後編
……自分のすぐ近くで、何かが震えている。
それを認識したら、今度はその震えている何かが、けたたましい音も同時に上げていることが分かった。
それは、薄い板だった。タオルケットから頭を出してそれを見ると、それは光っている。
……あ、スマホか。
「…………ゔぅ゙……」
震えて鳴って光る薄い板が、スマホだと認識するのに数秒かかってしまった。あたしの頭、今最高にバグってる。
どうやら誰かからの着信を受けているらしいスマホに、すぐには手を伸ばさずに、のそりと起き上がる。タオルケットが、あたしのすぐ脇に力なくしなだれた。
「………」
スマホが静かになった。部屋の中が、静寂に埋め尽くされる。
そこで、あたしの部屋が完全な暗がりになっていることに気づいた。……時間が経つのって早いね、もう夜になってる。
「……あ゙ぁ゙……………ぅ゙ゔん、っ、」
叫んだ訳でもないのに、喉が妙に枯れている感触がある。
試しに声を出してみたら、かなり掠れていた。……これでカラオケ行ったら、いい感じのハスキーな声が出せそう……でもとりあえず水飲もう……
そう思ってベッドから降りた瞬間、スマホが再び震え出した。また電話だ。
今度は、しっかり電話に出る。
「……も゙しもし?」
『すみません、こちらレイさんの携帯で間違いないでしょうか?』
「はい、そうですけど……」
『警察です。アカリさん……レイさんのお母様が、○○県××市の国道△号線で、事故を起こされまして……』
そして、電話の内容を聞いた途端に頭が真っ白になった。
そこから先の記憶は、あたしの頭には残っていない。
◇◇◇◇◇◇◇
「……ねぇ、レイのお母さんが事故ったってマジ?うちのママが言ってたんだけど」
「マジ〜。なんか、10mくらい飛んだらしいよ。んで、事故現場にピンクのフリフリがいっぱい落ちてたって」
「えぇ〜グロ〜」
「ってか今日、マリア来てなくない?え、大丈夫?」
「わかんね〜……ってかそれ言うなら、レイもいないじゃん」
「確かに。もしかして、レイも轢かれたんじゃっ……、…………」
……教室に入った瞬間、辺りが静かになった。耳に不快な声は、聞こえなくなった。
「…………」
「…………」
周りの子達がみんな、喋らない。視線が、刺さる。
「………………あっ、やば。ねぇ見て」
1人が、喋りだした。
「…………は?ガチのヤツじゃん」
「マリア死んだの?」
「これあのワオンモール近くのでかい道路じゃん………」
「ねえ、この名前さ……」
教室に、ひそひそが増殖する。
そこに、がらがらという扉が開く音が鳴った。
「おいみんな席に着け、大事な報告がある」
これは、あたしの担任の先生の声。
「もう知ってるかもしれないが……先週の土曜日に、××市のワオンモール近くの国道で、マリアが交通事故に遭って、そのまま亡くなった」
「やっぱり……」
「え、せんせー!マリア轢いたのはレイのお母さんですよね?」
「えっ、そうなの!?」
「怖すぎ」
「マリア…………」
今度は、ざわざわが蔓延している。
「え、てことはさ……」
その声だけ、はっきり聞こえた。
「レイのお母さん、人殺しってこと?」
その声の後、先生の声が聞こえた。ドンッと、機嫌が悪い叫ぶような声。
それに続いて、周りがうるさくなっていく。
人殺し……人殺し?
そういえば、警察の人は一昨日、お金の話してたな。
お母さんも死んだって言ってた。遺族の人……マリアのお母さんとかお父さんとかお兄さん、弟さんにお金を払わなきゃいけないって。
億……だっけ………………億…………?
あたしにそんなお金、払えるわけない。
人殺しという単語が、あたしの頭の中をぐわんぐわんと巡っている。気持ちが悪い。
周りの喧しさも相まって、耳がキンキン喚いて、目が回った。世界が180度回転を繰り返すような視界の動きが、あたしの鳩尾を内側から撫でつける。
「うわっ、レイが吐いた!!」
「誰かティッシュ持ってない?」
「ティッシュじゃだめでしょ、トイレットペーパー!!」
「レイ、大じょ……」
鼻にツンとくる酸性の匂いが、あたしの喉奥を抉っている。
目の前に、昨日なんとか食べたご飯混じりの流動体が広がっている。
あぁ、無理、無理、無理……………
…………こんな現実、これからも続くの……?
もう、終わってよくない?
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