第二章 人? との交流

第9話 川を下って三下り半

 川を下る。


 キャニオニングとか、シャワークライミングみたいな、アドベンチャーな感じを予想したが、丁度平野か三角州にでも来たような感じで、緩やかに川は蛇行を始めた。


 よく考えたら、一番最初に居たところから、北に向かえば良かったのでは? もし東西への街道があるなら、ぶつかったのではないか? そんな思いがふつふつと湧いてくる。

「考えちゃ駄目だ。進むのみ。前に進めば、前進する」


 今の、変な体だと暗黙知が有効になっていないのか? ふとそんな気がするが。頭を振り、頓着をしないことにする。


 川に沿ってくねくねするのも面倒なので、元いた岸とは反対側。つまり西側の山中を真っ直ぐ北へ進む。


 森の中の植生はあまり変わらない気もするが、木に擬態化しているモンスターが少ない? 蔓草も、普通のものだな。


 こちらでは、オオカミさんが縄張りを持って幅をきかせているのか、二家族くらい倒した。五匹チームと、六匹チーム。


 おまけに、六匹チームの方は、囲い込んでゴブリン五匹を殲滅中だった。


 食うのか? と思ったが、倒した後、後ろ足で砂を掛けていこうとした。

 オオカミでも、食えないようだ。いや食わないけれど。


 ゴブリン退治の後、向こうに行こうとしたオオカミさん達に、バックアタックで一気に魔法を撃ち込む。

 そのまま凍らせて、収納していく。ひょっとすると売れるかもしれない。

 そんな淡い希望を抱き、淡々と作業を済ませる。


 そして、そんなイベントから、どのくらい歩いただろう。

 森の中で、でかいウサギが歩いているのを発見する。


 身長、一六〇センチメートルくらいだが、その上に四〇センチメールくらいの耳が付いている。どこかのキャラのようで、微妙にかわいいが、凄い違和感。


 当然、大きな耳は飾りでは無く、耳が良いようで、すでにこっちを認識しているようだ。

 見つけたときは、獲物と一瞬思ったが、貫頭衣のような服を着ていて二足歩行。

 ウサギの種類はよく分からないが、ミニレッキスのような感じで、短毛種。耳がピンと立ち、ひげは短く縮れている。毛色は茶色だが、目の周りは白い。

 

 でだ、こちらを見ながら、胸の前で手を組み。目から涙をこぼしている。


 そして、とどめが、これだ。

「あなたは? 旅の方でしょうか?」

 そんなことを聞いてきた。


 俺は、その質問に凍り付く。

「言葉をしゃべった!!」

 そう言った瞬間、ウサギさんの表情と雰囲気が変わる。


「ええまあ。人ですから。言葉くらいはしゃべります。あなたもしゃべっているようですし。お互い様ですね」

 ちょっと? いや明らかに、むっとした感じで言ってくる。

 さっきの怖がっていた様子が、一瞬で激おこモードになった。

 さすがミニレッキス系。自己主張が激しい。


「あーごめん。君のような、あーいや。見慣れていなくて」

「獣人を見慣れていない? 一体どこから来たの?」

 そう言って、まん丸だった目が怪訝そうに細まる。


「よく分からない。気がついたら森の中に居て。どこから来たのだろう?」

「そう私に聞かれても、当然、知らないわ? でも、服が上等そうだから、王都とかそちらの人かしら?」

「王都? どこにあるの?」


「王都は、私の村。テルミウスと言うのだけれど、そこから西へ向かって、えー、沢山行けばあるはず。行ったことは無いので、距離とかは分からないの。村長さんなら知っているかもしれないけれど。私はもう、村に帰れないし」

「村に帰れない? どうして、また?」

 そう聞くと、困ったような顔になる。


「あなたは、よく分かっていないようだけど、普通は村同士の交流があって、結婚を決めるの。実際私も、隣村から来たのだけれど。一度余所の村に嫁ぐと、もう決まりとして、嫁ぎ先の村人となるの。それでね、来て早々に放免の札を貰うと、村の中でも住むところが無くなっちゃうの。それに、元の村にも帰れないし」

 そう言って、変な木札を見せてくる。


『この者、テルミウスのチャチャ。相性悪し、それにより、離別する。私は以後、この者が誰かと付き合おうが結婚をしようが、それを不問とする。テルミウスのクロマル』

「あー。三行半だな。何をしたんだ?」

「三行半?」

「ああ、離縁状とも言うが、離婚をした証明だよなこれ?」

 そう言うと、ああという感じで分かってくれたみたいだ。

 表情は、ほとんど変わらないけれど。


「旦那は、クロマルって言うんだけど、畑仕事はしないし、兵役の訓練はしないし、村の人から私が怒られてね。まあ元々、まともに働かないぐうたらで、嫁でも貰えば変わるだろって、義理のお父さんもお母さんも思っていたみたいで……。まあ、叱ったらいきなりこれを書いて、叩き付けてきたの」


「それって、そのクロマルの親に、何とかしてもらえないの?」

 そう言うと、首をひねられる。


「クロマルの家に住んだまま、次の旦那を引っ張り込むのは…… 幾らあいつがぼんくらでも、出来ないわ」

 そう言って、あきれられた。


「いや、そうじゃなくて、その放免の札の取り消しとか」

「だから一緒でしょ。あの人は、多分許さないから、クロマルの家に住みながら他の人と結婚しろって言うことでしょ?」

「そうなるのか? よくわからんが?」

「そうなるの。だから家を出てきて、どうしようかと。それにお腹もすいたし、森に入れば何かあるかなっと思って」

 そう言って彼女はお腹に手を当てる。


「元の村に帰れないのはどうしてだ?」

「一度結婚で出て行った人間が、帰ってくるのは、家族にとって恥なの。親にも迷惑が掛かるし。出戻りだと、村では次の結婚相手は紹介してもらえないから一生独身よ。そんなのはいや」

 そう言って、うなだれる。


「普段、何を食べるんだ?」

「果物とか、野菜の煮物。獲物が捕れればお肉。まあ何でも」

 ウサギなのに、ベジタリアンじゃ無い。

 これには、大いなる衝撃を受けた。


「じゃあとりあえず、これでも食え」

 そう言って、燻製にしたヤマメを渡してみる。

 その瞬間目が光り、俺の手からヤマメが消えた。


 まるでトウモロコシのように食われていく。

 あっという間に、骨までなくなった。

 さしてあった木の串は、さすがに食べないんだな。


 そっとでは無く、当然のようにお代わりの手が出てくる。

「もっとある?」

 黙ってもう一本出してみる。

 だまって、ハグハグガツガツと食いつく。


 途中で、動きが止まり彼女が言って来る。

「水。水を」

 ああ、水も必要なんだ。変わっていても普通の生物なんだな。


 妙なところに、感心しながら、素焼きの茶碗に水を注ぐ。

 バッとそれを奪い取ると、一気に飲み干す。

「ああ。死ぬかと思った」

 そう言って、また残りを食らいつくす。


 魔法とか、別に驚かないんだな。

 ふむふむと、この世界の常識として、心にメモをする。

 だがこれは、後に訂正される。

 今回は、単にチャチャが気にしなかっただけだった。

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