第27話 高速で腰を振る男と尻に力を入れる男


「あんたたち、どこまでバカなの〜?」


 開店準備中の正男の店で、おれとブチ犬は掃除を手伝いつつ潜入作戦の相談を角刈りの大男にしていた。


 俺がイスを持ち上げて、ブチ犬が床をはいいていく。


「なにがバカなんだ? ブチ犬をそれっぽく変装させやがれって頭を下げてんだろっ」

「それのどこが下げてんのよ。だいたい、オカマとゲイを混同してる時点でおバカじゃない」

「なんだとー!」

「まあまあ、先輩。正子?さんの話を聞きましょうよ」

「犬ちゃん! 今、“正子”のうしろにクエスチョンがついていたわよ!」

「す、すみません。だって……」


 開店前の正男は眉なしのすっぴんで、ダボダボのタンクトップにピチッとしたホットパンツを合わせた変態度マックスの服装だった。


 隆々りゅうりゅうの胸筋はたくましくて羨ましいかぎりだが、時々、チラリと顔を出すピンクの乳首には勘弁してほしい。


 そして、引き締まった尻の形がハッキリとわかる後ろ姿も目のやり場に困る。


 いや、前から見ても目のやり場……というか、ソコに目が行って仕方がない。


 野郎の股間なんぞ見たくもないのに、なんというか怖いもの見たさ? 信じられないモノを見てしまった時の人間のサガ? 


 見てはいけないと思えば思うほど視線が吸い寄せられ、俺は人をバカと言いながら尻を振ってテーブルを拭く正男をガン見してしまった。


 現代にミケランジェロがよみがえったならば、ダビデ像は正男をモデルにして作りかえるだろう。


 それほど正男のスタイルは眉毛がないことを差し引いても完璧だった。


 丸くて柔らかな女の尻もいいが、鍛え上げられた筋肉は美しいなぁ。


「せ、先輩? そっちのケが?」

「へ?」

「鍛え上げられた筋肉がいいなんて……」


 あり? 声に出てた?


「おうちゃん、やっと私の魅力に気づいてくれたのね⁈」


 正男は見事なシックスパックをひねって尻を振った。


「いや、ちが……」

「嬉しい〜!」

「よ、よるな!」

「正子の“はじめて”あげちゃうから〜」

「いらん!」

「先輩、逃げてください!」

「おうちゃ〜ん♡」

「ギャー!」


 元・SWATの角刈り大男に押し倒されたが、俺だって負けちゃあいないぞ。


 覆いかぶさってくる正男の腰を両膝で挟んで反転させ、マウントを取ったと喜んだのも束の間、正男は「ん〜♡」と、分厚い唇を差し出してくる。


 間一髪、のけぞったすきに、正男は俺の首に腕を回してニンジャチョークを仕掛けてきやがった。


「うわっ!」


 俺は頭を振って、それを回避した。


「あら、おうちゃん。今のはいい反応ね〜。でも無駄な動きが多いわよ〜」

「やめろっ。もう終わりだ」

「いやよ〜、FBI時代を思い出しちゃうわ〜。私たち、ベストバディだったわよね〜」

「そ、そうだったな。でも、もうやめろ」

「あの時みたいに、おうちゃんの腕の中で眠りたい〜」


 ブチ犬が「腕の中⁈」と口に手を当てた。


「ちがっ、あの時は野外演習で寒かっただけだっ」


 なんで俺はブチ犬に言い訳してんだ?


「おうちゃんが『もっと、こっちに』って、私を引き寄せたんじゃなーい」

「寒かっただけだ!」

「足をからめてきたくせに〜」

「絡めてない!」

「あら? 真ん中の足だったかしら〜?」

「気持ち悪いこと言うんじゃねー!」

「熱くなってたクセに〜」


 腰を高速で振りながら、にじりよって来るオネエ言葉の大男に貞操の危機を感じていると、俺と正男のあいだにブチ犬が立ち塞がった。


 おー、そうだよブチ犬。仕事の話に戻さないとな。


「お、お二人の関係は過去のもののはずです。今、先輩は自分とバディなんです。正子さんではありません」


 おい、なにを言い出した?


「な、なので、先輩に触らないでください!」


 おーい、なに言ってんだー⁈


「ふん、ナイトきどりってわけね。いいわ、私からおうちゃんを奪ってみせなさい!」

「そもそも、先輩は正子さんのものではありません!」


 二人とも? 落ち着いて?


 姿勢を低くしてかまえる筋肉隆々の正男と、それをマネしてファイティングポーズをとるブチ犬。


 どこをどう見てもプルプル震えるブチ犬の敗退が濃厚だ。まったく、ガキの頃からケンカはからっきしのくせに妙な正義感だけは人一倍だったからなぁ。


 いや、懐かしがっている場合ではない。


 二人は睨み合ったまま、言い争いを始めていた。


「先輩のわがままに付き合えるのは自分だけです!」

「おうちゃんは、わがままじゃないわ! ちょっと変人なだけよ!」

「気に入らないと、ちらし寿司にカレーをぶっかけてくるんですよ⁈」

「私なんか背後から撃たれたこともあるんだからねっ」


 悪口に聞こえるのは気のせいか? この、ぜんぜん嬉しくない三角関係をとめなくては。


 正男が本気で暴れたら店が崩壊するからな。


 えーと、まずは……


「おい、ブチ犬」

「なんですか⁈」

「お前から、やめろ」

「な! ……わ、わかりました」


 よし、いい子だ。


 ブチ犬はかまえをほどいて姿勢を正した。


 さて、正男。お前はどうする?


「や、やぁね〜! 本気でやり合うつもりはないわよ〜。ねー、犬ちゃん」

「は、はい、すみませんでした」

「謝らないでよ〜。じゃれ合いよ、じゃれ合い〜。私たち、仲良しだもんね〜」

「はい、な、仲良し……です」


 うん、バッファローみたいなオカマに仲良しと言われても戸惑うわな。


「正男、“桃太郎”を見つけたいんだ。そのために潜入を……」

「あのねー、もしもサンタの会長ちゃんが桃太郎の客だとして、会長ちゃんは小鳥遊たかなし会とつながってんでしょー? ってことは、桃太郎も小鳥遊たかなし会とつながってるってことよね? 小鳥遊たかなし会はかなめ会の顧客名簿で稼ごうとしてるんだから桃太郎はかなめ会の“モノ”ってことになるでしょー?」


 なにが言いたいんだ?


「だからー、簡単にデリヘルに潜入って言うけど、かなめ会が持ってる風俗店は数え切れないのよ? 桃太郎を知っている人に会うまでに、犬ちゃん、掘られまくっちゃうわよ〜」


 ブチ犬が「ひっ!」と尻に力を入れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る