述の翁の「二十余年」養ったという言葉を信じるとすれば、竹藪でかぐや姫を拾った翁は三十歳ぐらいということになり、当時でも「翁」と呼べる年齢ではなくなってしまう。また、かぐや姫は拾われてから三か月で十二歳ほどに異常成長したので、翁がかぐや姫に結婚を勧めた時点でも、かぐや姫を拾ってから数年しか経過していないので、翁は四十歳にも達しておらず、かぐや姫に対し大げさに言うにしても七十歳と言うには途方もない無理がある。

 一方、若返り説も、翁が「年、七十に余りぬ」と述べたとき、すでにかぐや姫拾得より数年が経っている事情から、単純に一年に一歳若返ったとは言えなくなり、整合性がなく、説得力を欠いてしまうのである。

 この物語随一ともいえる矛盾点を解決する方法はあるのだろうか。それとも、これは古い時代の人が書いたおとぎ話のたぐいだから特に問題にすべきでないと、見て見ぬふりを決め込むべきなのだろうか。

 いや、それはこの『竹取物語』の作者に対する不遜であろう。この物語の作者は緻密な構成を練り、話を組み立てたに違いない。ある意味、これは作者が投げかけた「なぞなぞ」なのだ。その答えらしきものに行き着いた今の私には、そう確信されるのだ。

 その謎解きは、それほど難しいことではなかった。物語を正確に理解し、簡単な算数を用いただけである。ただ、誰もこの謎を解こうと積極的に試みようとしなかったがゆえに見えなかった道筋だと思う。


*****

翁、答へて申す。「かぐや姫を養ひたてまつること、二十余年になりぬ。『片時』とのたまふに、あやしくなりはべりぬ。またことどころにかぐや姫と申す人ぞおはしますらむ」

*****

 物語終結部で、かぐや姫を迎えに来た天の使者が、かぐや姫をかくまう翁に、姫を返すよう催促したのに対しての翁の言葉である。

 ここで翁は、かぐや姫を養った期間を「二十余年」と明言している。

 この「二十余年」に関して、ある研究者は、物語の一話を三年として、七話で二十一年と数えるのだと説明する。かぐや姫の生い立ち、五人の求婚者の各話、みかどとの文通の三年間で七話である。

 しかし、これはまるでいただけない。五人の求婚者は、それぞれかぐや姫からこの世にない物を持って来るよう難題を押しつけられるわけだが、それぞれが三年ごと順番にそれに取り組んだわけではない。「よーいどん」で一斉に難題に取り組んだはずである。五話ひとまとめで三年と見るべきなのである。

 この「三年」についてであるが、「三」は当時神聖とされた数であり、この物語の中でも意識されているのは明らかだ。たとえば、かぐや姫は拾われてから三か月で女子成人の儀式「髪上かみあげ」(十二歳~十五歳の儀式と考えられている)を行うまでに成長した。また、姫の名づけの祝いに三日間、うたげを催したとある。五人の求婚者の難題への取り組みは、石作いしづくり庫持くらもちの皇子に関して三年がかりだったことが明らかに読み取れる(他の三人に関しても、おそらく三年以上はかかっていない)。帝との文通も三年ほど続いていたと書かれている。

 七話二十一年という説における、「三年」で区切る考え方だけは間違っていない。

 しかし、困ったことに、五人の求婚者の各話を各三年とせず、まとめて三年と考えると、当然ながら三年を区切るきっかけは七つに遠く及ばなくなってしまう。

 〇、三か月で髪上(十二歳)。ここが起点。

 一、かぐや姫の名づけの祝いまで。

 二、五人の求婚者が家のまわりをうろついた期間。

 三、五人の求婚者が難題に取り組んだ期間。

 四、帝と文通した期間。かぐや姫の昇天。

 物語を何度も洗い直したが、以上、せいぜい四つのきっかけしか見つからないのである。つまり、十二年である。

 しかし、ここで発想の転換である。

 それならかぐや姫は十二年しか地上にいなかったのではないかと考えるのである。そうすると、翁の言う「二十余年」という年数は、天の使者に対して嘘をついていると考えるほかなくなる。そして、この考えから、逆に、翁は偽りの年数を言う必要が現にあったことに気づかされるのである。

 天の使者に対する翁の言葉をもう一度読んでみよう。翁は、「この娘は二十年余り自分が養った。それを『片時』とおっしゃるのは変ですねえ。他にかぐや姫という人がおられるのではないですか」と、とぼけて見せるのである。ここで注意すべきは、かぐや姫は普通の子だと翁が主張していることである。

 翁は、かぐや姫が三か月でいきなり十二歳になったのではなく、ごく普通に育った子であることを使者に対してことさら示すため、かぐや姫の見かけの年齢通り「二十余年」と口にせざるを得なかったのである。かぐや姫の見かけが二十歳ほどなのに「十二年養った」と正直なことを言えるはずがない。

 説明が遅れるが、この翁の言葉は、使者の「あなたがいささかのどくを積んだので、かぐや姫の助けにと片時のほど下したが……」(※この解釈は従来とは異なる私の解釈による)と言った「片時」という言葉に対して翁が揚げ足を取ろうとしたものである。

 ちなみに、使者の「片時」という言葉は、天上の時間と地上の時間の流れの違いを明らかに表現している。天上では「片時」でも、地上ではまとまった歳月となる。


 翁の「二十余年」養ったという言葉は、月へ帰る時点のかぐや姫の見かけの年齢であるとしよう。また、物語が三年ごと四話という構成から、かぐや姫が地上にとどまった期間を十二年としよう。そうすると、かぐや姫が三ヶ月で十二歳ほどまで急成長したことと辻褄が見事に合うのである。

 しかし、それが、翁が七十歳から五十歳に若返ってしまう例の矛盾とどう関係があるのだろうか。それは次のように図示するとわかりやすい。

  A  B         C  D

  12歳 異常成長(起点)  66歳 66歳

  15歳 名づけの祝いまで  69歳 63歳

  18歳 五人への難題提示  72歳 60歳

  21歳 帝との文通始まり  75歳 57歳

  24歳 姫の昇天      78歳 54歳

 Aはかぐや姫の見かけ年齢、Bは三年単位の区切りのきっかけ、Cは翁の実年齢、Dは翁の若返り年齢である。

 髪上・裳着の時点でのかぐや姫の見かけ年齢は十二歳~十五歳と幅があるが、十二歳としておく。

 翁が一年に一歳づつ若返ったとする。ちなみに、一年に一歳づつ若返るということは、実は実質二歳若返っていることになる。

 翁が、かぐや姫に結婚を勧めるため、自分の年齢を「年、七十に余りぬ」と言ったのは、表の「五人への難題提示」のときであるから、翁の実年齢を七十二歳として、これを基準に前後の翁の年齢を決めている。そうすると、かぐや姫を竹藪で拾った時点で六十六歳となり、これは十分「翁」と呼べる年齢といえる。

 五人への難題提示の時点、「年、七十に余りぬ」と言ったのは翁の主観である。この時、翁は六十歳まで若返っているが、まさか自分が若返っているとは気づいていない。翁は自分の実年齢をそのまま言っていたと考えることができる。

 そして、(これはこの若返り説の妥当性を強めるものとして特に書いておくことだが)物語の終結部、いよいよ月から迎えが来ると聞いて、翁はうろたえ、心労のためすっかり衰弱してしまう。

*****

このことを嘆くに、髭も白く、腰もかがまり、目もただれにけり。翁、今年は五十ばかりなりけれども、物思ひには、片時になむ、老いになりけると見ゆ。

*****

 この地の文における「五十ばかり」が翁の若返り年齢を言っているとすれば、表における五十四歳と合致する(「ばかり」は「~くらい」の意で、平安時代には「~だけ」の意味はまだなかったとされる)。また、五十四歳にまで若返った翁も、かぐや姫を失う悲しみのあまり、数日の間にすっかり老け込み、若返りがなかった場合の実年齢七十八歳にもどってしまったとも考えられるだろう。ここのところ、どこか浦島伝説を彷彿させる。

 「二十余年」を、翁から見たかぐや姫の見かけの年齢と考えず、正直な養い年数だとすると、昇天の時のかぐや姫は、異常成長分を加えた単純計算で三十二歳以上ということになる。天女だから、それでも見かけは二十歳ということも考えられるが……。

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