第5話 まだ掃除が終わらない
夕食の会計を済ませ、店を出た。ほろ酔いで帰る道。日が沈んで、よりネオンサインや看板たちが主張し始め、下品に思えた派手さがむしろ街を輝かせていて、活気を引き立たせていることに驚いた。
新しい住居に戻り、まず新しいシーツに交換してベッドを使える状態にした。そして、ベッドに座りつぶやいた。
「そういえば、今日引越ししたばかりだった。すげぇ疲れたよ」
深い呼吸と共に思わず言葉が出ていた。それから、シャワーを浴び、埃を落として、とても深い眠りについた。
翌朝、いつも起きる時間に勝手に目を覚ました。見知らぬ部屋、思わず声が出た。
「どこだ、ここ。あ゛~、ぇ?」
そうか、旧市街に来てたんだ。いつもと違うベッドだったけど、しっかり寝ていた。今日、立ち退き最終日。今更、何の荷物を取りに行くっていうのさ?ゲノブ爺の音楽ディスク、多すぎてどれ選んでいいか分からないし、工具類は兄弟子たちの許可がいるし、バス移動で運びきれない。もう、切り替えて行くしかないんだ。
そう自分に言い聞かせ、顔を洗う。今日は1階の掃除片付けだから、いつもの作業着に着替える。そして、長い髪をササッとまとめ帽子を前後逆に被る。外作業じゃないから上の視界は、より見やすくしないと。階段を下り、裏口も気になるが、まずは1階の換気も兼ねてシャッターを開ける方が先だろう。
入口を開け、その隣にある搬入口シャッターをガッと引き上げた。
「フンス!・・・腰、痛めるわっ!」
がっちり固まって、びくともしない。室内スイッチ開閉シャッターかもしれないので、スイッチを探す。室内に入り、搬入口付近にあるスイッチを押してみると、照明がついた。
「違うよ、考えろ。シャッターだろ?開閉の印があるでしょ。蓋付きで安全面考慮してさぁ」
奥に進んだ壁と柱部分に蓋が閉まっていたボタンを発見した。
「さぁ、開いてちょうだい!」
縦に3つ並んだボタンがあったので、上側を押した。
ガッガガガガガ
10cm程開いた。それから、動かそうとする音はするが無理している感じだったので、真ん中のボタンを押すと止まった。
「上げ、停止、下げ、そういうボタン配置だろう。潤滑油を吹き付けて、しばらく放置後、開閉試験だね」
元々整頓されていた工具類の中から、潤滑油配合スプレーを見つけ出し、脚立を使って内外稼働しそうなシャッター関連部分をスプレーを吹きかけた。
「さ、その間に出来る掃除をやりますか」
1階の設備や来客用ソファーや受付カウンターといった配置は、新市街の店と同じ配置なので自然と体が動いた。普段通りの掃除と準備という感じだった。受付の後ろには壁を挟んで、簡易給湯設備な小さなキッチンがある。この辺も、普段と変わらず掃除ができた。
数時間経ち、問題のシャッター。
「さて、動いてみせてよ!」
上側ボタンを押した。
ン゛ーガガガガガガ
シャッターが動き出した。
「よぉし、動き出した!」
両腕を上げ喜んでいると、開いたシャッターの向こう側に驚いたリブオと老人がいた。
「わっ!大丈夫ですか!」
「このシャッターが動き出すなんて、いつ振りか!びっくりしたぞ」
「搬入口開けないと、リブオさんの車両入れられないので」
「あのさ、嬢ちゃんに紹介しておこうと思って連れてきた人がいるんだよ。ゲノブガレージと両隣の家主である、ラントイだ」
「ん~、ラントイだ。ゲノブに雇われてたんだってね」
「アズキと言います。新市街のゲノブガレージで住み込み従業員でした。ここの家賃とかどうなってます?」
「あのな~、ゲノブに貸してたんだけどさ、ここ、そもそも古いし空いてたんだ。だから、ゲノブ名義のまま放置してた感があるな~。また、しっかり使い始めるんならさ、軌道に乗ってから賃貸料もらうってのでどうだい?」
「そんな契約いいんですか?」
「ゲノブの弟子ってよしみさ、好きに使いなよ。両隣は空いてるし、隣の駐車場も使って構わないし、少々の騒音も問題ない」
「ありがとうございます、住まわせてもらいます」
話が済んだところで、ゲノブは袋を差し出した。
「嬢ちゃん、ほれ食べな」
「あら、また頂けるんですか?」
「廃車みたいなもんを押し付けるからな」
「トラックでしたっけ?」
「そうだ。手配が済んで、明日には運んでもらえる。昼以降には到着しているだろう」
「分かりました。片付け急ぎます」
リブオとラントイは去っていった。
時計を見ると、また昼食時をかなり過ぎていた。
「これは、休憩しろってことだな。カツサンドを頂いたし、食べますか」
ソファーに座り、室内を眺めつつカツサンドを頬張る。入り口と搬入口が開いたことで、とても明るく室内が照らされる。
「ゲノブ爺は何でこの場所から新市街に移ったんだろう?環境は、旧市街店舗の方が馴染みも多いのに」
そんな事を考えながら食べ終えると、また掃除に戻る。
集中していると時間というのはあっという間に過ぎて、日暮れの時間になっていた。
「あ゛~、また食料品買ってない!・・・食べいくか、買って帰るかだな」
アズキは戸締まりをして作業着のまま、商店街に向かっていった。
翌日、リブオが運んでくるという車両を待つ。昼以降という予定だったが、年配者の言う予定時刻は早まると予想している。それは、ゲノブ爺が予定の2~3時間は早く行動していたため。
「ほら、やっぱり」
レッカー車に牽引され、小型の車が到着した。アズキの読み通りである。
「嬢ちゃん、トラック持ってきたぞ」
「へ~、6輪バギーのダンプって感じですね」
「トラックと違うのか?」
「荷台が起こせるかどうかで呼び名が変わってきます。でも、この車は運転席からして違う。何ですこれ?」
「ゲノブの弟子が知らんのか?運転席が取り外しできる車両だぞ。ヤツの専門分野じゃないか」
「話には聞いてましたが、新市街のゲノブガレージでは、今時の車しか扱ってなかったんです」
「なんと!・・・ま、続きは後じゃ。車を中に入れないとレッカー車は時間レンタルなんで、割増になってしまう」
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