Ver1.1 それは、クソ酷暑のある日

「とける……」


 摂氏41度

 人間なら病院で入院している気温が、境内を満遍なく熱している。

 大昔の人々は、これを異常気象と呼んだらしい。

 だが今はそうとは言わない。

 だって今は50度が普通だもの。


「とはいえ……殺人的だわな……」


 そう、だけどもこの暑さはやばい。

 社務所兼自宅の中に居ても暑さが変わらない。

 何故変わらないか?

 このオンボロ自宅のエアコンがついにぶっ壊れたからだ。(死ね)

 

 だが、目の前にいるうぜー参拝客はピンピンしてる。

 不思議でしょ?

 よくみてほしい。

 この参拝客は既にオートマトン手術が施されてるんだわ。


「ねぇねぇ霊山さん、なんで電子マネーで賽銭入れられないんっすか?」

「得は電子じゃ積めねーんだよ……」

「つーか大丈夫っすか……? 汗だくっすよ……?」

「大丈夫な奴は汗だくにならねーんだよ……」

「霊山さんも肉の体なんて捨てちゃいましょうよ。温感コントロールチップ最高っすよ?」


 でたよ手術マウント。

 だが、この男に他意は無い。

 世界人口の9割はオートマトン手術を受けているのだ。

 であれば、私のような生身の人間は好奇な目で見られる。

 (貴方は肉体信仰者ですか?オートマトン差別主義者ですか?という質問は聞き飽きた)

 (いいえ、私は神職者です。と答えるのも疲れた。というかめんどくせーんだよボケ)


 ―――とにかく。


「うるせー……暑さが増すからどっかいけ」


 クソ客をあしらっていると、足音が近づいてくる事に気づいた。

 ふと、反射的に顔を向ける。

 それまた反射的に、


 ―――げ……。


 と声が出てしまった。


「そう。貴方の排気熱で暑さが増します」


 日傘を差した女は続けた。


「それと不快な駆動音、不快な通信音、人の形をした模造品、人語を喋るブリキのおもちゃ」

「あぁ……言ってるだけでムカついてきますね」

「早く私の視界から消えてくれませんか?」

「それとも……消して上げましょうか?」


 タオ・ジゥは仮面のような笑顔でクソ客(参拝客)に罵声を浴びせた。

 こんな強い差別用語、普通言います?


「き、消えまぁす!!」


 と、言い残して、クソ客(あくまで参拝客)は足早に境内を後にした。

 (足には手術をしていないようだ。それともチップを入れてないだけか?)

 まぁ、初対面の相手にこんだけ罵倒されたら誰でも逃げるわな。


「全くタマナシは見てるだけで不快ですね」

「タマナシって……」

「もちろん、"魂無し"の略称ですよ?」

「気づくわけねーだろそれ……」

 

 そんな事を、喋りつつ、本題は忘れていない。


「で、なんの用だよ」

「ご挨拶ですねぇ。なんだか警戒されているみたい」


 ジゥはまた、さっきの仮面のような笑顔をこちらに向けた。


 タオ・ジゥ、売れっ子風水師の道士。(坤道)(もちろん生身)

 金にうるさい、金持ち女。(成金め。嫉妬ではない。ビルの1つくらい寄こせ)

 そして、私からすれば厄介事を持ち込んでくるクソ女だ。


「同じ巫巫道堂の仲間じゃないですか。そんなに警戒しないで下さいよ」

「無理やりだろうが。いいからさっさと答えろ」

「やだなー。本当にただお茶をしにきただけなのに……悲しいです……」


 ジゥはハンカチを出して涙を拭いてみせた。

 いつもの臭い芝居だ。


「お前が損得以外で他人と絡むわけねーだろ!!」

「失礼ですね!! 私だって普通に友人とお茶くらいしますよ!!」

「それって本当に人間か? 数字が書いてあったりしない? ペラペラの紙みたいな姿してない?」

「金とお茶するわけないでしょ!!」

「お前ならやるだろ」

「いいから上がらせなさい!! いつまでこの灼熱地獄に放置するつもりですか!!」

「生憎だが、上がっても灼熱地獄だぞ」

「…………はい?」

「壊れてんだエアコン」

「直せばいいじゃないですか」

「んじゃよこせ金」

「自分の金はどうしたんですか?」

「修理代に出したら今月何も食えねーよ」

「……まだ8日ですよ?」


 ジゥは心底馬鹿にした様子で大きなため息を付いた。

 ムカつくなこいつ。


「だったら巫巫道堂の事務所に行きましょう。車に乗せてあげますから」

「なんでそこまでしてお前とお茶しねーといけねーんだよ」

「あら、いいんですか? 事務所は今頃キンキンに冷えてますよ、冷房?」


 その言葉を聞いた瞬間、額から汗が滴り落ちた。

 どうやら、本能が限界のようだ。


「……わかったよ」

「それは良かった♪ それでは、参りましょうか」


 ジゥは仮面のような笑顔ではなく、本当に嬉しそうに笑った。

 まぁ、こういうのもたまにはいいだろう。


 その瞬間は、そう思っていた。




 私はこの時、話がうますぎる事に気づくべきだったのだ。


―――Ver1.1 それは、クソ酷暑のある日 終

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