Ver1.9 熱帯夜に溶けたいほどに

 酷暑の夜

 埠頭では混迷を極めていた。

 

 暴れる機械の化け物。

 応戦するCセキュ部隊。 


「破壊許可!! 回収不要!!」

「装甲車を回せ!!」


 地面はえぐれ、銃弾が飛び交う。

 さながら戦争映画のようだ。



 こうなってしまうと一般人の私が割って入るのは無理。

 Cセキュの現場を荒らすなんて、住民スコアを下げるのと同義だ。

 (まぁ、既に高くはないけどな)

 

 ―――だから、もういいじゃないか

 ―――今回は間に合わなかった

 ―――それでいいじゃないか


 自らの命を晒してまで救う意味があるのか。

 これはもう依頼の範疇ではない。

 自問自答と自己肯定が頭を巡る。

 

 ―――だが

 ―――どうしても頭から離れない

 ―――あのガキの必死な顔が

 ―――あのオートマトンの罪悪感に染まった顔が

 

 ああ、分かってる。

 例え電子に支配された世界だとしても。



 その思いは魂じゃないか。



 意は決した。

 ならば後は移るのみ。


 小さく息を吸い、静かに吐く。

 目を閉じ、心を落ち着かせ、素早く印を結ぶ。


 ―――臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前


 そして、静かに九字を切る。

 懐から札を取り出し、念じる。

 

 ―――霊山に眠りし神々よ、この従僕に僅かながら力をお貸し下さい


 ざわりと風が吹くと、札は自然に発火した。

 そして、ゆっくりと燃え尽きた。


 願いは成った。

 ゆっくりと目を開き、足に意識を集中させる。


 ―――九字護身法:皆



 瞬間、ハクの目の前にたどり着く。

 

 ―――よし 

 ―――あとは

 

 声を発しようとすると、ハクは何も言わずキイチロウを差し出した。

 獏の霊障によって潰れかけている顔には、必死の形相が見て取れた。


 ―――ああ

 ―――分かってる

 ―――安心しろ


 心の中でそうつぶやくと、ハクの顔は安堵に変わった。(ようにみえた)


 もう一度意識を集中させる。

 (と同時に、後方から"撃て"の指示が僅かに聞こえた)

 

 ―――皆・神隠し


 


 橋の上にたどり着いた。

 (必死だったので、思い浮かんだ場所がここだった)


 キイチロウをゆっくりと地面に下ろす。

 

 と―――

 

 眼下の埠頭から大きな爆発音が響いた。

 地面が揺れるほどの爆発。

 空を照らすほどの爆発。

 それが、装甲車から放たれた一撃なのは容易に想像できた。

 それが、ハクに向けられて放たれた一撃なのは容易に想像できた。


「助けられなくて―――ごめんな」


 煌々と燃え盛る埠頭を見つめ、私はそう呟くことしかできなかった。


 ―――Ver1.9 熱帯夜に溶けたいほどに 終

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