第18話 目を細める男


 ブチ犬の車高が低くて腰が痛くなる高級車でサンタ協会に向かう。


「先輩、佐藤係長に二つのヤクザのつながりを調べさせないのはなぜですか?」


 答えは簡単だ。


「警察内部に双方と内通しているやつがいることは鬼塚さんが調べている。それを邪魔したくないだけだ」


 なるほどとブチ犬はハンドルを握り直した。


 朝のラッシュに巻き込まれたが、それほど時間はかからずに目的の場所に到着した。


 日本サンタクロース協会は隣がカトリック教会で、その教会には保育園が併設されていた。


 六階建てのビルの下層は教会と保育園の事務所になっているらしい。


 四・五・六階がニセモノサンタ協会だとエレベーター前のプレートが教えてくれた。


「普通のビルですね。サンタっぽくないですね」


 三太さんた九郎くろうの家みたいなのを想像していたのか? おめでたい頭だな。


「サンタを売り物にしてる極悪企業だからな」


 俺は腕を組んで鼻を鳴らす。


「売り物にしているわけではないと思いますよ? でも、実際のところ、どのような活動をしているんでしょうねー」


 その時、エレベーターを待ちながら首を傾げる俺たちの背後を男が小走りに通りすぎた。


 突然、人の気配が現れたことに驚いて俺は男を横目で追う。


 階段で降りて来たようだった。痩せ型で、チラリと見えた横顔は……


「あいつだ!」

「え? だ、誰?」

「正男の店に来たやつ……待て!」


 俺は狐顔きつねがおの男を追った。


「どっちに行った⁈」


 クソ、雑踏の中で見失ってしまった。


「先輩、“桃太郎”ですか?」

「違う。小鳥遊たかなし会の狐顔の男だ」

「似顔絵のですか⁈」

「間違いない」

「なんで、ここに……教会の信者とか?」

「んなわけ、ないだろ」


 新しいシノギのために男娼だんしょうを集めていたヤクザの男と、“桃太郎”という名の男をともなって二丁目で飲み歩くサンタ協会の会長がつながった。


「先輩、これは……どう、考えればいいのでしょう?」

「ニセモノサンタ会長をしぼりあげるぞ」

「はい!」


 受付と書かれた四階でエレベーターを降りると、緑色の、体のラインを強調したスーツに身を包んだ化粧の濃い女が顔を上げた。


 俺たちは警察手帳を提示する。


「あら、また警察? 昨日もいらっしゃいましたよ?」


『受付』と表示のある机に座っているにもかかわらず胸元には『秘書』の名札をつけている。


 いや、名前は書いていないんだから名札じゃないか。まさか名前が秘書じゃないよな?


「もう一度、お話を伺いたくて……お忙しいとは思いますが会長さんにおとりつぎ頂けますか?」


 へりくだって微笑むブチ犬に女は好感を持ったようだ。


 まあ、昨日の捜査員よりは何倍も色男だからな。


「少々、お待ちください」


 女は片手で髪を払い、腰を捻って机の下のバッグからスマートフォンを取り出す。


 内線電話とかじゃないんだなぁと、あたりを見回すと、あまり手入れがされていないオフィスのようだった。


 観葉植物もなく、壁には色の薄くなったサンタ協会のポスターが貼ってあるだけ。蛍光灯は何本か抜かれて廊下の奥は薄暗い。


 デスクは並んでいるが、出払っているのか誰の姿もみえなかった。


「どこをどうみても儲かっているようには見えないな」

「会長は金払いのいい客だったと正子さんが言っていましたよね」


 俺とブチ犬は小声で話しながら立たされたまま待った。


「お待たせいたしましたー」


 やっとか。


 化粧の濃い秘書の案内で六階に通された。


 六階も同じように薄暗く、薄汚い壁に『会長室』と表示されたドアだけが妙な重厚感をかもし出している。


 ノックの返事を待ち、秘書が開けたドアの内側をのぞくと、真っ赤な絨毯が目に飛び込んできた。


 立派な応接セットに高価そうなシャンデリア。その奥に、絶対、日本製ではないサイズの社長机があり、揃いの社長椅子に小太りの男が座っていた。


 椅子がデカいからか男が小さいからか。とにかく、アンバランス極めけりって感じだ。


「どうぞ、おかけください」


 自己紹介をすませた俺たちに小太りの会長はソファーに手を差し伸べた。


「失礼します」


 ブチ犬は三人掛けのソファーに腰をかけたが、俺は座らなかった。会長を見据みすえながらブチ犬の背後に立つ。

 

 小太りの男は、一瞬、困惑の表情を浮かべたが、それでも柔らかな笑顔に戻り、ブチ犬の前に座った。


 清潔感のある短髪で、白のワイシャツとグレーのズボン姿は、新宿二丁目で男と遊ぶ野郎にはみえない。


「毎日、暑いですよね。ご苦労さまです。そうだ、なにか冷たい物でもお持ちしましょうか」


 喋り方もゆっくりで、秘書に飲み物を頼む口調は優しげだ。


 さすがサンタの兄貴だ。あれ? 弟だったっけか?


 ブチ犬も混乱したようだった。


「昨日、うちの捜査員があなたが弟さんだと報告をしてきたのですが、亡くなった三太九郎さんが弟の影吉かげきちさんで、あなたは兄の影大かげまささんですよね?」


 弟の二王影吉におうかげきちが三太九郎に改名したことは家裁で確認済みだ。


 そして、兄の影大かげまさに窃盗の前科があることも。


「それが…‥実は違うのです。世間を騙していたことは申し訳なく思っていますが、どうしても兄の気持ちに応えてあげたくて」


 兄の影大かげまさは若い頃、貧しさから悪い仲間をつくり、万引きや置引きに手を染めていたという。


 ついに泥棒に入った家で家主に取り押さえられて逮捕・送検され、自分がなんとか金を集めて保釈金にした。


 その後、影大かげまさは心から反省して、居場所ない子供や若者を支援する活動を始めた。


「子供を喜ばそうとふんしたサンタクロースの姿が好評でしてね。それからヒゲを伸ばして自らを三太九郎と名乗ったのです」


 柔らかな物腰の会長は懐かしむように目を細めた。


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