第8話 不機嫌な男
俺の
無言のまま、俺は会議が終わるや
なぜ、捜査会議の場で
だいたい、お前が俺を引っ張っていったんだろうが。
間接的には親父の
ドアが開き、俺の存在に驚く様子もなくブチ犬は爽やかな笑顔を向けてきた。
「ただいま戻りましたー。先輩、お昼、食べました? 自分、まだなんですよ」
なにを無邪気なことを言っているんだ。説明せんかい、このやろう。
「食堂もあるんですよね? まだ、行ったことがないんですよー。今から行きません?」
説明する気がないんだな。
そうか、それならば不機嫌なままでいてやる。
メガカレーを超えた量のテラカレー(甘口)を注文し、皇居を見下ろせるテーブルに向かい合って席につく。
ブチ犬は具の選べるちらし寿司を前にして、それをスマートフォンで激写しつつ、外の景色に目を細めた。
「さすが、東京はいいですねー」
意味のわからないことを言うな。
そういえば俺もここで昼食をとるのは初めてだ。いつも、現場のどこかで食うかデスクで新人ちゃんの弁当をつまみ食いするくらいだからな。
甘口カレーは……辛かった。
舌がお子様だと笑われたくないので黙ってスプーンを動かすが、ちょっと辛い。
「先輩、味見させてください。ん、先輩には少し辛いんじゃないですか?」
なんでもお見通しですねブチ犬くん。
じゃあ、俺が不機嫌な理由にも思い当たるはずですよね? そこは触れないんだな。はいはい、わかりましたよ。お望み通り、不機嫌なままでいてやりますよ。
ぶすっとしながら、俺はメシとカレーをザクザクとかき混ぜる。
ブチ犬は俺のふんとした鼻息を聞いても、美味しそうにちらし寿司を口に運んでいた。
周りのテーブルから署員たちの視線を感じる。
あんな場所で長官の息子だと紹介されれば、一気に噂の人物だろうからな。
ああ、本当に腹が立ってきた。
「先輩? やっぱり辛かったんですね。自分の食べますか?」
半分、食いかけのちらし寿司を差し出してきやがった。
本当に、本当に、ほんと〜に腹が立ってきた。
説明しないブチ犬にも腹が立つし、全然、甘口じゃない甘口カレーにも腹が立つ。そして、それをテラ盛りにしてしまった自分にも腹が立って仕方がない。
俺はトレーを持って立ち上がった。
「先輩? 残すなら自分が食べますよ?」
そうですか、そうですよね。残したらもったいないですよね。ほら、あげますよ。
俺はカレー皿を
「あー! なんてことするんですか!」
知るかっ。
「じゃあな」
俺さまの
呆然とするブチ犬と、ヒソヒソ話を続ける署員たちを振り切るように、俺は捜査本部に戻った。
『新宿サンタクロース殺人事件捜査本部』と無駄に達筆な文字で書かれた半紙が破れそうなほどの勢いでドアを開け、顔を上げて視線をよこす捜査員を無視して、並べられた捜査資料に手を伸ばす。
昼休憩はとっくに終わっている時間だ。皆、それぞれ仕事を与えられて外回りに出たのだろう。ほとんどの捜査員が残っていなかった。
俺も足で捜査したい。
事件を
ニセモノサンタが死んだ理由と原因を突き止めてやる。
薄っぺらい資料をガン読みしていると、初老の男が話しかけてきた。
「あのー……私、佐藤と申します。あのー……」
「ああ、新宿署の係長さんですね。どうも」
「長官の息子さんでいらっしゃるー……」
「はあ?」
「
ついさっき紹介されただろうが。
ただでさえ機嫌が悪いんだ。これ以上、イライラさせないでくれ。
「はい、どうも」
俺は階級が上の人間には、つい態度が悪くなっちまう。カンベンな。
佐藤係長はへりくだった態度で愛想笑いを振りまいてきた。
「もし、よろしければ事件の
「え? いや、別に……」
ブチ犬から聞いてるし。まだ始まったばかりの捜査で資料以上の情報は出てないし。
「歌舞伎町交差点はご存知で? あ、ご存知ですよね。週末は歩行者天国でしてね、そりゃあ、人が多くてですね……」
なにが言いたいんだ? このジジイ。
「もし、よろしければ、私がご案内いたしましょうか?」
ああ、なるほど。
まったく、ブチ犬め。こういうことがあるから、親父の名を出すのはイヤなんだ。
思いっきり不快感を顔に出してやる。
どうだ、この眉間のシワの深さを見よ! 片方の眉だけ上げるのは難しいんだぞ! ついでに
「あれ、せんぱーい。ここにいたんですねー」
なんだブチ犬か。鼻にかかった声を出して、なんだよ。
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