第26話 実は、まんざらでもない男


 俺は再び、ブチ犬に合図を送った。


小鳥遊たかなし会の残党が同じビルの五階にいる”


 ベテラン捜査員だとしても、なにも知らされないで暴力団員と鉢合わせしては危険だからな。


 ほれ、警視正さまよ、伝えてやれ。


“五階”と手を広げて合図する俺に、ブチ犬は目をしばいて、曖昧あいまいに頷いた。


「ご……五人で……?」


 ちっがーう!


「五年前?」


 ちゃうわ!


「五万円⁈」


 なんでやねん!


「五階だっ、五階! 五階に小鳥遊たかなし会がヤサをかまえている! 会長と暴力団の関係も調べろっ!」


 振り向いた捜査員たちが一瞬、こわばった顔をしてみせ、俺と少しでも顔見知りのやつは俺に、俺と面識のないやつはブチ犬に歩み寄った。


仁王頭におうず、なんでお前がそんなことを知っているんだ⁈」

「警視正、本当ですか⁈」

「今朝、ガサ入れがあった場所が事務所じゃなかったってことか⁈」

かなめ 傘下さんかの組ですよね⁈ そんなデカイ組と三太九郎の関係はなんですか⁈」


 ねえ、みんな? なんで俺にはタメ口なの? しかも、呼び捨てだし〜。


「サンタクロース協会で偶然、小鳥遊たかなし会の、この……」


 ブチ犬は正男が書いた狐顔きつねがおの男の似顔絵を内ポケットから取り出した。


「この男を見かけました。男は“鈴木”と名乗り、教会にも出入りしています。内装業を営んでいると周囲に言っているようですが本当のところはわかりません。今、コピーをとりますね」


 レシート裏の、しかも俺のポケットでしわくちゃになった似顔絵をブチ犬に保管しておいてもらって正解だったな。


「これは警視正の手描きで?」

「え、ええ、まあ……そうです」


 ブチ犬は正男の存在をあかさなかった。いい子だ。


 ブチ犬が細かな指示を与えなくても捜査員たちは口々に次の行動を決めていった。


「会長と三太九郎の幼少期を知る人物を探しましょう」

「自分は影大かげまさの前科を洗い直します」

「防犯映像を集めてきます。犯人が写っているかもしれない」

「似顔絵を顔認識にかけてきます」


 さすが今話題の殺人事件に集められた精鋭たちなだけのことはある。


 慌ただしく捜査員たちは出払い、瞬く間に捜査本部は閑散とした。


 俺は、ふーっと、ひと息ついて椅子に座る。


「先輩、なんか、すみません。とっさに指示が出なくて……」

「いいさ、夕飯にデザートもつけろよ」

「へ? あ、はい」


 ブチ犬は頭をかきつつ俺に茶をいれて、隣に腰を下ろした。


「先輩、顧客名簿の存在を言わなくて良かったのでしょうか」

「それは鬼塚さんのヤマだ」

「あと、会長の性癖というか……」

「“桃太郎”は俺たちで探そう」


 俺はもう一枚の似顔絵を取り出した。


 俺の尻でグッシャグシャになったそれのシワを手で伸ばす。


 どこか人生を諦めた顔に見えるのは、正男の描き方のせいだろうか。


 三太さんた九郎くろうの部屋で見つかった身元不明の男性の指紋。その指紋は大きさから少年の可能性を示唆しさしている。


 行き場のない若者を保護していたサンタと、少年のような年齢の男を連れ歩く自称・善人の会長。


 双子の真ん中にいるのは、この“桃太郎”じゃないのかと俺のよく当たる勘が言っている。


 さてさて、昔話の桃太郎は川からどんぶらこと流れてきたが、リアル“桃太郎”はどこに流れているのかなぁ。


 んー、小鳥遊たかなし会の息のかかった風俗店を片っ端から……いや、違うな。かなめ会だ。


 日本最大級の暴力団を支えてきた収入源。


 そこに所属している男娼だんしょうで間違いないはずだ。


 俺が客を装って“桃太郎”を指名して……あ、俺はガサ入れの大立ち回りで奴らの世界では、ある意味、有名人になってしまっている。


 刑事デカだとバレている俺が“桃太郎”を探しているという情報はあっという間に広がってしまうだろう。


 潜伏されたら面倒だ。


 探されていると気づいていない今のうちに見つけ出したいな。なにか方法は……


 ふと、捜査資料に視線を落とすブチ犬の手に目がいった。


 相変わらず白くて細い指だ。節くれだっている俺様の指とは、えらい違いだな。


 まるで、女みたいな……


 ブチ犬の指先から肩、首筋に視線を這わす。


 痩せ型だが姿勢が良いその姿は着物が似合いそうだ。マイクを持つ姿がアイドル演歌歌手みたいだと思ったばかりだったな。


 自覚があるか知らんが、こいつは色男だ。


 そして、唇にべにをさして正男のピンクのドレス……いや、チャイナドレスのほうが似合うかもな。


 長いスリットからチラ見する網タイツ……でへへ。


「なんですか? 先輩、変な目で」


 俺は我にかえり、頭をブルッと振った。


 ブチ犬は怪訝そうに腕をクロスさせて両肩を抱いていた。


 いかん、俺のおぞましい想像をさとられている。


「な、なんでもない」

「まさか……“桃太郎”の捜索に自分を?」


 さすがブチ犬くん、察しがよろしくて。


「い、いや、違う。そんな想像はしていないぞ」

「想像って……変態⁈」

「違う! 俺が客を装っても顔が割れているし、で、どうしようかと……」

「先輩が潜入しようと考えたのですか⁈ 危険すぎます!」

「わかってる。だから、どうしよっかなぁと想像……いや、考えていたんだ」

「じ、自分が男娼として潜入……わかりました」

「へ⁈」

「自分が潜入します!」

「へええ⁈」


 ブチ犬くん、なんか嬉しそうじゃない⁈



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