中編
『……次は若葉病院前、若葉病院前です。山手線・西武池袋線……』
……あ、次降りる駅だ。そう思って、スマホに8割型集中していた意識を少しだけ周囲に向ける。
今も、スマホで漫画を読んでいた。……正直、あまり面白い内容ではなかった。
大手の雑誌に掲載されてて、しかもそれなりに続いてるやつだから、面白かったり、引き込まれるような内容をしているはずと思ってたけど……うーん、イマイチ。
一読者である私は、別にこの漫画が自分に合った面白さをしていないからと言って、作者や編集社に"この漫画を打ち切りにしろ!!"ってお便りを出したり、Tnitterで酷評したりもしない。
面白いか、面白くないか。楽しいか、楽しくないか。引き込まれるか、引き込まれないか。その程度の評価基準で、この漫画は違うなーとか、これは結構好きーとかくらいの感想を頭で自分だけの記憶に刻んで、その感想を特に外に出したりもせずに収める。
……今までは、そうだった。
(この漫画、本当に面白くない)
いつもなら、感想と言ってもせいぜいこの程度だったのに。
(……なんで、こんな漫画が続いてるんだろう)
そう、思ってしまった。
でも、本当にそれだけで、Tnitterに書き込んだり掲示板に書き込んだり、家族に"クソつまらんかった"って言ったりした訳でもない。もちろん、嫌いなあの子にMINEで言ったりもしなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
……次の日、いつも通りの時間に起きて、まずは学校に行く支度を済ませた。
そして、今日は運良く残っていたらしいあたしの大好きなパン(時々母さんが"あんたのために買ったけど、やっぱり食べたくなった"って食べてしまう)を手に取って、食べながら鞄を抱えて玄関へと歩いていく。
「いってきまーす」
駅までは徒歩5分くらいで、電車が出発するまであと15分ある。うん、いつも通りだ。
家の玄関の鍵は締めない。
……いやまあ、本当は締めた方がいいんだろうけど……母さん曰く"母さん家の鍵を失くしちゃった。でも家の中で失くしたし、合鍵作るお金払いたくないから10日経っても見つからない〜ってなるまでは締めないで"とのことなので、ここ3日くらいは学校に行く時でも家の鍵は締めていない。
……見慣れた風景を流し見しながら歩いて、駅に着いた。
電車が来るまでの間、駅構内のベンチに座ってスマホの画面を眺める。
いつも通りDoogleを開いて、タブが保存してあるWEBサイト(もちろん、漫画が読めるやつ)に飛ぼうとした時、
「……あ、」
Doogleが挙げてくるおすすめニュースの1番上、検索欄に視線を集中させていてもよく目につく位置に、昨日私が"本当に面白くない"と評した漫画が打ち切りになった旨を伝えるニュースがあがってきていた。
(え、なんで?)
その記事を見て最初に思ったことは、それだった。
でも、まだあたしが読んだのはタイトルだけだし……そう思って、記事のリンクに飛んだ。
曰く、読者から人気がガタ落ちしているのを出版社の偉い人達が懸念して、結果打ち切られることが決まったらしい。……詳細は、あたしにもよく分からない。
(え、はぁ…………)
……正直な話、"面白くない"とは思ったけど、よく考えたらあたし個人の好みに合わなかっただけかもな……とか思っていた。
だって、あたしの嫌いなラブコメだったし。ヒロインは当たり前に可愛くて、主人公もラッキースケベを起こしちゃうような持ってる男子だった。
そりゃ、面白くないとは思ったけど、それは、あたし目線での話だし……
どこか悶々としながら電車に揺られて、そしてまた気づいた時には電車に揺られていた。窓から外を見ると、景色はなぜか夕方になっている。
……どうやら、1日をぼんやりとすごしてしまったらしい。まるっと記憶飛ぶくらいって、どんだけ今朝の出来事が衝撃的だったんだよ……と自分自身でも不思議だった。
◇◇◇◇◇◇◇
ピピピピッ、ピピピピッという目覚ましの音で、意識が冴える。
その瞬間、"今日は休みだ"というところに一瞬で思考が行き着いて、嬉しくなった。
スマホの目覚ましを止めるついでに、寝てる間にMINEの通知が来ていないかどうかを確認する。
『新着:3件』
という文字が載った通知を1回タップすると、それらがマリアからのメッセージであることがわかった。
しかもそれぞれが、割と長い。3つの内容を簡単にまとめると、"今日ぼーっとしてたけど大丈夫?なんかあった?あ、それより聞いてよ〜昨日お兄ちゃんの友達がさ(ry"だ。……MINEでもそういう話しかしないのか、お前は……
朝から嫌なものを見てしまった。適当に"昨日は寝不足だっただけだから大丈夫"とだけ返して、あとはそのメッセージにどんなお世辞を足すか考えながら、ベッドから抜け出してキッチンへと向かった。
『お母さんからレイへ伝言:ちょっと急な用事が入ったから、今日明日家を空けます。だから出かける時は鍵締めても大丈夫よ!』
キッチンカウンターの上に1枚の紙が置いてあって、その紙には上記の文が書いてあった。……母さん、また帰ってこないのか。
そう思いつつ、あたしの大好きなパンが買い溜めしてあることと、冷蔵庫の中にも野菜や飲み物などがちゃんと入れられていることを確認する。
その最中で目についた200mlパックのカフェオレを取り出して飲みながら、スマホでDoogleを開いていつものWEBサイトに飛んだ。
……昨日は日中のぼんやりを引き摺っていたのか、大好きな漫画鑑賞にも集中できなかった。
それに早い段階で気づいたあたしは、夜9時とかの早い時間で漫画を読むのをやめてベッドに入る判断をした。
だから結局、昨日はろくに漫画を読めなかった。
(昨日読もうとしてた作品はめちゃくちゃ面白そうだったし、話数も結構あったから……今日はいい休日になりそう)
昨日の分は、今日取り戻そう!そうと決まれば部屋にとんぼ帰りだ!
あたしにしてはテンション高め、うきうきしながら自室へと戻ってベッドにダイブした。
お目当ての作品のリンクに到達して、いざ……!というところで、
「……うわ、タイミング悪い」
ピロリン、という軽快な音と共にスマホの画面上部からMINEの通知が飛び込んできた。
『ねぇねぇ聞いてよレイ〜』
『今日朝起きたら、お兄ちゃんからMINEが来ててさ』
『友達が、ヨーロッパ1周旅行のチケットくれたんだって〜💞💞🥺』
『しかも2枚!めちゃくちゃ気前よくない!?』
『ほんとありえない〜笑っちゃう!!ꉂ🤣w𐤔』
……うーん、本当にこの子は間が悪い……!でも、MINEで既読さえつけなければなんとかなるし……と思って通知を上に引っ込めようとして、
「あ、」
間違えてタップしてしまった。最悪。
その瞬間MINEが立ち上がって、マリアからのメッセージの止まないトーク画面へと飛ばされる。
『それで、ヨーロッパ旅行が結構近いから、お兄ちゃんが服買いに連れてってくれるらしいの!!😳❣』
『ピンク系の服も可愛くていいんだけど、黒も大人っぽくていいじゃん?赤も捨て難いし』
『とにかく迷ってるの!!色々着て見てるとこ〜👗👒』
『ねぇ見てこれも可愛い♥️♥️♥️』
『レイはどの色がいいと思う?』
『私はやっぱりピンクがいいと思うの!これ!ちょー可愛い♥️♥️♥️』
いや知らねぇよ、とは思ったけれど、既読をつけてしまった手前返さないと面倒くさそう……だから、"黒の方がマリアのお兄さんがよく着る服装の雰囲気と合うと思う"と返した。
すると、ポンポンポンポンとマリアからの返事が届く届く。ピンクの服の特にこの部分がフリフリで可愛いとか、そういえばお昼には回らないお寿司食べに行くよとか、結局ピンクの服買っちゃった〜1万円した〜とか……あたしにとっていらない報告が沢山湧いてきた。
……あたしの意見は聞くだけ聞いてガン無視かよ。お前のその無限に話が続けられる才能と何がなんでも我を貫くその豪胆だけは羨ましいかも……いや、要らないな。
っていうか、早く漫画読ませてよ……という不満が爆発しそう。頭が冴えているとはいえ寝起きには違いないから、あたしも今はあんまりまともな精神状態じゃないのかもしれない。
一旦自分を落ち着かせるために(そして漫画を読む時間を確保するためにも)、マリアに"ごめん、あたし今やりたいことあるから返信できない"とだけ返した。マリアからの返信が止めば、あたしも落ち着ける。
そう思って、それでもあたしの"やりたいことがある"というメッセージに、マリアがどういう反応をしてくるか(大人しく引き下がってくれるのかどうか)見るために、MINEの画面で少し待機してみる。既読ついてるし、多分、すぐ返信が来るはず。
そして、あたしの予想通り、直後にマリアからのメッセージが届いた。
『やりたいことって、どうせ漫画でしょ?』
しかし、マリアから返ってきたのは、あたしの逆鱗……今風に言えば"地雷"とも言えるような内容のものだった。
……いやまだ、まだ大丈夫。こういうことは、前にも言われたことある。大丈夫、大丈夫。
『レイって、いつも漫画読んでるよね〜そんなに漫画が好きなの?😅』
……うん、そうだよ。だってつまらなくないし。
『休み時間とかも、いつも席に座って1人で読んでて寂しそう……』
……マリアがそう思ってても、あたしは寂しくないから平気なんだけど……っていうか、勝手に可哀想な認定されてるのめちゃくちゃ嫌……
『漫画以外にも、MikTokとかRinstagramみたいにもっと楽しいこと沢山あるよ!』
……あたしが何も知らないと思ってるの?幼少期から漫画ばっかり読んではきたけど、一応そういうのだって試したはいいけどハマらなかっただけだから勝手にそう決めつけないでほしいわ……
『あ、そうだ!月曜日の昼休みはご飯の後でMikTok撮ろうよ!流行りのやつ!』
ああもうそういうのはいいってば!!!
マリアからの返信内容にカチンときて、あたしはスマホを持った手を大きく振り上げた。……そのままベッドに投げようとしかかったところで、ハッと我に返った。
マリアからもう一通、メッセージが届いた音がしたけれどすぐには画面を見ずに、目を閉じて、ゆっくりと深呼吸する。
……マリアは、本当に相手の話を聞かないし、相手のことを考えない。そんなことは、高校入学してすぐにマシンガントークされた時から、わかってたじゃん。ていうかそもそも、あたしはマリアのそういうとこが嫌だって、マリアに面と向かって言ったことないや。
案外、言ってみたら気をつけてくれるかもしれない。
(そうだ、そうだよ。言ってないんだから、あたしが文句を言う筋合いはないよな)
そう考えて、マリアにメッセージを送るためにスマホの画面を見た。
『あれ撮ったら、レイも漫画オタ卒業だね👍🏻💮』
……その瞬間、あたしは冷静になった。
脳天からつま先までスッと冷えるのを感じて、今まで沸々と沸騰するみたいに溜まっていた苛立ちが、からりと綺麗に消えていく。
そして、すべてがどうでも良くなった。
(……もう、もういい)
スマホをベッドの脇に放り投げて、自分はタオルケットにくるまる。
そして、漫画を読めなくて、マリアからのメッセージに死ぬほどいらいらして、全てがどうでもよくなったこと……今さっきまでの出来事と自分の感情の動きを思い出して、今度は無性に泣きたくなった。
小さいことでイライラしてしまった自分を、自分の中だけど、でもはるか遠くの場所から俯瞰で見てる自分が"お子ちゃまめ、そんなことで憤慨するとはww"と鼻で笑っている。
やるせないというか、もやもやというか……言葉にできない感情で、胸が埋め尽くされる。
涙は結局、溢れ出た。
(ああもう、本当に……なんでこうなんだ……ツイてなさすぎる……)
自分の涙でタオルケットが濡れて、湿気った部分が頬に擦れてもちゃもちゃと不快な感触を与えてくる。無性に惨めな気分になった。
すると、今度はマリアへの素直な気持ちが頭の中に湧いてきた。
(なんで人の話すらろくに聞けない奴が、あたしより楽しく生きてんの?)
ピロリン、とまたMINEの通知音が聞こえた。あ、また鳴った。マリアの飯の画像かなんか?それか買った服の画像かもしれないな。
……腹が立つ。
(あんな奴死ねばいいのに)
過激な考えだな、とは思ったけれど、その考えが頭の中で反芻される。
そのまま、あたしは生暖かいタオルケットの中で意識を手放した。
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