第28話 たらこの男


「探し出すのが無理なら、会長を見張るか脅して呼び出させるか……」


 ブチ犬に、捜査のために尻を差し出せというのも面白いが、恨まれても嫌なので他の方法を考えることにした。


 手がかりは“桃太郎”という源氏名と似顔絵だけ。


 会長は連絡方法を知っているだろうから、やはり会長をしめ上げたほうが早いか?


 しかし、捜査対象のサンタ会長には俺たちが名簿も追っていると知られたくはないな。


 さて、どうしたものかなぁ。


 俺がカウンターに腰かけて頭を悩ませていると、ブチ犬も正男の指示でおしぼりを冷蔵庫に入れながら思案していた。


 しかし、やはり妙案は浮かばないようだ。


 しばしの沈黙を破ったのは氷をアイスピックで割る正男だった。


「ハッテン場にいるかもしれないわね〜」

「なんだそりゃ」


 正男は高速で板氷いたごおり粉砕ふんさいしながら、会長と桃太郎が来店した時間が気になっていたと話した。


「中途半端な時間帯だったのよね〜。同伴でもないしアウターでもないし。だからプライベートだったんじゃないかしら〜?」


 正男は『ハッテン場』と呼ばれるゲイが集まる飲み屋があると教えてくれた。


 その場で一夜かぎりの関係を結ぶこともあれば、恋愛に発展することもある。


 金持ちのパトロンを探す野郎もいるという。


 仕事でもカマを掘ってプライベートでもカマを堀りに出かけるなんざ、どんな生活しとんねん。


 あ、掘られているほうか? それでも出すモノは同じか、おえっ。


 俺は小太りの会長と少年のような桃太郎のベッドシーンを思い浮かべて身震いをした。


「きっと、おうちゃんの方が話を聞き出せるわよ〜」

「なんでだ?」

「犬ちゃんより、おうちゃんの方がモテるからよ〜」

「ええ⁈ 先輩がですか⁈」


 なんだとブチ犬、どういう意味だっ。


「犬ちゃんは可愛いけど〜ノンケ感出てるし〜、その点、おうちゃんはリバからモテモテなはずよ〜」


 リバとは、どちらの立ち位置でも可能な野郎を意味するらしい。


 俺の息子様が縮み上がっちまうぞ。


「会長ちゃんってお金持ちよね? だったら、公園ってことはないだろうし、ガチムチ系でもないしー……って消去法でいけば、場所は絞られるんじゃないかしら?」


 そうか、働く店を探すんじゃなくて遊んでいる場所か。それなら本人の好みが出るはずだ。


「正男、お前は二人に直接会ったんだから、二人の雰囲気を見ただろ? 出入りしてそうな、おおよその居場所を考えてくれ」

「そうね〜……」


 正男は年齢の高い金持ちが出入りする店で、かつ、桃太郎のように未成年にも見える若者の出入りを許している店として、二人のどちらかがいる可能性の高い、数カ所を示してくれた。


「夜の捜査なんて胸躍むねおどるわよね〜」


 正男はそう言って発達した胸筋をピクピクさせる。


 それを見たブチ犬はボールペンを落としそうになるが、それでもしっかりと店名をメモに残したようだった。


「あ、二人で行かない方がいいわよ〜」


 そもそもカップルで行く場ではないという。


「一人の方が声をかけやすいし、かけられやすいのよ〜」

「なるほど、桃太郎っぽいオカマを探しているフリをすればいいのか」


 いや、実際、探しているのだが。


「オカマって言わないで! 差別用語よ!」


 アイスピックを振り上げる角刈り大男に逆らうバカはいないだろう。


 俺は「すまん」と謝り、頭をかいた。


「も〜、そういう風に急に素直になるところ、ずるいわよね〜。そう思わない? 犬ちゃーん」

「ええ、本当に。普段は意地悪なんですけどね」

「敵にも味方にも誤解されやすいタイプよね〜」

「心を開けば強い味方だとわかってもらえるのですが」

「面倒くさい男よね〜」

「その通りです」

「苦労するわね〜」

「してますー」


 あはは〜と笑い合う二人の間で俺は眉間のシワを深くする。


「なんだ、なんだ⁈ お前ら、いつの間に同盟を結んだんだ⁈」

「あら〜、私たちは出会った瞬間から運命共同体ってわかっていたわよね〜」


 すっぴんのオカマは野太い首を傾げてブチ犬に同意を求めた。


 ブチ犬はカウンターを拭きながら、大きく頷いてみせる。


 いったい、なんの運命に共同したのか、さっぱりわからないが、意地悪だとか面倒臭いだとか俺様の悪口で盛り上がるなんて、ひどくないか?


 ぴえん。


 あ、古臭いと新人ちゃんに言われたばかりだった。


 まったく令和言葉は理解に苦しむ。“ヤバい”が褒め言葉だなんて、いつから変わったんだよ。


 口を尖らせる俺に正男は声を低くした。


「今日は月曜日。人出は少ないわ。闇雲やみくもに聞いて回っても桃太郎と出会える確率は少ないわよ」

「そうだが、それでも……」

「私の……友人に手伝ってもらうのはどう?」

「お前の友人?」


 めっちゃ、うさんくさい。


「大丈夫よ。貸しを返してもらうだけだから」


 グラスをキュキュッと拭きながら、正男はたらこのような唇を突き出してパチンとウインクをした。


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