スイッチを押せば灯りは消える

繋ぎ目が溶けてゆく

真夜中がそんな

沈み込んで淵の際に


たたずむは

おぼろに(そして)

囁くのか


虫の音もなく

月は夜の影

目を凝らしても


覚束ない

その日の思い出

夕立の飛沫が

その匂いを呼び覚ます


匂いの夜に

記憶の残り香が

ひとつ

ふたつと

泡のよう


鼻腔には

貴女が残した

かすかな記憶


深夜のバス停で薄明り

待つ人もなく

送る人の影もなし

夜風もなく

その後ろ姿が懐かしい

君が去ったその日


照りつけた夕景には影が差す

道に焼き付いて

二人の影が揺れていた

包み込む黄昏に

声もなし

夏が去ってゆく

君が去ってゆく


遠雷の音に稲光が差し

風が吹く

土の匂い

君の匂いも吹き消して

道路のシミが増えてゆく


「さようなら」

不意に思い出す彼女の声

そんな声だったのか

忘れていたよ

ちょっと悔しくて

とても悲しい

きれいな声


バスが訪れて彼女を連れ去った

陽の落ちる田舎道

独りで帰る

帰り道


傘もなくずぶ濡れになりながら

涙が溶けた頬の雨

雷の音を聞きながら

宵の息

夕餉も忘れ

目を覚ませば雨上がりの

軒の下


そんな一日だった

そういう一日だったよ


真昼の日差しが照らす君が

いた事すらおぼつかない

夜の夏


もう明日になる日

日めくりのように

忘れたい

この世の記憶がまた一つ

その夜のさびしさは

忘れない


灯りを消して

ため息の音

闇に沈んで溶けてゆく


誰も聞かない

夜の声

「ああ…」


そして闇はおとずれる

彼女の名を

今一度

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