第33話 丸裸にされる男
“桃太郎”の灰色の眼差しが一瞬、揺らいだのを俺は見逃さなかった。
ここの連中は“桃太郎”の名を口にしていない。
ということは、この店ではその名は使っていないということだ。そして、桃太郎もそれをわかっている。
俺は“桃太郎”を知る理由を上手くでっち上げなくてはならなくなった。
冷房の効いた店内で俺ひとりが冷たい汗をかき始めている。
どどど、どうしよう。
「ボクを……ボクとどこかで会った?」
桃太郎は、ほんの少し言い
首を傾けて長い前髪の隙間から覗き見るその灰色の瞳はカラーコンタクトだと頭ではわかっていても、皮膚のあまりの色素のなさに生まれつきなのかもと錯覚させる。
カウンター椅子に半ケツを乗せたまま身動き取れずにいる俺は、それでも頭をフル回転させた。
「ま、正男の店で見かけて……“桃太郎”と呼ばれていたから……」
しぼり出した言い訳の割には上手いこと言ったぞ俺。
「正男? ああ、二丁目の正子さんのお店のこと?」
桃太郎は指で髪をいじりながら俺の頭から
少し、つり上がったの切れ長の瞳は、まるで古いアニメで見た
ガキだがエロいオーラがハンパない。
麻のゆったりとしたパンツのポケットに片手を突っ込み、髪をいじりながらたたずんでいるだけなのに店中の視線を集めている。
そして、それを当然のように全身で受け止める桃太郎は、なるほど
野郎にも使うのかわからないが、こういうのを妖艶というのだろう。
しかし、桃太郎の次の言葉で、俺は“桃太郎”がただの金持ち相手の男娼でないことを知った。
「その靴、誰に借りたの? 靴紐のクセと違う場所で結んでるね。その人に結んでもらったんだ。恋人? いいの? 遊んでて」
愉快そうに目を細め、桃太郎は俺と少し離れた位置に座った。
革靴の
持ち主の足に合わせて結んだら、そう結びなおすものではなく、ブチ犬が俺に合わせて結び直した結び目から自分でやったのではないとバレてしまった。
なんたる観察力。
それならばと、俺もやり返す事にした。
「あんたこそ、彼氏を車で待たせてこんな店に来ていいのか?」
どうだ驚いただろう。
半分はハッタリだが俺のハッタリはよく当たるんだ。
「……どうして、そう思ったの?」
桃太郎は椅子を回して組んだ足をこちらに向けた。
「電車なら駅から十分も歩けば汗だくのはずだ。だから、あんたは車で来た。しかしポケットにはスマホの膨らみしかない。タクシーなら財布くらいは持って出るだろう?」
桃太郎は肩をすくめてポケットに入れていた手を出す。その手には、やはりスマートフォンが握られていた。
「電子マネーで支払ったのかもしれないよ?」
「ああ、そうか。俺は現金主義だから思いつかなかった」
俺は頭をポリポリとかきながら、座り直してグラスに残っていたオレンジジュースを飲み干した。
「ねえ、もう一つの理由は?」
ん? あ、“彼氏”ってところか。
「店内の様子を見て、すぐに連絡がとれるようにスマホを握っていたんだろ? 相手に待ち時間を知らせる配慮をするってことは親しい間柄。まさか家族じゃないだろうしな」
「ふーん……」
桃太郎の雰囲気が俺に興味を持ったように変わった。
「で、答えは?」
答え⁈ なんのことだ⁈
警察だと名乗って捜査協力を仰ぐのは無理だやめておけと俺の本能が警鐘を鳴らす。
「そ、そうだ。二丁目の正子の店であんたを見かけて……金持ちっぽいオヤジといたから、こういう店で会えるかと……靴は友達に借りた。ついでに言うと、服も時計も全身、全部だ」
俺は、すべて見抜かれてしまったと大袈裟に天を仰いだ。
桃太郎は「だと思った」と、くすりと笑った。
なんちゅう可愛い顔すんねん。
気まぐれでわがままな女王様だと思われているのは、この優れた洞察力で相手の腹の底まで見抜いてしまうからなのだろう。
くだらない虚栄心や
よし、そこを利用してやる。
「あんたに会うためにカッコつけて来たのにー!」
「あはっ、残念だったね〜」
コロコロと笑い声をあげる桃太郎は第一印象と違い少年のようだった。
「ボクに一目惚れしちゃったの?」
嬉しそうだな。
「た、たぶん……」
「で、現れそうなお店を探したんだ」
「そうだ」
「お友達に服と車まで借りて」
「なんで車だと……? そうか、オレンジジュース……」
「ここで何軒目だったの?」
「……一軒目だ」
お前を探して求めて百軒目とか言った方が良かったか⁈
俺はドキドキしながら返事を待った。
「ねえ、なんか嘘ついているよねー?」
「嘘⁈ 嘘なんか……」
ここ、冷房が効いてないぞ!
「この店ってホームページとかないんだよ。知ってないと来れない場所なの。いったい、ボクとあなたは誰でつながっているの?」
うう、もうダメだ〜。
桃太郎に見透かされて丸裸にされる〜。
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