旧市街に救われたアタシの日常
まるま堂本舗
第1話 再開発
「この部屋の景色も、あと数日で終わりか」
独り、部屋で酒を飲む。持ち物は元々少なく、ゲノブ爺の残した物が多かった。何に使うか分からない資料や写真。今時、写真現像してくれる場所が新市街にはない。旧市街に行かないと無理な話。それに、旧式の音楽ディスクが大量にある。試しに再生させてみると、なんともビンテージな管楽器の音が心地よい。無機質な新市街のビル群と照明、今一つ改善されない大気の薄汚れた煙に反射した、紫の夜空がさらに音楽に合う。
ピリリリリ
携帯端末が鳴る。
「はい、アズキです」
「あ~、ヲレだ、ヲニーカだ」
「なんですか、兄弟子」
「明日よぉ、モマゥル兄さんと3人で、朝から立ち退き最終打ち合わせやるから。手続きが残ってたら言ってくれ」
「ゲノブ爺さんの荷物って形見分けとかするんですか?」
「ゲ~ノブさんの所有物って化石クラスだろ?どこで使うんだぁ~?アズキがいるなら持っていけばぁ?」
「・・・そうっすか」
「アズキは内弟子でやってたからな、思い入れもあんだろ?娘扱いされて、値打ち物を貰ってねぇのか?」
「何も貰ってないです。まぁ、住み込みでやってきましたが、年の差がありすぎて孫程度だと思いますよ」
「はぁ~ん、そうか。んじゃ明日な」
ブツッ
雑な電話の終わり方。
何年経っても兄弟子2人とは合わないし、馴染めなかった。やっと離れられるというのは心底嬉しい。それに、そんな兄弟子にバカ正直に答える必要ない。
アズキは、酒の入ったグラスを片手にソファーからベッドに移動し、サイドテーブルにある紙袋を開けた。その中にはゲノブ爺が入院する前にアズキに渡していたものだった。
「ワシに何かあったらこの鍵の場所に行くといい。旧市街だ。アズキは移民で身寄りがない。とりあえず住める場所だ」
この鍵を受け取った後、数ヶ月してゲノブ爺は亡くなった。それから、どうにか『ゲノブガレージ』という小さな整備工場を兄弟子たちと引き継ぎやってきたが、今度は新市街の工業地帯再開発に巻き込まれた。再開発資料は見せてもらったが、役所担当者と話し合いにアタシは参加させてもらえなかった。兄弟子たちだけで話をして
立ち退きが決定した。兄弟子たちは実の兄弟ではないが、兄弟くらい繋がりがあるように見える。
「
アズキは、しっとりとした音楽に包まれながら眠りについた。
翌朝、身支度をして兄弟子たちとの話し合い準備をする。店舗2階が住居、1階がお店。こういう時に寝坊でもしようものならこれ見よがしにいびり倒される。換気と掃除と朝早くから行ない、隣近所の方々とも挨拶を交わす。
「この辺一帯が再開発だってよ」
「住人追い出してどうなるんだい?」
「人はいらねぇ、アンドロイドが労働力だ」
「今でも新市街はそうじゃねぇか」
「いよいよ、工業も機械が機械を生産するとさ」
そんな会話が毎日繰り返される。噂話に尾ひれがついて、何が本当か誰も知らいないんじゃないの?そう考える。
掃除も終わり、湯も沸かし、飲み物の準備をして、兄弟子たちの到着を待つ。
「朝からって言ってたよなぁ」
携帯端末に電話をかけるが出る様子がない。本当にいい加減な連中だよ。
結局、昼近くになって、兄弟子たちが来た。
「いや~遅れた」
「ヲニーカが迎えに来るのが遅ぇんだよ」
「1時間しか遅れてないだろ、風呂入りたいって、それから時間食ったのは、モマゥル兄貴のせいじゃん」
「オレ様のフレンズが離さなかったからな、香水が2種類ベッタリ染み付いて洗い流したかったんだよ」
「昨日、2人相手にしたのか!あ、すれ違ったあの2人か!この前とも違う相手じゃん!」
「オレ様のフレンズは増え続けるんだよ。オレ様の取り合いで困ったもんだよ」
謝りもせず、話を続ける兄弟子たちに、アズキは無表情で佇んでいた。・・・兄弟子たちって、何故かモテるんだよな。だらしなく、いい加減で、派手好き。車の整備依頼で来たご婦人も簡単に落ちてしまうし、ホストクラブのような店内だった時もある。アタシが18歳でこの店に雇ってもらいあれから10年。多少の惚れた腫れたな事もあったが、兄弟子たちに惚れることは、やはりない。
「おぅ、待たせたな」
「あの、モマゥルさん、遅いんで電話したんですが」
「それな、さっき携帯見たんだ。やっぱりさ、シンプルな携帯端末って物足りないよな。一昔前の多機能携帯に戻ってくれないかな~」
ヲニーカがその話に加わった。
「それなんスよ。便利なのに多機能携帯端末が一斉に動かなくなって、それがどこからかのハッキングによるって噂でしたね。ヲレは、中央都市にある政府AIが絡んでる話を信じますね。」
「ぁ~その話な。多機能携帯持つ人の全データを吸い上げたって陰謀論。あれから、シンプルな通話・文字通信・時計の機能しかねぇ。カメラ機能もない。普通にカメラを持てってよ」
兄弟子たちと話をすると、初めから噛み合わない。話す気がないんだろう。
アズキが話を戻すよう、本題を言う。
「立ち退きの件ですよね、今日は」
モマゥルがソファーに座り、ヲニーカも座った。アズキがコーヒーを二人に出した所でようやく本題を話しだした。
「そう、その話だ。ヲニーカ、資料を」
「はいはい」
アズキが対面に座り、資料を見る。
「この資料にあるように、2日後にこの周辺建物から住民は完全撤退させられる。立ち退き料はすでに支払われている。アズキ、口座番号を教えてくれ。ヲニーカ、コンピュータ端末を出せ」
アズキは銀行カードを差し出し、ヲニーカは薄型アタッシュケースのようなコンピュータ端末を起動させ、ネットワークから銀行振込を表示させた。
「よぉし、いいかアズキ。すでにオレとヲニーカは立ち退き料を配分し貰っている。残りはアズキの分だ。今から振込する。よく見てろ、これがお前の取り分だ」
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