第21話 鬼の男
「
俺たちが肩を落としかけた時、神父は思い出したと顔をあげた。
「とても仲は良さそうでしたが、一度だけ言い争っていたことが……あれは、一年ほど前でしょうか。ここで、大きな声が聞こえたので顔を出すと二人は
「どちらがどちらを『兄さん』と呼んでいましたか?」
「それは見ていません。私に気がつくと、すぐに話をやめてしまいました」
「そうですか」
ブチ犬は残念そうに俺の顔を見た。そこで、俺は次の質問をすることにした。
「会長はどんな人物だ?」
「どんなとは?」
「
「いいえ、会長さんはどちらかというとドライな……弟さんと比べては申し訳ないですが、いたって普通の方です」
弟! 神父は
「
「え? 違うのですか? てっきり会長さんがお兄さんだと……」
「普段の二人を見ていて、そう思ったのか?」
「は、はい、そうです。え? 違うのですか?」
神父は繰り返すが、俺はこれで会長の嘘が暴かれたと胸がスカッとしていた。
しかし、ブチ犬は眉間にシワをよせている。
証拠にならないと言いたいのだろう。
でも、正男も会長が弟だとは思わなかったと言っていただろ?
(第十六話参照)
運転免許証だって、いくらでも偽装できるぞ? それでも身分証明書として国が認めているほうが有利だろうがな。
「先ほど、会長さんを“普通”と表現されましたが、それはどのような意味ですか?」
そうだよ、俺もそこが気になった。
神父はあきらかに言い
「それは、会長さんはなんというか……いつもお金の話をされます。オフィスの賃料も安くしてほしいと……神様へのお
「金に汚かった?」
「いえ、そこまでは。しかし、皆さん、生活があるのでお金の話が一番理解しやすく……そういう意味では、ごく普通の方ではないかと……」
なるほど、欲に
「悪い噂などはありませんでしたか?」
「いいえ、聞いたことはありません」
「特に親しい人物などに心当たりは?」
「ありません」
「ガラの悪い男性の出入りは見たことがありますか?」
「従業員の方は何名かお見かけしたことがありますが、皆さん挨拶をしてくれる良い方たちばかりです」
うーむ。神様サイドから見れば、下品なアロハシャツにサンダル履きで肩を揺らして歩いていても、挨拶さえ返せば善良な市民なのか。
俺は
「おや、この方は鈴木さんです。なぜ、鈴木さんを?」
うちの信者だと神父は言う。
「この方の住所などは知りませんか?」
「さあ、わかりません」
「今日は来ましたか?」
「たぶん、来ていないと思います。内装業をやられているそうで、いつも一番後ろに座って教会内を眺めておいでなので気がつかなかっただけかもしれませんが」
「話をしたことがあるのですね?」
「ええ、物静かな青年です」
目つきの鋭い野郎も神様目線だと物静かと表現されてしまうのか。
これからは神仏関係者の証言は耳半分で聞くことにしよう。
俺とブチ犬は、これ以上、聞く話はないと目配せをして神父に礼を言った。
「お忙しいところ、ありがとうございました。また、なにか思い出すことがありましたら、ご連絡をいただけますか?」
ブチ犬は神父に名刺を差し出した。
「はい、もちろん。あの、
ん? それを今、捜査しているのだが? いや、違うな。神父は殺された理由ではなく、死因を聞いているんだ。
変死の動画が一日に何回も放送されている旬の話題だ。
知り合いの死の瞬間を目の当たりにすれば、なにが起きたのか知りたいと思うのは当然だな。
ブチ犬は、それも調査中だと言葉を濁した。
まさか餓死とは言えんわな。断定されれば
俺たちは見送る神父に頭を下げて、教会をあとにした。
太陽はすでに真上にあり、一番暑い時間帯だ。
俺たちは日陰を選んで歩き、駐車場に向かった。
「先輩、会長の人物像がわからなくなってきました」
ブチ犬は太陽を避けるように足元を見ながら言った。
「そうか?」
「正男さんの話では金払いのいい遊び人で、実際に会った印象は真面目で兄思いの方です。でも、身近で知る神父さまは会長を弟ではないと言う。いったい、どういうことなのでしょう?」
「……」
「先輩? なにを見て……?」
「鬼塚さんだ」
「え?」
鬼塚さんは真正面から教会の入り口が見える木影で立っていた。
背広の袖をめくり、ズボンのポケットに手を突っ込む立ち姿はヤクザよりもヤクザらしい。
おおかた、俺の捜査の邪魔はしたくないが名簿が気になり、いてもたってもいられなくなったのだろう。
俺に任せてくれるんじゃなかったのか?
まさか、令状もなしに踏み込むつもりか⁈
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