第15話 飲み込む男
いま思えば、あれは情報が漏れている可能性を察していたから逃走を阻止したかったんだ。
でもって、本当に漏れていたってことだな。
男を買う顧客名簿はすでに
今日のガサ入れが
うーむ、見つかってくれていればいいが。
「正男、男を紹介しろと言ってきた野郎は覚えているか?」
「もちろんよ。名前は知らないけど、最近“すずめ”に入った新参者よ。似顔絵を描くわね〜」
正男は伝票の裏にサラサラっと
そのクオリティの高さにブチ犬は言葉を失っている。
「あら、FBIでは必須の受講項目なのよ〜。顔だけじゃなくて見たものをすべて仲間に伝えるために必要なスキルなの〜」
ついでに射撃もナンバーワンの腕前だとブチ犬に教えてやる。
「あら、好きなのは寝ワザって言ったわよね〜?」
接近戦と言えよ。
ついでのついでに、多言語を話すやつだと追加する。
「母が中国系日本人で父が韓国系アメリカ人なの〜。私は英語で育ったんだけどー、大学でフランス語とドイツ語をとっててー、バックパッカーしてた時の相棒がオランダ系スペイン人だったの〜」
ブチ犬は指折り数えているが、もはや何ヶ国語になったかわからないと頭を振った。
とにかく優秀なやつだと理解したか?
俺はその
「先輩、大問題です」
「ああ」
わかってるさ。身内に内通者がいる。
俺たちが重い空気をまとっていると、鬼塚さんから返信のメールが届いた。
そこには、
そして、似顔絵の男を捜索することと情報提供に感謝するとある。
情報提供者に話を聞きたいとあったが、それは俺が仲介するからと断った。
なんとなく正男と鬼塚さんを合わせたくないと思ったからだ。
これで、内通者は暴力団の資金源を守るために事前に名簿を移動させていた可能性が高くなった。
そこまで双方に内通している危険人物ってことだ。
俺の、よく当たるイヤな予感が脳裏に走る。
「正男、今度、その男が現れたら……」
「引きとめておいて、おうちゃんに連絡すればいいのね?」
「違う、なにも
「えー⁈ 私が
魚を獲るみたいに簡単に言うな。だいいち、お前に客はつかないだろ?
そんなことを口に出せば
「ダメだ。万が一、捜査四課の鬼塚って刑事が現れても、知らぬ存ぜぬで通せ」
「先輩、どうしてですか?」
「なんとなくだ」
鬼塚さんは正義感に溢れたいい人だ。しかし、人をコマのように使うフシがある。
正男のスキルを知れば、民間人であっても容赦なく危険な任務に就かせるだろう。
それも一度や二度ではすまないはずだ。
「なんとなくじゃ、納得できないわよ〜」
面倒くさいオカマだな。
「オカマじゃないわよ!」
「俺の心をよんだのか⁈」
「先輩、声に出てましたよ」
あり? 本当? ごめんちゃい。
「正男、そんなことよりも、ここに来た理由は……」
「サンタクロースの兄弟ね〜」
「違う、腹が減った」
「急!」
正男は、今日は休店日だからなにもないと言いつつ、業務用冷凍チャーハンを、適当にざざっと皿にあけ、電子レンジに入れた。
「もー、本当は千円なんだからね〜」
残った、その、お得用冷凍チャーハンの袋をパチンと輪ゴムで留めて冷凍庫に放り込む。温め終わったチャーハンとスプーンを俺の前にドンと置いた。
「だから、そういうのは一人前ずつ皿に移しておいて温め直している演出をしろよ。チンで千円は、ぼったくりだろ」
「普段は料理してんの! 今日は休店日なの! 黙って食べなさ〜い!」
「あ、あの、すみません。自分が払いますから……」
「あら、犬ちゃん、いいのよ〜。おうちゃんは命の恩人なの。だから、一生、お代はいただかないわ〜」
俺は「助からなかったけどな」と呟いて写真立てに視線をやった。
「え? 先輩、どういう……?」
「なんでもない」
俺はチャーハンをかきこんで正男に向き直る。
「サンタ兄弟は二人で来るのか?」
「ううん。サンタちゃんは公園で困ってる子を拾って泊めてくれないかって来たのが最初で、会長ちゃんは飛び込みのお客さんだったの〜」
正男の話だと、
噂どおりの聖人ぶりだ。
一方のサンタ協会の会長は遊び慣れていたと眉をひそめた。
「金払いはいいんだけどね〜、なんかイヤラシイ目で見てくるのよね〜」
正男は自分のいかつい肩を抱く。
ぜったい、お前の勘違いだと口から出そうになったが命は惜しいので飲み込んだ。
なんとなく、わかってきたぞ。
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