第11話 クッキーが食べたい男


「このあと、どうします?」

 

 ブチ犬はツリーの飾りをいじりながら俺に訊く。


 なんだ、その質問は。デート中か?


「どうしますって、近所に聞き込みに行くとかサンタ協会に行くとか、やることはいろいろあるだろ」

「それ、もう皆に指示してあるんで報告待ちなんです。検死報告もまだですし……」


 うーん、人員だけは充分に確保されているからな。まさか警視総監(ハゲ)の尻をぬぐっているとは夢にも思わず、クソ暑い中、ご苦労なこって。


 俺は部屋をもう少し捜索してみることにした。


 鑑識が入り、写真などは撮り終えている。なので遠慮なく棚や引き出しを開けていく。


 三太さんた九郎くろうって人物の生活は質素しっそで、几帳面な性格だったらしい。どこも整理整頓され、手紙なんかもきちんとまとめてある。


 差出人は日本中からだった。


 礼状や感謝の言葉がつづられた手紙。クリスマスカードにも温かみのあるメッセージが添えられている。


 聖人君子せいじんくんし


 そんな言葉が思い浮かんだ。


 とくが高く、優れた人格を持つ高潔こうけつな人物か。


 やっぱ、本物……いや、そんなバカな。


「先輩、見てください」


 ブチ犬の手には数枚の写真があった。


 豪華なクリスマスツリーの前で本物のサンタクロースから壁に貼られている賞状を受け取っている瞬間だ。いや、本物っぽく見える外国人のサンタだ。


「フィンランドの公式サンタ任命式ってとこでしょうか」

「すげーな。こうやってニセモノサンタは作られるのか」

「ニセモノサンタって……本家からサンタを名乗ることを許可されたんですから、本物ですよ?」

「バカか。サンタは北極のラップランドに住んでんだ。イブの夜しか、そこから出ない。こいつらは人間だ」

「サンタクロースって人間じゃないんですか⁈」

「ただの人間がクリスマスの魔法を使えるかっ」


 なんで、そんな目でみるの? ブチ犬ちゃん?


「信じてる人でしたね……」

「だから、信じてるんじゃなくて……」

「いるんでしたね。はいはい」


 なんか、ムカつくー。


 結局、なんの収穫もないまま、しかし俺の中に妙な違和感を残してサンタの家を出た。


 違和感……じゃないな。


 なんというか、なにかを見落としているような嫌な感じだ。


 うーん、なんだろう?


「先輩、その顔はなにかに気がついたんですね?」

「気づけるなにかに、気がついただけだ」

「はい?」

「なにか……もういい。防犯カメラを確認に行くぞ」


 ブチ犬の説明によると、この雑居ざっきょビルの防犯カメラはすべて稼働しておらず、エレベーターの中のカメラもスプレーペンキで塗りつぶされているという。


「なんだそりゃ。違法じゃないのか?」

「エレベーター内の防犯カメラは義務ではないんです」


 何度も塗りつぶされ、管理会社もオーナーも諦めてしまったということか。


 だから三太さんた九郎くろうがこのビルから出てきた確認が、隣のビルのカメラってことになったんだな。


「もし、三太九郎がエレベーターを使っていたら、どこから現れたのか確認に時間がかかるところでした」


 非常階段を降りたと資料に書いてあった。俺は廊下の先の、エレベーターとは反対側になる非常階段の扉を開けた。


 むわっとした東京の熱気が流れ込んでくる。


「鍵は?」

「ほかの住人によると、普段から掛かっていないそうです。駅に行くには、この階段のほうが都合が良いと」


 隣のビルは、ほとんどの看板がピンク色で、いかがわしい店ばかりのようだ。


 ブチ犬は外にむけて指を差した。


「あそこのカメラでこの七階から三太さんたが出てくるところが。あそこの下の階のカメラで歌舞伎町交差点方面に向かう姿がとらえられていました」


 逆にいえば、犯人がエレベーターを使っていれば映っていないということだ。


 死にそうなほど腹ペコだった三太さんた九郎くろうは、なんで階段を選んだんだ? 犯人に追われていた? だとすれば犯人は隣のビルの防犯カメラを知っていたことになるな。


 俺が考えあぐねているとブチ犬のスマホが鳴った。


「あ、先輩、鑑識からメールです。指紋ですが……子供たちの指紋は、やはり照合は進んでいません。しかし、身元不明の男性の指紋が採取されたそうです」

「男? 指紋で性別がわかるのか?」

「皮脂から成分分析した結果です。しかし、サイズが小さいので少年かもと……」


 やはり、元・子供か。しかも、男の子……。


「性的被害の訴えが男児にもなかったか聞き込みを徹底させます。あと、被害届や相談の有無も」


 ブチ犬が電話をするあいだ非常階段から眼下がんかを見下ろしていた俺は、ふと、顔を上げた。


 階段は上にも伸びている。


 俺は真夏の日差しで熱された手すりをつかみながら、上へ足を進めた。


 すると、すぐに屋上に出て、そして、目を見張る。


 テントがあった。


 それはキャンプ場でよく見かけるようなテントではなく、細長く背の高いフォルムの布製で、クリスマスカラーの電飾が飾られていた。


 俺は近づこうと、一歩、足をすすめて立ち止まった。


 空気の汚い東京らしく、屋上はすすけて足跡がたくさん残されていた。


 ほとんどが子供のもののようだ。


 小さな足で走り回った様子が見て取れる。


 なるほど、あの部屋だけでは遊びに来ても、すぐに飽きてしまうだろうからな。


 俺は三太さんた九郎くろうの自宅を出た時に靴袋を脱いでしまっていたので、鑑識さんのためにと大きく回り込みながらテントに近づいた。


 中にはクッションが敷き詰められ、真ん中に可愛らしいテーブルが置いてある。


 今度は息が止まった。


 クッキーの箱が置いてあった。それも、俺が大好きな、めっちゃ美味しいやつだ。


 食べ物があるじゃん! ここに食べ物があるのに、犯人から逃げた三太さんたは、なぜ、階段を降りたんだ⁈


 死にそうなほど腹ペコで……うっかり忘れていただけなのか?


 見つかる前に逃げたほうがいいと判断したのか? それとも……


「せんぱーい、どこですかー?」


 俺はブチ犬の声に我にかえり、その場で声を張り上げた。


「鑑識を呼べ!」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る