第24話 止まる男
「まず、
ブチ犬は肉を焼く手をとめるが、俺は耳だけ貸してくれていればいいから食ってろと
「でも、先輩?」
ブチ犬は口を動かしながら言う。
「戸籍では
「バカ、それをサンタの会長が名前貸ししたと言ってたんだろ。
「会長は
「いや、ヒゲを剃ったことにして自分の顔写真で免許証を作ることは可能だ。なんてったって双子だからな」
「そうか、生活全般の面倒をみていたのなら更新ハガキも手に入りますね」
「双子でも指紋は違うらしいが、家やサンタ協会にお互いが出入りしていれば、どれがどちらの指紋だか調べようがない」
「確実に
「しかし、二人を知る者は会長が兄の
「普段の態度の悪さでですよね」
「しかし、ハッキリと証言できる者はいない」
「もし、二人が、そのあたりがバレないように言動に気をつけていたとすれば、本当に会長が弟で
「でも、神父と正男は?」
「会長が兄だと……」
堂々巡りじゃーん。
俺は人肌のほうじ茶をグビッと飲む。猫舌だと把握してくれている店はありがたいと感謝しつつ、考え込むブチ犬に聞いた。
「お前はどちらが兄だと思った?」
「え、証拠は……」
「違う。お前の直感ではどうだ?」
「正直いって、わかりません。会長は真面目そうな方でした。とても前科があるようには見えませんでした」
「んー……そうか」
「先輩は違う印象を持ったのですか?」
「あの会長室だけ豪華だった。ソファーはイタリア製でデスクはオーク材の高級品だ。それと腕に腕時計の跡があった。気がつかなかったか?」
「気がつきませんでした。でも腕時計くらい……」
「たまたま、外していた可能性もあるが、ネックレスの跡はどうだ?」
「ええ⁈ そんなのありました⁈」
「あった。太めのチェーンの日焼け跡が残っていた。俺たちが来て、慌てて金目のものを外したんだろう」
「では、あの態度は演技……しかし、それだけで前科のある兄の方だとは断定できません」
「ああ、そうだな。だが、あいつは俺たちにサンタの死因を聞かなかった。神父は“なぜ死んだのか”と聞いてきたのに、あいつは今後のことばかりを気にしていた」
「あ……そ、そうでした」
「俺は会長が兄貴で、三太九郎が弟だと思う」
俺は証拠はそのうち見つけるさと、肩をすくめてみせた。
サンタの会長は弟の死をラッキーととった。理由は知らんが、前科のない弟として生きていこうとしている。
一年前から弟の名で運転免許証を更新していたとなると、弟殺しを計画していた可能性もある。
となると、
三太九郎はどんな罪を背負っていたんだ?
歴史に残る天才犯罪者を
あのクリスマスカラーの部屋でなにがあった?
やはり“桃太郎”を探すのが得策か?
俺が腕を組んで脳みそを働かせているとブチ犬のスマートフォンが鳴った。
相手は
「そ、それだけですか⁈ い、いえ、ご苦労さまでした」
通話を終わらせ、呆れた顔でスマートフォンをしまうブチ犬に俺は苦笑いをしてみせた。
「調べろと言った結果が鬼塚さんに聞いただけなのか?」
「はい、裏もとっていないようです」
「ったく、よく係長になれたな」
「本当に……あ! 検死報告が入りました!」
俺は待ってましたと膳をどけてブチ犬に膝をすすめた。
一緒にスマートフォンを覗き込む。そして、メールに添付された書類をブチ犬が読み上げた。
「えー、死因は高カリウム血症による心不全。先輩、これってなんでしょうか?」
「補足に書いてあるぞ。飢餓状態により細胞膜が破壊され、カリウム血中濃度7.0ミリ……なんて読むんだ?」
「わかりません」
「とにかく、カリウム血中濃度が7.0と高くて心停止したってことだな」
「では、やはり死因は餓死ということになるのでしょうか?」
「死因の原因ってことじゃないのか?」
「あ、そうか。では、誰かが三太九郎の飲食を断ち、その結果、高カリウム血症になった……」
「もしくは、自ら断食していたかだ」
「でも、非常階段を降りて、なにかを伝えようとしていたのだから、やはり他殺では?」
「うーむ、画像解析チームの報告はまだか?」
「まだです。目撃した大勢の人が画像をSNSに投稿していて、時間がかかっているそうです」
「ハゲ(警視総監)のクビがかかってると知れば、最速でするだろうな」
いっそ、自殺で片付けてやろうかと俺は高笑いをする。
「先輩、意地悪ですよ」
「日本国家のためを思って言ってんだ」
もー、ああ言えばこう言うと頭を振るブチ犬の隣にあぐらをかいたまま、俺はスマートフォンで三太九郎の死の瞬間の動画を再生させた。
「やはり『クネヒト』に聞こえるな」
「まるで薬物による錯乱みたいですよね。よく、階段から転げ落ちなかったなぁ」
「転げ落ちる?」
「だって、あの急な非常階段を七階からですよ? 踏み外したりしたと思いません?」
「転げ……落ちなかった」
「先輩?」
俺の頭の中に電気が走る。
「やつは転げ落ちなかった! 落ちなかったんだよ!」
「ど、どうしたんです?」
「やつは死ぬほど腹ペコじゃなかったんだ! だからクッキーのある屋上に行かなかった! 階段を降りる体力はあったんだ! そして、その必要があった! それは……」
俺は声を低くした。
「……犯人を追っていた」
俺とブチ犬の時間が止まる。
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