第6話 丸裸の男


「現場は歌舞伎町交差点です。サンタの動画は見ましたか?」


 ブチ犬は、まだ薄い捜査資料を机に広げた。


「ああ、見たぞ。なんとかって言い残していたな」

「はい。“クネヒー”と聞こえますが、まだ動画を解析中です。死んだサンタの身元はすぐにわれました」


 サンタの身元とは、おかしな感じだな。


「名前は、さんたくろう」


 う、うん? サンタクロースだもんな。


「いえ、三太さんた九郎くろう。四十歳。職業・サンタクロース。住所は……」


 待て〜い! 冗談だよな⁈


「先輩? 聞いてます?」

「ツ、ツッコミどころが満載で」


 眼球が乾きそうだ。


「さ、三太さんた九郎くろう⁈」

「本名です」

「職業……」

「職業サンタです」

「なんだそりゃ⁈」

「国際サンタクロース協会から公式に認められたサンタクロースです」

「サンタさんって……」


 一人じゃないの〜⁈


「あ、先輩ってサンタクロースを信じている人でしたね」

「信じているんじゃない。いるんだ」

「……そ、そうですね」


 なんだ、そのあわれむような眼差しは!


「えー……続けますね。もちろん『三太さんた九郎くろう』は改名後の名前です。生まれた姓は……先輩、落ち着いて聞いてくださいよ」


 なんだ、俺はいつも落ち着いているぞ。


二王におう影吉かげきちです」


 な!


 俺の眼球だけでなく、口の中の水分も一気に引いていった。


 “二王におう


 それは、我が仁王頭家におうずけと先祖の因縁いんねんからむ一族だ。


 千年もの昔、ギフテッドと呼ばれるIQ120以上の才能豊かな子供が多く生まれる二王家におうけは、その血を濃くしようと近親婚きんしんこんを繰り返した。


 その結果、天才的な頭脳を持つ社会不適合者を輩出はいしゅつしてしまい、二王におう一族はとき大王おおきみ族誅ぞくちゅうされる。


 かろうじて生き残った一族の者は、二度と血を濃くすることを禁じ、近親交配をすすめた当時の当主・えいの名をいましめとして一族の子供につけた。


 しかし、天才を生み出す血に目をつけた仁王頭におうず家が二王におうの女を手篭てごめにし、その血を引く者を重用ちょうようする。


 二王におう一族は時代がさかのぼっても稀代きだいの天才犯罪者を輩出はいしゅつし続け、その血だけは入れたくないと警戒する仁王頭におうず家は、その犯罪者を取り締まる役目をみずかった。


 二王におう家は一族が滅びないように、しかし、増えすぎないようにと歴史の表舞台から姿を消し、いつしか“表の仁王におう・裏の二王におう”と都市伝説として語られるようになった。


 そんな先祖の因縁いんねんからみまくった“二王におう”がサンタさんだったの⁈


 うっそ〜ん!


「先輩? 落ち着いてくださいよ?」


 落ち着いていられるか!


「お、落ち着いて、い、いる」


 俺はかろうじて答えた。口の中がカピカピだ。


「お茶、飲みます? あ、緑茶はダメでしたね」


 うん、寝られなくなるから。


「水しか……あ、チョコレートがありますよ。甘い物を食べて落ち着いて……」


 ブチ犬が言い終わらないうちに小洒落こじゃれた箱におさまっている、これまた小洒落こじゃれた一粒を口に入れた。


 じわっと唾液だえきが戻ってくる。


「そ、それが俺を捜査本部に入れた理由か」

「はい。死亡したサンタの情報を新宿署から聞き、すぐに一課の課長と話をつけました」

「ちょっと整理させてくれ」

「はい、なんでも訊いてください」


 素直でいい後輩なんだが、面倒な事件を持ってくる面倒なやつだと思い出した。


 俺はこめかみをみながら薄い捜査ファイルに手を伸ばす。


 一ページ目に、所轄しょかつから本庁に捜査本部を移すと親父のサイン入りの書類が入っていた。


 これは異例なことだ。


 鬼塚さんは世界の注目が集まるサンタ事件に日本のメンツをかけて取り組むためだと言っていたが、所轄しょかつ刑事デカが自分たちのヤマをこれほど早く手離すはずがない。


 俺は親父のサインをピンと指ではじいた。


「また親父か……」


 俺がはじめて“二王におう”と向き合った事件も、親父が関与かんよしていた。


 俺の親父。仁王頭家におうずけ、次期当主・仁王頭におうず嚆矢こうし


 日本警察のトップに君臨する警察庁長官は、おふくろの尻に敷かれっぱなしで、ついでに娘(俺の姉貴)にも普段からやり込められてる、心優しい父親だ。


 だが、家族には見せない顔がある。それが今、ハッキリしたぞ。


「親父は……長官は三太さんた九郎くろう二王におうだと知っていたな」

「ええ⁈ それはどういう意味ですか⁈」

「まんまの意味だ。新宿のサンタクロースが死んだと一報を受け、速やかに新宿署からこちらに捜査権を移してお前を呼んだ。お前なら俺を捜査に誘うと確信を持ってな」

「長官は三太九郎と面識めんしきがあったということですか⁈」

「面識……いや、それはないな」


 仁王頭家におうずけ次期当主として日本中、いや世界中の二王におうの所在を把握しているのか……?


 時代ごとに天才犯罪者を生む二王家におうけとそれにさばきを下す仁王頭家におうずけ


 このイタチごっこに終わりはあるのか?


 親父がなにを考えているのか知らんが、俺を巻き込んだ以上、俺のやり方を通させてもらうぞ。


 サンタ事件をまるっと丸裸にしてやる!


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