第31話 亜人は亜人。獣人にはなれない。

「あんっ。て、なんだよ」

「ぶったね。父上にもぶたれ……」

 あわてて口を押さえる。


「その台詞は駄目だ。言ってはいけない」

 睨み付けると、うんうんと頷く。


「とにかく。不本意だが、橋は造った。これで良いな」

 そう言い残して、その場を後にしようとすると、また飛びつかれて、ズボンを下ろされそうになる。

 こいつ、狙っているのじゃないか? そんなことが脳裏に浮かぶ。さっき『あん』とか言ったし、まさか。

 ズボンをおさえながら、後ずさる。


 そして一気に向きを変えて、走り出そうとすると、追いかけてくる。


 今の俺は、多分かなり強化されている。と思う。

 だが、しかし、トラは早かった。


 内股で、両拳は胸の前。そしてくねくねと、俗に言うお姉走り。

 だが早い。


 くっ。これでは、捕まってしまう。

 体を巡る魔力を、身体強化へと使い、一気に加速。

 だが、背後から来る気配も変わる。

 まるで、トラだ。おまえはトラになるんだと言わんばかりで、目は爛々と輝き。体も一回り大きくなる。

 そして、一気に追い抜いていった。凄い勢いで。


「あれ?」

 その場で、スピードを落とし、ぼーっと見ていると、雄叫びを上げながら、彼は道の彼方へと、ものすごいスピードで走って行った。

「あーうん。まあいいか」

 俺はとぼとぼと、歩き始める。


 遠くのほうには、まだ遠ざかっていく土煙がみえる。


 水の玉を出して、二個三個と飲み、周りの景色を眺める。

「ほう。これは麦か。あっちは、葡萄かな?」

 添え木がされた、蔓性の低木が日本のような棚仕立てではなく、垣根仕立てで栽培されている。田舎の農村。


 そこで、驚愕する。


 私、見てしまったんです。

 ええ。獣人ではない。いや獣人だが、平たい顔。だが耳はピンと立っている。まだ遠く、尻尾の有無は確認できないが、人間に近い。

 そちらへ向かい、走って行くが、その歩みは徐々に遅くなっていく。


 足にはめられた枷。

 服はぼろ布。そこから見える肌には鞭で打たれたような傷。

 そして、おっさんだった。


「おいあんた。ひどい有様だが、大丈夫か?」

 力の無い目でこちらを向くが、右目は陥没し見えていないようだ。


「珍しいな。亜人か。俺は、この有様だ。近寄ると仲間だとみられて、捕まってしまう」

 自分の状態にもかかわらず、こちらを心配してくれる。良い奴だな。


「何をしたんだ?」

「仲の良い女の子ができて、一緒に逃げただけだ。俺らは飼い主が決めた相手と適当に繁殖以外は認められない。それでまあ、彼女と逃げたら捕まってな」

「その彼女は?」

「連れて行かれてしまった」

 そう言って、力なく泣き始める。


 男のくせになんだ、連れ戻せ。そんなことを言いたくなるが、それは、無責任で傲慢だろう。彼の体に残る怪我を見れば、自分のできる範囲で抵抗し、今の状態なのだろう。

「まあ、これでも食え」

 黄色と赤の樹の実を渡す。

「先に黄色。次に赤だ」


 渡した樹の実を見て、じっと眺める。

「毒じゃない。腹の足しにはならんが、体は楽になる」

 ふっと、彼の辛そうな表情が抜け、聞いてくる。

「苦しむのか?」

 そんな訳の分からないことを聞いてきた。


「少しは、苦しいかも」

 前に与えた、ハウンド侯爵の次女、ブランシュが治るときの姿を思い出す。


「ありがとう」

 そう言って、二つともぽいっと口に放り込む。


 するとだ、少し『ぐっ』とか言って、俯いたが、短いと思っていた尻尾が生えてきた。切られていたらしい。

 囓られたようになっていた耳も、陥没していた目も復活。

 相変わらず、オオカムズミの実は凄いな。


「これは」

「楽になったか?」

「ああ。思っていたのとは違うが、楽になった」

 俺は首をひねる。


 彼は俺を見ながら、言ってくる。

「俺の姿を見て、口では毒じゃないとは言ったが、きっと毒をくれたのだと思った。まさかこんな奇跡のような。……とてもじゃないが、対価を払えない。俺は奴隷だしな」

「奴隷? いつからだ?」

 そう聞くと彼は、怪訝そうな顔をする。


「当然。ヒュウマコンチネンティブ大陸との戦争。その時に俺達の種族は半人半獣とか呼ばれ、投獄され、亜人と呼ばれる奴隷になった。どうして知らないんだ? あんたどこから来た?」

「エクシチウムの樹海と言う所だ」

 そう言った瞬間、彼の尻尾が膨らむ。


「あんた、もしかして。いや、そんな気の抜けた邪神はいないな。ちなみに、半人半獣は、人が獣人で、獣はヒューマンと呼ばれるあんたみたいな種族の事だ。戦争当初に、俺達の仲間は多く連れ攫われた。その時に獣人達は、俺らが、手引きをしたのだと思ったようだな。じいさん達に聞けば、それこそ、捕獲されたという状況だったようだが」

「あーうん。説明ありがとう。じゃあ、元気になったし、彼女を探しに行こうか?」

 そう言うと、彼の顔が曇る。


「居るところは分かっている。多分お屋敷に捕まっているはずだ」

「お屋敷?」

「ここいらは、コンストリュイール男爵の荘園だ」

「聞いた名だな。まあこれでも食え」

 この世界に来て最高の武器。魚の燻製を出す。


 猫まっしぐら。飛びついてきた。なんとなく、今度液状のおやつを作ってみたくなった。

 元の世界で、猫は仕方なく魚を食っていると聞いたが、凄い勢いだったな。

 さて、あの気持ちが悪い、ヌフ・コンストリュイールと話をする必要ができたが、奴はどこまで行ったのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る