Ver2.4 これは始まりにすぎない

 車はいつのまにかトウアンの郊外にまで移動していた。

 この区域はロイヤルと呼ばれる階級の住民しか住むことができない。

 (ちなみに私はグランドだ。前科者ではない)

 厳重なゲートを潜り抜け、車は更に奥へ進んでいく。

 両側には、バカでかい敷地に無駄な間隔で家が立ち並んでいる。

 (結局のところ、金を持つと人は馬鹿みたいに広い何かを買う)


 しばらくすると大きな門が見え、車が止まる。


「なんじゃありゃ……」

「門扉です」

「ほぼ壁じゃん」

「門です」

「いや……例えただけなんだけど」

「門ですよ」

 

 ほんとつまんねー奴だなこいつわ。


 車から降りると、門の横の小さなドアから使用人らしき男が現れる。

 その男と目が会うと、明らかに怪訝な顔でこちらを見ていた。

 (そう、こういうことをするのがロイヤルの人間なのだ)


「お久しぶりです」


 後から降りてきたジゥが挨拶をすると、男は打って変わって友好的な顔になった。

 (そう、こういうことをするのがロイヤルの人間なのだ)


「こちらへ」


 男に案内をされ門をくぐると、バカみたいに広い庭が広がっていた。

 (と、同時に男の足を踏んでやった)

 

 暫く歩くと、家が見えてくる。

 ハイカラな、まさにトウケイのロイヤル様という感じの近代的な家だ。

 そのあまりにもロイヤル"まんま”な佇まいに思わず鼻で笑ってしまった。


「クジ」

「しゃーねーだろ。そういう性分なんだからよ」

「先に言っておきますが、失礼のないようにお願いしますね」

「頑張りますがねぇー。約束はできませんねー」

「損害賠償は全部貴方に請求しますね」

「黙ります」


 チャイムを鳴らすと、また中から”らしい”男が出てきた。


「こんにちはヘイリーさん」

「ようこそミス・ジゥ……と、こちらは?」

「付き人です。気にしないで下さい」


 ―――絶対馬鹿にしてるわこいつ


「今日はセラピーの日でしたか? 妻からは何も……」

「いいえ、約束は何もありません」

「それじゃ……?」

「奥様に少し伺いたいことがありまして」

「何かトラブルですか……?」

「どうでしょう。それも含めて伺いたいのです」

「えっと……すみません。ジゥさんとはいえ突然来られると……」

「当然、その件は謝らせて頂きます。ただ、少しだけ奥様とお話したいのです」

「うーん……ですが……」

「セラピーに関係する話をするだけです。怪しい投資話なんてしませんよ」

「いえ、それは十分分かっているのですが……」


 ヘイリーは明らかに嫌そうな態度だ。

 私にはその理由がよく分からなかった。

 ジゥの口ぶりからするに、ジゥは何度もここを訪れている。

 つまり、知らない間柄ではないはず。

 突然現れるのも別に変な話ではない。

 (少し驚きはするが)

 それをここまで拒むとなると……。

 考える必要が無いことを考えてしまう

 

 と、奥から女性が近づいてくるのが見える。

 どうやらあれが、ワン・ユーシーらしい


「上げて下さい、あなた」

「……いいのかい?」

「ええ、私にも非礼があったので……。どうぞ」


 そう言うと、ユーシーは再び奥へと消えていった。


「ということなので、上がってもよろしいですか?」

「ええ……でも一応……いや……どうぞ」


 ヘイリーは明らかに動揺した様子だ。

 なぜ彼が動揺する?

 ユーシーが勝手にセラピーを打ち切っただけの話だ。

 そして、その真偽を確かめるために来ただけだ。

 全ての話の中心はユーシーにある。

 なのになぜ外野のヘイリーが動揺する……?


 玄関から上がりながら、思考を巡らせる。

 どうやら、嫌な予感が当たってしまうかも知れない。




―――Ver2.4 これは始まりにすぎない 終

 

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