第4話 いい匂いのする男


 四課よんかの手伝いは代役の立てられない内容だった。


 数ヶ月前のガサ入れでの大立ち回りがヤクザの世界で伝説になっていたらしい。


 ダンボール箱を持って事務所に入った捜査員たちに、やいのやいのとからんでいたヤンチャな奴らは俺に気がつくなり、しんと大人しくなった。


 そうだ。借りてきた猫のようにしていやがれ。


 今の俺は太ももとふくらはぎがプルプルと震えていて子鹿のようなんだ。


 誰かに逃走されたら追いかけられないからな。


 それをさとられないようににらみをかせて作業が終わるのを待った。


仁王頭におうず、お疲れ」


 俺よりも何倍も顔が怖い鬼塚さんが破顔はがんする。


 この人、笑うと可愛いんだよなー。


 現場に出ないうちの課長と違って、鬼塚さんは靴をつぶすタイプの刑事デカだ。


 ハッキリいって尊敬している。以前、うちの課長から四課への異動を打診だしんされたが、結局、その時は人手が足りていると断られた。


 自分が希望したんじゃないのに断られると傷つくのはなんでだろうな?


 その後も、なにかと鬼塚さんは俺を助っ人に呼ぶが、異動の誘いはしてこなかった。


 まあ、俺は殺人課がしょうに合っていると思っているので、こうやって時々、頼られることで満足しているがな。


 それに、二課にも三課にも助っ人に駆り出されることが多い。


 俺さまのマルチな才能をどこも使いたがっているってことだ。


 さて、鬼塚さんはいつものようにコンビニによってアイスを買ってくれた。この人も俺と同じで下戸げこだ。


 一度、芋焼酎の一升瓶を抱えて寝てそうな顔してんのにと言うと、お前もだと頭を小突こずかれたっけな。


 コンビニの喫煙所で、二人で並んでアイス片手に紫煙しえんけむらせる。すると、鬼塚さんはクンクンと鼻を鳴らしてきた。


「お前、汗くせーな」

「そうっすか?」


 うん、たしかに汗くさい。炎天下を犯人を追ってダッシュすればサラサラの汗ですむはずがない。


「逮捕したんだって? 今年で何人目だ?」

「さあ、数えてませんよ」

検挙率けんきょりつナンバーワンの座は守っているのか?」

「まあ、たぶん」

「ケッ、俺の時代は終わったなー」

「なにいってんですか」

「そうだ。靖国やすくに通りで確保かくほしたんだろ? あれ、見たか?」

「あれ? あれってなんすか?」

「サンタだよ。お前、知らないのか」

「サンタは知ってます」

「そうじゃなくて」


 鬼塚さんは自身のスマートフォンで動画を再生して見せてくれた。


 そこには、瀕死のサンタクロースがなにかをつぶいて絶命ぜつめいする姿が写されていた。


 俺は眉間にシワをよせる。


「なんすか、これ⁈」

錯乱さくらんしたサンタクロースが路上で暴れて死んだんだってよ。複数の歩行者が画像をネットにアップして、このサンタは今や時の人だ」


 鬼塚さんは事件性があるとして本庁に捜査本部が立ち上がったと補足した。


「うちですか⁈ 新宿署でなくて⁈」

「日本どころか世界のメディアが注目してんだと。なんてったってサンタ殺しだからな」


 じゃあ、今年はサンタさん来ないの? なんて冗談はさておき、俺はいやーな予感にさいなまれた。


 俺の予感は当たるんだ。特に嫌な予感ほどよく当たる。


「このまま、直帰ちょっきしていいですかね?」

「バカか。始末書、まだ提出してないんだろ。やることやってから帰れよ」


 そうでないと、お前を借りにくくなるだろうと頭をくしゃっとされた。


 そして、一緒に汗だくになって必死に走ってくれた新人ちゃんにもアイスを買って帰ってやれと言う。


 本当にこの人は部下のフォローが、よくできる上司だ。


 だから、ゴロツキみたいな刑事デカばかりの組織犯罪対策課だけでなく、他の部署からの信頼も厚いんだな。


 めっちゃ帰りたいけど鬼塚さんに言われれば従うしかない。


 俺はアイスを二、三個買って、鬼塚さんの運転で本庁に戻った。


「ただいま戻りましたー」


 一応、課長に声をかけて隣のデスクの新人ちゃんにコンビニの袋を差し出した。


「ほれ」

「なんですか?」

「アイスだ」

「なんでですか?」

「えーっと……土産だ」

「だから、なんでですか⁈」

「そう、目くじら立てんなよ。嬉しい〜とか言って素直に受け取れよ」

「理由もなく金品は受け取れません!」

「ただのアイスだっ。金じゃねー!」

「受け取ったら最後、俺の言うことを聞けとかになったら困るんです!」

「んなこと、するか!」

「先週、ハイチュウ一個で残業させられました!」


 あ、そうだね、そうだった。


「これは、その……礼だ。上着を拾ってくれた……」


 車に乗らず、ずっと走って追いかけてきていたと聞いたぞ。まあ、俺さまについてこられるわけがないのに根性だけは認めてやる。


「……そういうことなら、いただきます」


 そうだよ、素直に受け取ればいいんだ。


「私、三個も食べられませんよ〜?」


 なんだ? その、にやけ顔は。


「二個は俺のだ」

「え! 明日のおやつにすればいいよとか言えないんですか⁈」

「明日のおやつは自分で買えよ」

「もう! 大っ嫌い!」

「はあ⁈」


 嫌いなら無理に食わなくてもいいぞ。いいえ、全部食べます! なんて押し問答をしていると、背後から手が伸びてきて袋の中のアイスをひとつ奪って行った。


「誰だ! 返せ!」

「先輩、ストロベリーなんて食べないじゃないですか。これは自分がいただきます。あとは二人で分けてください」

「ブチ犬!」


 犬淵いぬぶち優太ゆうた


 懐かしの後輩が、相変わらずいい匂いをさせて立っていた。


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