第2話 離れる前に
コンピュータ端末の銀行振込画面にカチャカチャと数字を入力し、画面上に[振り込まれました]と表示された。
「え、そんなに?」
アズキが驚くのも無理はない、高級車が2台は買える金額が振り込まれた。しかし、アズキは見逃さなかった。残高表示には、さらに桁違いの金額がある。
「なんですか、その桁数・・・」
「お前見たな、残高を。まぁ、いい。あのな、オレたちはこれから起業するんだ。だから、立ち退き料を多く貰う必要がある。オレとヲニーカで8割分だ」
「あ゛?」
「納得はいかないか?それならどうだ、お前秘書としてウチの会社に来るか?」
「何を言ってるんです?」
「オレたちはな、アンドロイド生産や運用等を扱う会社を立ち上げる。社名は『アッパーライトカンパニー』だ。お前知り合いいねぇだろ。働き口はあるのか?ないなら、ウチに来い。当面の生活費は、その振込額で余裕あるだろ」
何とも強引で他人をモノとして見ているような言い方。言葉に深み、重み、信念が伝わってこない。
「いえ、アタシは別の働き口を探します」
「アズキ、お前何言ってんの?モマゥル兄貴が誘ってんだぞ。これからは古い機械じゃなくてアンドロイドなんかの新型に乗り換えるもんだって。ゲノブ爺にも散々言ってきたが、聞き入れようとしなかった。だから、ゲノブガレージは売上伸びなかっただろ。時代が違うんだって」
「ヲニーカ、ゲノブ爺のことは言う必要はない。アズキ、気が変わったら、オレに連絡しろ」
兄弟子たちは、片付けを始めた。
「オレたちは、起業で忙しい。時間がないんで、もう出るからな」
「ヲレらに付いてくれば、儲けられるのによ。じゃぁな」
「そうですか、お気をつけて」
アズキは、社交辞令として言葉をかけ送り出す。
兄弟子たちが見えなくなって、アズキは店内に転がっていた何かの部品を壁に両手で力いっぱい投げつけた。
「誰がお前らなんかと仕事してやるかぁぁぁぁぁっ!」
アズキは店のシャッターを閉め、2階の住居部分に移動した。
この胸糞悪い気分を変えるため、ゲノブ爺の音楽ディスクから音楽を流す。とても低く重いウッドベースの音が響く。ぐはぁ~と深くため息をつき、散乱した音楽ディスクや書類の山をかき分け、アズキは座り込んだ。
「置いておこうと思ったけど、何枚か音楽ディスクを持っていくか。コンピュータ端末でも、まだディスク再生できたよなぁ。アタシの荷物は少ないし、トランクケースがまだ余裕あったし」
アズキは、音楽ディスクの表面デザインからピンと来るものを適当に選びだした。ついでに書類もまとめて収納棚に片付け始める。歩くのに困らないよう書類を積み重ねていき、掃除機をかけた。
ソファーに座り、片付いた景色を眺める。適度に日が差し、疲労もあるのでソファーに横になって音楽を
ボーっとしつつ、目線の高さから収納棚の下段を眺めていた。
「棚の下、扉の中ってなんだっけ?」
のそのそと起き上がり、収納棚の前にしゃがみ、扉を開ける。ゲノブ爺の持ち物だからと見向きもしなかった収納棚の下段には、本がたくさんあった。
「この量は持ち出せないよ」
年代物の本が並んでおり、整備の仕事に必要なさまざまな機械の仕組みや小説等、ジャンル問わずあった。何か挟んであるかも?と思い、一冊ずつひっくり返してパタパタ振っては棚に戻す。
「何も出ず。お宝なし!」
ブツブツ言いながら、本を調べていると薄っぺらい本が出てきた。タイトルが[着脱式卵型操縦席の未来]、著者名が[ゲノブガレージ]となっている。
「え、ゲノブ爺が書いたの?」
始めの方には、以下のように書いてある。
「車等、運転席・操縦席は卵型の形状をしたモノコックと呼ばれる構造が使用されているが、先の大戦で使用されていたモノコック構造を縮小し、操縦者の座っている姿勢を包み込み、さらに着脱できる操縦席の未来について語りたい」
アズキは思い出していた。ゲノブ爺がひどく酔った時に何度も聞かされた着脱式操縦席の活用法。かつての大戦の最中、車両や機械が破壊されても操縦席が無事なら、操縦席を移し替え、別の機械を操縦する。それを可能にした[BASE-OS](ベースオーエス)と呼ばれる管理システム。双方の組み合わせが最高だと。他国では、作業用ロボットにすら操縦席を載せ替え動作していたらしい。
しかし、操縦席のみで着脱できるわけではなく、吊り上げ下げする装置が別途必要なので戦闘中に載せ替えする余裕はなく、やはり単体操作が好ましいという意見が多く、着脱式操縦席は姿を消した。
本の最後のページを見ると、集合写真が載っており、昔のゲノブガレージ従業員で作った同人サークル誌のような作成物であることが理解できた。
「これは、記念に残しておきますか」
アズキは、ゲノブが書いた本と音楽ディスクを数枚、あとゲノブ爺の写真を1枚本に挟んで、トランクケースに収めた。
やがて日が落ち、また夜空と夜景を見ながら、音楽と酒で自分を癒す。
そして、ぼんやり考える。
「あと2日で完全立ち退きか。それなら、明日移動しちゃっても構わないってことよね。忘れ物を取りに来る余裕があるわけだし。それに、ゲノブ爺が渡してくれた鍵の場所があるのかどうかも分からないから」
翌朝、早く目が覚めたのでシャワーを浴び、身支度をした。一応戻って来ないつもりで、部屋の最終確認。ブレーカーを落として、10年暮らした部屋と店を出た。
新市街とも当分お別れだろう。近未来感と言われる建物はとても冷たい印象だった。待ちゆく人たちも人とアンドロイドが半々で、この光景も驚かなくなった。大体の公共交通機関はアンドロイドか自動運転だしより正確な運転をしてくれる。これから乗るバスもアンドロイドの運転。
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