幻灯記

誰も知れずに夜の庭

真夜中に鳴る

何処とも知れぬ

鐘の音


誰が打つのか

鳴らす音色に

撃てば響くよ

心の底で


銅の唐金

青銅器

刻む文様

香炉の匂いが

闇を抜く


蠟燭の明かりが揺れている

誰が持つのか

廊下の燭台

回廊にきしむ足音

声もなし


着物の裾が揺らめいて

彼女の絡む後ろ髪

夜の風は濡れていた

貴女の願いは誰が聞く


願いはかなうか

参りましょう

あの人の帰りは誰が知る

神や仏もご存じない


百鬼夜行は堀の外

そこにいるのか

胸騒ぎ

ふさぐ心か魂よ

震えて揺れたは

誰のせい


白き衣の背中がそこに

黒き御髪が

からすの濡れ羽

怪しきは誰

妖しきは君


声なき女の行の夜

その気配だけを

あの気配だけが

道しるべ


鬼が引くのか牛車の轍

鬼が待つのは桜の下に

影の気配が蝋燭に

映ろうか虚ろうか


逝く音に

響く調べの

鐘の音


まだ見ぬ桜は

蕾のままに

夜は明け染めるや

大路の向こう


都の夜が去ってゆく

何かが通り過ぎてゆく

空に浮かぶは信号機

交差点は四つ辻の


鬼の気配が薄れゆく

都大路の春の空

女の残り香

立つ夜明け

朧な雲に欠けたる月の

夢物語


今は昔に帰りたい

靴音だけの路地裏に

夜の気配を染み込ませ

男は露に溶けてゆく


地蔵菩薩の街角に

線香が引く

たなびく煙の

儚さよ




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る